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ぼんやり、してしまいました

 かつん。

 ヒールが立てる高い音で、吉花は我にかえる。

 顔をあげると眉間にしわを寄せたシスターと目があった。不機嫌そうな表情まで美しい。そんな彼女のうしろでは、細川が心配そうにおろおろとしている。

 先ほど訪れていた観光客は吉花が思考に沈んでいる間に立ち去ったのだろう。その姿はすでにない。


「あなた、具合が悪いのではなくて? 体調が優れないなら、早々に自分から言うべきよ。遠慮はかえって迷惑だわ。ここには横になれる場所もあるのよ」


 ずずい、と近寄ったシスターの言い方はきついが、心配してくれているようだ。行くわよ、と急かす先には横になれる場所、休憩室かなにかがあるのだろう。

 腕を引かれた吉花は、このままでは病人扱いされてしまうと慌てた。


「いえ、あの、ちょっとぼんやりしただけです! 至って健康、元気いっぱいですので、お気持ちだけでじゅうぶんです!」


 間近にいるシスターに当たらないように気をつけながらも元気さをアピールするために胸をはり、意味もなく腕を振る。

 そんな吉花をシスターは冷ややかに、細川は困惑した様子で見ていた。それでも元気だと主張する吉花に、シスターが鼻を鳴らす。


「……納得したわけではないけれど、いいわ。いまはそういうことにしておいてあげる」


 たいそう不満そうに言うとシスターは体を起こして吉花から離れて、すぐそばの長椅子に置かれたお盆を持ち上た。お盆には、湯気の立つ湯呑みがみっつ。

 ひとつを吉花へ、もうひとつを細川に渡すと、シスターは残ったひとつを持って吉花の斜め前に腰を下ろす。実に自然な動作で足を組むシスターに威圧されたのか、細川はもらったばかりの湯のみを抱えるようにして縮こまっている。


「あなたたち、まだステンドグラスしか見ていなかったわね。他に気になるところはどこ? いくらでも見せてあげるわ」


 さあ言いなさい、と視線で急かすシスターに吉花は首をかしげる。


「そうですねえ。あ、この長椅子もとても素敵ですよね。ぱっと見は教会らしい長椅子なのに、よく見ると和風の彫り物がしてるんですね」


「いいところに目をつけたわね」


 嬉しそうに、シスターが小鼻を膨らませる。


「そうよ。ここは目立つように、外国人が入りやすいようにと教会の形をしているけれど、観光地の建物だもの。日本らしさを感じてもらえるようにいろいろと手をかけているの。だから、地域の人にも馴染みやすいと思うのだけれど……」


 意気揚々と話しはじめたシスターだったが、得意げな表情はみるみるうちにしおれていく。同時に、背中もどんどん丸まっていく。


「そうよ。いちど見に来てくれれば、きっとみんなここが気に入るわ。たくさんの和装の人で賑わう教会に、気軽に話しを聞きにくる観光客。だれにとっても心休まる場になるようにと思っているのに、地域の人はだれも来ない。どうしてかしら。何が悪いの。教会だから? 日本人に馴染みのない教会だから、近寄りがたいの? それともわたし? わたしの恰好がいけないの? 黒づくめだから、近寄りがたい? いいえ、わたしの口調がきついのがいけないの?」


 それとも背が高いから怖いのかしら、ヒールを低くすれば……などとぶつぶつ言っている。

 きっとヨルも、彼女がこうなったところに居合わせたのだろう。それで、誰かしら話を聞いてくれる者はいないかと吉花に声をかけたのかもしれない。

 自分になにができるかわからないが、ともかく話を聞いてみよう、と吉花は湯のみを脇に置いてシスターに向き合う。


「あの、私でよければ、お話うかがいますよ」


 つとめて優しい笑顔を浮かべながら言う吉花の横で、細川もこくこくと頷く。

 すると、シスターがうつむいたままの姿勢でちらりと目だけあげた。


「まだ住み始めて半年ほどですが、それでも一応はこの町の住人ですし。もしかしたら地域の方がいらっしゃらない原因に気がつくかもしれません」


 立て続けに吉花が言えば、シスターの背中が少しずつ伸びてくる。

 もうひと息、と吉花は言葉を重ねる。細川はいっそうはげしく頭を上下させている。


「それに、私たちと話しているうちに、なにかヒントになるようなことをシスターさんが見つけられるかもしれません。誰かに話すことで、気が楽になるということもありますし」


 こぶしを握って吉花が言えば、隣で細川がうんうんとうなずいた。

 真剣な表情のふたりをシスターは黙ってまま見つめる。ややうつむき加減だった彼女は不意にしゃきりと背を伸ばすと、肩にかかっていた頭巾を払いのけた。

 そして、あごをつんと上向かせて、尊大な態度で口を開く。


「そんなにわたしと話したいなら、まあ仕方ないわね。わたしだって暇ではないのだけれど、地域住民との交流も仕事のうちだもの。いまは他のお客さまも来ていないし、仕方ないから、あなたたちとおしゃべりしてあげるわ」


 仕方ない、仕方ないと言うシスターの頬はほんのり赤くなっている。吉花と細川はそれに気がついていたけれど、指摘はせずに視線だけでそっと微笑み合った。

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