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思わぬ告白、です

 葉月の笑顔があまりに嬉しそうであったから、吉花は動揺する。


「な、なにを笑っているんですか」


 少し怒ったような言い方になってしまったけれど、それでも葉月は嬉しそうな顔を崩さない。それどころか、もうこれ以上甘くならないだろうと思っていた顔をさらにとろけさせた。


「吉花さんがやきもち焼いてくれたんだと思ったら、嬉しくなってしまって。ごめんね、喜んじゃって」


 葉月の表情と言葉の両方にひどい衝撃を受けた吉花は、ふらふらになりながらもなんとか口を開く。


「あの、軽蔑、ではないのですか」


「軽蔑! しないよ。どうして吉花さんを軽蔑しなければいけないの」


 思いもよらないことを言われた、という様子の葉月に、吉花は小さな声で答える。


「だって、あの、葉月さんの個人的な交友関係に勝手に嫉妬して、態度を悪くしていたのですから……」


「いや、それについては俺も悪いんだ。言い訳みたいになるかもしれないけれど、聞いてもらえる?」


 歯切れ悪く吉花が言ったことを葉月が強い調子で否定する。そして、真相を話してくれるという。

 吉花に拒否する理由はないので頷けば、道ばたで立ったままというのもなんだからと、川べりまで歩きながら話すことになった。

 提灯をゆらゆら揺らしながら、葉月が話し出す。


「ええと、そうだね。どこから話すかな。そう、結論から言ってしまうと、吉花さんが見た女性はお客さまなんだ」


(お客さま。友人や知人女性ではなくて、お客さま。

そう思っているのは葉月さんだけではないの?)

 口を開けば疑う言葉が出てきそうで、吉花は頷くだけにとどめた。

 けれど、吉花の気持ちが顔に現れていたのか、葉月は苦笑いする。


「本当だよ。あのころ、仕事が忙しいと言っていたのも本当。うちの会社の新商品をいくつかのお店に置いてもらいはじめたときだったから、俺も店頭に立ってたんだよ。お客さまの反応が見たかったから、女性客に声をかけて試してもらったりして」


 これが商品、と葉月が着物の袖から取り出したのは、一本のかんざし。飾りの部分には小ぶりな花が飾られている。桃色の可愛らしい花は、梅だろうか。


「この花の部分が和紙で出来ていて、ちょっと変わっているでしょう。俺の勤める会社は和紙製品を扱う会社なんだよ」


「そうだったんですか」


 言われて見れば、固い簪の柄の部分と違って花の部分は柔らかそうな素材でできている。布とも違う、どこか温かみのある花びらが可愛らしい。


「なんとなく言いそびれてたんだけどね。そうなんです。名刺もあるけど、見る?」


 簪を持つのとは逆の手で懐を探る葉月を見て、吉花は思い出した。そういえば、番所の職員である田中が、葉月と名刺の話をどうのと言っていた。

 それを葉月に伝えると、そうそう、とうなずく。


「田中さんね。十手がただの飾りでもったいないから、持ち手部分に入るような細長い名刺を作ってもらえないか、って言われているよ。文字の配置やデザインの問題もあるから、まだ打ち合わせが必要だけれど」


 これで信じてもらえたかな、といたずらっぽく笑う葉月に、吉花は小さく頭を上下させた。

 ほっとした顔の葉月は、いつの間にか辿り付いていた橋の欄干に寄りかかる。優しく微笑む葉月の背には、川沿いの店に吊るされた提灯が緩やかな流れを照らして、なんとも穏やかな光景を作り出している。


「本当はね、吉花さんよりさきに俺のほうがやきもち焼いてるんだよ」


「えっ!」


 素敵な景色に心を奪われかけていた吉花は、思わぬ言葉に声を上げた。それを聞いて、葉月は苦笑いする。


「かっこ悪いから黙っていようと思っていたんだけど、吉花さんが言ってくれたから俺も言うことにする。実は、吉花さんと名前で呼び合う仲の細川くんに嫉妬してました」


「えええっ。私と幸路さんにですか? いえ、あの、幸路さんとは単に波長が合うというか、テンポが近いからいっしょに居て楽な友人というか、そんな感じでですね!」


 度重なる思わぬ告白に吉花が慌てると、葉月は照れたように笑いながらわかってる、と言う。


「以前、稲荷さんと居るときの彼を見たときからわかってたし、吉花さんを細川くんの家に運んだときに彼にも言われたから、わかってる」


 幸路さんは何を言ったのだろう、と思った気持ちが顔に出たのだろうか。葉月がにこにこ笑いながら教えてくれた。


「気絶している吉花さんを見て、顔を真っ青にしてね。ぼくの友だちになにしたんですか! って涙目で震えながら俺に食ってかかってきて」


 おばあさんが説明したら、慌てて頭下げて謝ってくれたけどね。そう言いながら、その時のことを思い出しているのだろう。葉月はとても楽しそうだ。

 吉花は、なんだかとても恥ずかしい気持ちになった。細川のことは同じように友だちだと思っていたけれど、自分の知らないところで堂々と友だちだと言われると、なんだか気恥ずかしいものがある。

 欄干にもたれて微笑む葉月と、熱い頬を押さえる吉花の間を風が吹き抜ける。川面を走ってきた風は思わぬ涼しさをもたらして、吉花の髪を乱していった。

 ほつれた髪を吉花がなおすよりも早く、距離を縮めた葉月がそっと簪を挿す。


「良かったら、使ってほしいな」


 名残惜しげに離れる指先が、簪に咲く花を撫でた。

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