改めまして、自己紹介です
吉花と細川はのんびりと茶をすすって、喜びを隠しきれないシスターが落ち着くのを待つ。しばらくすると、シスターは気を取り直したのだろう。ひとつ咳払いをして話しだした。
「そうね。まず言いたいのだけれど、わたしはシスターではないわ。シスターの格好をしてはいるけれど、特別な資格なんて持っていない。ただのミスコン優勝者よ。それも県レベルのね」
誇るでもなく何気ない調子で言われて、吉花と細川は目をぱちくりさせる。
二人に無言で見つめられたシスターは、文句でもあるのかと言いたげに眉をしかめた。実際、そう言おうとしたのだろうか。けれど、シスターが口を開くよりも早く吉花がぽつりとこぼす。
「……どうりで、とっても美人さんなわけです」
きらきらした目の吉花に見つめられて、シスターはえっ、と言葉を詰まらせた。シスターが助けを求めるように視線をやった先では、細川がうんうんとうなずいている。
「本職の方でもないのに、それだけシスターの服が似合うのも素敵です。さすが、ミスコン優勝者です」
胸の前で手を合わせて吉花がため息をこぼせば、シスターはまんざらでもなさそうに胸を張る。
「そ、そうかしら?」
疑問形ながらも嬉しそうに頬を染めるシスターに、細川がすかさずうんうんとうなずく。
「それに、あれだけ英語がすらすら喋れるのもすごいです。きれいなだけじゃなくて頭もいいなんて、すごいです!」
ぐっとこぶしを握って吉花が力説し、細川は小刻みにうなずきながら小さく拍手している。
二人に褒め称えられて、シスターはふふん、と得意げに頭巾のすそをはらう。
「まあ、これでも一応、美容にはいろいろと気を使っているのよ。フルーツを食べるだとか、脂っこいものは控えるだとか。適度な運動も欠かせないわね」
機嫌良く喋っていたシスターは、そこでいちど言葉をきると表情を改める。ふんふん、と聞き手にまわっていた吉花の目をじっと見つめて言う。
「だけど、頭がいいなんて言いかたは好きじゃないわ。わたしが英語を話せるのは事実だけれど、それはできるように勉強したからよ。英語を話すのは学ぶ環境とやる気さえあれば、ある程度どうとでもなることよ。それを頭がいい、なんて言って自分から遠いものにしてしまうのは、自分の可能性を潰すようなものだわ」
シスターの澄んだ瞳にまっすぐ見つめられて、吉花は動けなくなった。
吉花だって中学生から六年間、英語を習ってきたけれど話せるのは簡単なあいさつと、はい、いいえくらい。自己紹介だって、自分の名前を言うので精一杯だ。
だから、シスターが英語を聞き取り、流暢に話している姿をすごいと思った。彼女は頭がいいのだと思い、褒め言葉を口にした。
そこに、暗い感情はないはずだった。
けれど、本当にそうだったろうか。
自分は、純粋な気持ちだけで話せていただろうか……?
「くらいやつ。いやなやつ。なんにもできないのに、ねたんでばかり。ひがんでばかり」
考え込む吉花の頭に思い出されるのは、ひとりきりの部屋でささやく影の声。
吉花は聞こえないはずの影の声を否定できない。それどころか、そのとおりだ、と思ってしまう。
自分にできないからといって、無意識のうちに他人を羨んでいる嫌なやつだ。努力もしないで誰かのことをひがんでいる嫌なやつだ。
やっぱり自分はどこに行っても邪魔にしかならないのだろうか……。
吉花は暗い思考に落ちていく。思考の底に落ち切ってしまう前に、シスターの凜とした声が吉花を引き上げる。
「でも、もしもあなたが望むのなら、英会話を学ぶ環境はあるわよ」
急に意識が浮上した吉花は、言われたことがわからなくて目を瞬かせる。
そんな吉花の様子を見て、意味が伝わらなかったと思ったのだろうか。シスターは、むっと眉間にしわを寄せて言い直す。
「だから、もしあなたが英語を話せるようになりたいなら、わたしが教えてあげるって言ってるのよ!」
怒ったように言いながらも、赤くなった頬のせいで照れていることがまるで隠せていないシスターに、吉花はついつい顔がほころぶ。
「別に、勉強のためじゃなくても、暇つぶしでもいいのよ。ちょっと通りかかったときだとか、お茶が飲みたくなったときだとか、ほんと、気軽に立ち寄ればいいのよ」
吉花が微笑んだのは、シスターの優しい気持ちが嬉しかったからだ。向上心のない吉花を責めるのではなく、学ぶ場を作ってくれようとする気持ちが嬉しかったのだ。だけれど、シスターはそうは思わなかったのだろう。必死で言葉を重ねている。
言うほどに、ただ教会に遊びに来て欲しいのだというシスターの気持ちが伝わってきて、吉花はますます気持ちが温かくなる。
だから暗くなっていた気持ちなど忘れて、にっこりと笑うことができた。
「ぜひ、遊びに来させてください。それで、お時間のあるときに少しずつでも、英会話を教えてもらえたら、嬉しいです。シスターさん」
丁寧に頭を下げる吉花にシスターは喜びかけたが、すぐにまたむっとした顔になる。
「だから、わたしはシスターではないと言ったでしょう。わたしは白重純、苗字でも名前でも、好きなほうを呼べばいいわ!」
むくれる白重に、吉花はにこにこ返事する。
「では、純さんと呼ばせていただきますね。私のことは春名でも吉花でも、どちらでも構いません。よろしくお願いしますね、純さん」
「それじゃあ、吉花ね。教会が開いているときは、いつでも来ていいわよ。手が空いているときは相手してあげるから。でも、あなたが忙しいときは無理して来なくてもいいのよ。暇なときでいいのよ」
吉花と白重は、穏やかな様子でやり取りをする。先ほどまでおろおろと事態を見守っていた細川は、ほっとした表情を浮かべてひっそりとお茶を飲むのだった。