じっくり、お話をします
「森さんあなた、いい大人なんですから。自分の失敗を隠すような真似やめてくださいよ」
「……はい」
「おかげでこんなにたくさんの方にご迷惑をおかけしてるんですよ、わかってますか?」
「……はい、すみません」
「そもそも、お酒の飲み過ぎに気をつけてくださいと言った直後に飲みすぎるって、どういうことですか。あんまりひどいと、森さんにお酒を販売しないでくださいとお店の方たちに通告するよう、上に頼みますよ」
「そ、それは勘弁してくれっ!」
次々と繰り出される田中の小言におとなしく頷いていた森だったが、酒を売ってもらえなくすると言われて悲壮な声で田中にすがる。
おろおろとしながら口を挟む機会を探っていた吉花も、慌てて援護する。
「そ、そうです。森さんだけの責任じゃありません!」
吉花の言葉に森が驚き、田中は首をかしげる。葉月は、表情を変えずに黙って見ている。
みんなが注目している今こそ言わねばならない、と吉花は勇気を持って口を開く。
「森さんと田中さんがぬりかべの話をしていたときに、私が首を突っ込んだからいけないんです。私が赤塚さんに伝えてしまったから、騒ぎが大きくなってしまったんです!」
思い返してみれば、森は幾度となく吉花の元を訪れていた。あれはきっと、ぬりかべの真実を伝えようとしていたのだろう。あのとき、森の言葉を聞いていればこんな騒ぎには発展しなかっただろう。
自身の都合や気持ちを優先して騒ぎを大きくした自分にも非はある、と吉花は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「森さんはきっと何度も私を止めようとしてらしたのに、自分の勝手で忙しくしてお話しを聞かなくて、ごめんなさい! みなさんにもご迷惑をおかけして、申し訳ありません!」
謝罪の言葉と共に吉花は頭を下げる。
その頭上で、田中と葉月が冷ややかな目を森に向けていることに吉花は気がつかない。吉花が謝罪の言葉を述べるほどに冷や汗を流していた森が、二人から目線だけで責められて息も絶え絶えになっていることに気がつかない。
だから、森がいきなり頭をさげてきたときに吉花は驚いた。
「悪いのは全部俺だ! もう、酒を買わない! 飲むときは田中の監視があるときだけにする! だから春野さん、頼むから頭をあげてくれ!」
自分の前で大きな体を二つに折り曲げて謝罪する森に、吉花は目を白黒させる。
そんな吉花とは逆に、田中は満足げな顔でうなずき、葉月は当然だろう、と言わんばかりの顔で腕を組んでいる。少し離れたところで見守っていた赤塚は緊張が溶けた様子で近寄ってきて森の背中を気安く叩いており、いつもは控えめなのっぺらぼうでさえ、胸を撫でおろしてみんなの輪に加わっている。
吉花ひとりが事態を理解できないでいるうちに、周囲は動きだす。
「解決したところで、ぱーっと飲みに行こうぜい。もちろん、あんたのおごりでな!」
赤塚が森と肩を組んで言えば、田中がすかさず賛同する。
「行きましょう、行きましょう。でも、森さんはお酒飲んじゃだめですからね」
その言葉に森が悲鳴を上げてわめく。
「俺の金で飲んでるやつらの前で、お茶すすれってのか!?」
「たったいまのやり取りをもう忘れたんですか? もう一回、春野さんに謝罪してきますか?」
田中が言えば、森はうっと言葉をつまらせてしおらしくなる。そうして赤塚がのっぺらぼうに声をかけ、さらに田中が背中を押して連れていく。わいわいと賑やかな声を響かせながら一行が去り、そこに残されたのは吉花と葉月の二人だけ。
「……吉花さん、ごめん」
「はぇ?」
気まずい沈黙が落ちることを覚悟していた吉花だったが、葉月の思わぬ謝罪に変な声が出てしまう。
驚いた拍子にいろいろと考えていた言葉や思いが抜け落ちて、素直に聞き返すことができた。
「ええと、なんのことでしょうか?」
「いや、俺もよくわかってないんだけど、吉花さんを怒らせるようなことしたみたいだから。大変申し訳ないんですが、どうして怒っていたのか、教えてもらえませんか」
お願いします、と頭を下げる葉月の後頭部を見ながら、吉花は言われた言葉を思い返して動揺する。
吉花が葉月に取っていた態度の説明をするとなると、偶然見かけた葉月と女性のやり取りに嫉妬したことを告げなければならない。それがとんでもなく恥ずかしいことだと気が付いて、吉花は顔どころか体中が熱くなる。
けれど、葉月は頭を下げたまま待っている。吉花が黙っていても、彼は頭を上げないだろう。恥ずかしさは抑えられない。決心もつかない。
それでも、吉花は真っ赤になっているだろう頬を両手で押さえて、恥ずかしさと戦いながら口を開く。
仕事が忙しいと言っていた時期に、葉月を見かけたこと。そのとき、見知らぬ女性に髪飾りを手渡していて、それを見てもやもやしたこと。
吉花がうつむき加減でぼそぼそと歯切れ悪く話すたびに、葉月は表情を緩めていく。
それに気が付かないまま、忘れようと赤塚たちの手伝いを申し出たことや、葉月の顔を見るたびもやもやした気持ちが沸き出てひどい態度をとってしまったことなどを話す。話しながら、吉花は熱くなっていた頬がどんどん冷めていった。
自分はなんてつまらないことで機嫌を悪くして、迷惑をかけたのだろう。呆れられただろう、軽蔑されたかもしれない、と吉花が恐る恐る視線を上げてみると、そこにはとても嬉しそうに笑う葉月がいた。