表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/62

教会の中に、おじゃまします

 恐る恐る教会に近寄った吉花と細川に声をかけてきたのは、こちらを見ていた長身の人物だった。


「あなたがた、どういったご用かしら? ここは英語圏の旅行者の方を対象にした案内所なのよ。見た所、あなたがたはこの町の住人のようだけれど」


 隠れていた柱からすっと出てきたのは、すらりと背の高い女性。黒と白で統一された洋装に頭から足首まですっぽり包んだその姿は、一目でシスターとわかる。どうしてシスター服なのかという疑問は、きっと町の偉いおじさん方の趣味なのだろう、と吉花の中ですぐに片付いた。


「ええと、用事というと特別ないのです。ヨルさんからこちらの建物に遊びに行ってみては、と地図をいただいたので」


 遊びにきてみたのですけど、と最後まで言うことはできなかった。吉花が話し終えないうちに、シスター姿の女性が黒いブーツのかかとを鳴らして吉花たちの前にずいっと出てきたからだ。長身に加えてヒールの高い靴を履いているために、ひょろりと背の高い細川と同じくらいの背丈になっているようだ。


「そう。別に、遊びに来てもらいたいだなんて言っていないけれど。でも、来てしまったなら仕方ないわね。そう、仕方ないから、中に入れてあげる」


 つんと澄ました顔で言って、シスターはくるりと身を翻す。仕方ない、を強調しつつも歓迎されていないわけではない様子に、吉花と細川は呆気にとられる。教会の前に置き去りにされたふたりは顔を見合わせていたが、扉の向こうでシスターがじっと待っているのに気が付くと慌てて後を追った。

 大きな両開きの扉を通り抜けると、正面の壁を覆うステンドグラスが目に飛び込んできた。さまざまな形をした色とりどりのガラスは太陽の光を受けて透き通り、きらびやかに輝いている。

 きらめくガラスの光を見つめて瞳を輝かせる吉花と細川に、シスターが口角を上げる。


「悪くないでしょう? 教会のステンドグラスといえば宗教画を思い浮かべるでしょうけど、ここのは少し変わっているのよ。今日はまだお客さまも来ていないから、じっくり見るといいわ。特別よ」


 腕組みをして得意げに言うシスターの言葉に甘えて、吉花と細川はふらふらときらめく壁に近づき、思い思いの箇所を見上げる。

 吉花が見つけたのは水仙の花。輝く波しぶきが打ち付ける崖の上に咲く、淡い白色の花弁を透かせた花だ。細川は松の木を見ていた。うろこのように細かく張り付けられたさまざまな色ガラスで描かれた幹に、むくむくと茂る葉は濃淡のついた緑のガラスで表されている。

 どうやら県の特産物や有名なものをちりばめて作られているらしい。あれはなんだ、ここにこんなものが、と吉花と細川はあちらこちらを指差して賑やかな声をあげる。

 ふたりがひとしきり盛り上がってふと気づくと、教会の中に観光客の姿がある。その横には、流暢な英語でなにやら話すシスター。

 このままここに居ては仕事の邪魔になってしまうと思った吉花は、細川に目配せする。そっと場を立ち去るのは得意な二人だ。音を立てないようにひっそりと扉に向かう途中、吉花とシスターの目が合った。

 良かった、直接ではなくても挨拶していける、と会釈をした吉花が背を向けようとしたとき。


「あなたたち、どこへ行くの。お茶も飲まずに帰るつもり?」


 大きな声で呼び止められた。呼び止めたのは、当然シスターだ。

 

「ステンドグラスを見ただけで満足しているの? 好きなところに掛けていいから、少し待っていなさい」


 言うと、シスターは吉花たちの返事も聞かずに観光客との会話に戻ってしまう。

 放置された吉花と細川は、顔を見合わせて手近な椅子におずおずと腰掛ける。見れば、無造作に置かれた長椅子の背にも彫り物がされている。外国人を喜ばすためだろうか、花や寺社を模した和風の彫り物はとても細かい。

 細川は浅く腰掛けて居心地悪そうにしながらも、その見事な細工に見入っている。

 そんな細川の横に腰掛けた吉花は、少し離れたところに立つシスターをぼんやりと見つめる。

 色ガラスを通した明かりに照らされて、ぴんと背すじを伸ばし異国の旅人を相手に迷いなく喋る様は同性から見てもかっこよく、吉花の口からはひっそりとため息がもれる。

 きっと彼女は望まれてこの町に来たのだろう。この町のこの建物は彼女のために誂えたもののように、凛とした彼女にしっくりくる。

 それが羨ましくて、羨ましく思う自分がみっともなくて、吉花の耳は聞こえないはずのささやきを聞く。


「だれにものぞまれてやしない。どこにもいばしょなんてありゃしない。いいなあ、いいなあ。ああ、うらやましい」


 それは暗い影が言った言葉だったろうか、それとも吉花が胸に抱いた言葉だったろうか。このごろ、吉花はその判別がつかなくなってきている。

 妙なことを口走ってはいないだろうか。おかしなことをしていないだろうか。

 ただ座っているだけなのに自分がなにかしでかしているのではないかと、吉花は不安に襲われる。胸に広がる不安に押しつぶされそうになってうつむき、自分を抱きしめたとき。

 かつん。

 床を向いていた吉花の視界に、黒いハイヒールが写り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ