ご近所さんが、増えました
嬉しげな黄場と小首をかしげた吉花。
田谷は楽しげな顔で二人を傍観している。
困ったような顔で全員を見回した葉月は、黄場の頭をぽんぽんと叩いた。
「黄場、いきなりそんなこと言われたら、びっくりするだろう。それに、フードを被ったまま挨拶をするのは、ちょっと感じが悪いぞ」
「む、そうか。わかった」
言われた黄場が素直に頷きフードを後ろに落とすと、短めのくせっ毛がぴょこんとはねた。フードの下から現れたのは、ぱちりと大きな瞳をした女の子。人形のように愛らしく整った顔で、まばたきもせず吉花を見つめている。
「黄場辰姫。イエロー担当だが、戦隊名は未定。良い案募集中だから、イエローと呼んでくれればいい」
「ええと……?」
はっきりと言いきる黄場は、口角こそ上がって八重歯を見せているものの、吉花を見る目は真っすぐで、ふざけているようには見えない。返答に困った吉花が葉月を見ると、彼は額を押さえてため息をついていた。
「黄場、それじゃあ誰もわからないし戦隊名なんてモノはないんだ、って言っただろ……」
あきれたように呟いた葉月は、このままでは話が進まないと思ったのか。苦笑いを浮かべて吉花に向けて話しはじめた。
「ええと、この子の名前のキバは、黄色って漢字が使われてるんだ。それから、俺の名前のロクタは、緑に太いって書く。で、他にも一緒に越してきたメンバーがいるんだけど、そいつらもみんな名前に色が入ってるんだよね」
ここまでわかるかな、と言うように目を合わせてくる葉月に、吉花はうんうんと頷いて返す。
「それで、この長屋に越してきたメンバーはみんな、知り合いというわけではないんだけど、同じ目的があってここに住むことになって……」
「つまり、使命。同じ使命のために戦う六人の戦士たち。赤、青、緑、白、黒それから黄色。それぞれのカラーまで決まっているが、戦隊の名前は募集中」
吉花の前に身を乗り出した黄場が、大きな瞳をぴかりと光らせて口を挟む。おかげでまた話が混乱し、吉花は首を傾げた。
「また、ややこしくしてくれて……」
ため息まじりに呟いた葉月が、ずるずると引っ張って黄場を下がらせる。
「俺たち全員の名前に色が入ってるのは本当だけど、戦隊モノみたいな集まりではないし。使命ってほど責任は強くなくて、最近このあたりで起きてる問題をなんとかできたらいいな、っていう程度の使命感だよ」
困ったように言う葉月の言葉に、吉花は両手を合わせて食いついた。
「あの、問題とか最近は物騒だとか、みなさんおっしゃるんですけど、何かあったのですか? いつも聞きそびれてしまって」
ようやく聞けた、と嬉しげに笑う吉花を見る葉月は、驚いたように目を見開いている。少し離れて眺めていた田谷も、戸惑うように眉を下げた。
黄場だけは表情を変えなかったが、彼女は表情を変えないままに首をかしげる。
「最近、越してきたなら、外でニュース見なかった?」
「あー、すみません。ここ何ヶ月かはテレビも新聞も見ていなくて……」
吉花は歯切れ悪く答えながら、自分の数ヶ月を振り返る。
就職活動に見切りをつけて、ひとまず大学を卒業することに専念したのが十二月のはじめごろ。卒業論文に着手するのが周囲よりも遅れたため、時間に追われていた。しかし、それ以上に、就職活動に関する話題を見たくなくて、マスメディアとの接触を絶っていた吉花だった。
それがここにきて、何やら重要な情報を見逃す事態につながっているらしい。
「あの、あの。もしかして、ここに住む人なら知らなきゃまずい常識か何かが、お知らせされていたりとか……?」
慌てて尋ねる吉花に、田谷と葉月は顔を見合わせる。
「常識っていうのかな。まあ、ある意味すごく江戸らしい感じはするけど」
「知らなきゃまずいというか、危ないですよね」
男二人がうんうん、と頷きあうのを見て、吉花はさらに狼狽えた。知らなければ危ない江戸の常識とはなんだ、と持ちうるすべての知識をひっくり返すも、思いあたることはない。
吉花はひとりパニックに陥って、おたおたと周囲の人の顔を見回す。そんな吉花をじいっと見つめていた黄場が、吉花の袂をつんつんと引いた。
泣きそうな顔で振り向いた吉花の目をじっと見つめて、黄場が口を開く。
「江戸、暗闇、静寂、妖怪、魑魅魍魎」
「……えっと?」
無表情に抑揚のない声で言われた吉花は、混乱も忘れてきょとんとする。並べられた単語、それぞれはわかるけれど、それらの意味するところが吉花にはわからない。
それを見ていた葉月が、黄場は話をわかりづらくさせる天才だね、と苦笑しながら説明をしてくれた。
「まあつまり、江戸時代の生活を再現したら、当時の暗闇や静寂も再現されて、妖怪なんかも復活してしまった、ってことなんだよ」
葉月の横でこくこくと頷いていた黄場が、目を輝かせて八重歯を見せる。
「辰姫たちは、妖怪と戦うヒーローになる」