待ち合わせ場所に、急ぎます
日が暮れた通りを赤塚との待ち合わせ場所に急いでいた吉花は、小道に入ったところで知った顔を見つけて声をかける。
振り向いたその人も吉花に気が付いたようで、にこにこと笑いながら隣に並ぶ。
「ああ、春野さんじゃないですか。こんばんは」
「こんばんは、田中さん」
ばったり行き会ったのは番所の職員のひとり、田中だ。聞けば、吉花と同じ方向に用事があるというので、二人は連れだって歩き出す。
「今日はおひとりみたいですけど、お仕事ですか? 」
番所の職員が巡回のときにいつも持っている十手が着物の帯に差してあるのを見て吉花が聞くと、田中は照れたように笑う。
「いやあ、もう今日の業務は終わってるんですけど、ちょっと出かけるところがあって。十手はね、身分証替わりのレプリカなんですけどね。それでも多少の強度はあるから、何かあったとき用の武器にしようと思って、持ってきたんです」
職員の名札になってるんですよ、と言いながら見せてくれた十手の持ち手には、なるほど田中の名前と職場の所属や階級がずらずらと書かれている。
「今度、この持ち手の部分を改造して名刺入れにできないか、っていう話をあの方、葉月さんとしているところなんですよ」
「葉月さんと? あの、それって葉月さんの本業のほうの……?」
気になる話題に吉花が食いつきかけたとき、二人が歩く小道の先から、大きな声が聞こえてきた。
「申し訳ないっ!!」
聞き覚えのある声に、吉花と田中は顔を見合わせて足を急がせる。
小道の先を曲がったところで見えたのは、頭を下げる森の姿。
大きな体をくの字に折り曲げて、直角に近い角度で頭を下げている森は、なんだかやけに縮こまって見える。
その向かいで頭を下げられているのは、腕を組んだ葉月だ。いつもは優し気な笑顔を浮かべている顔に優しさはなく、下げられたままの森の頭を冷たい瞳で見ている。
葉月の横に立つ赤塚は困惑した表情を浮かべ、その横ではのっぺらぼうがおろおろと周囲を見回している。
緊迫した雰囲気にしり込みして、吉花と田中は小道の曲がり角から顔だけ出して様子を伺う。
すると、何か気配を感じたのか葉月がふと視線をあげ、目を見開いた。
吉花と葉月の視線が絡む。
数秒後、黙って見つめあうのに耐えられなくなった吉花が苦笑いを浮かべると、葉月は頭を下げ続ける森をそのままにして、吉花のほうに歩いてくる。
「吉花さん、体調はどう?」
柔らかい笑顔に心配をにじませた葉月に、吉花は申し訳なく思いながらうなずき、おずおずと葉月に歩み寄る。ついでに田中も曲がり角から出てくる。
「ゆっくり休んだらずいぶん良くなりました。ご迷惑おかけしました」
吉花が言うと、葉月が目に見えてほっとした表情になる。それだけ心配をかけたのだと思うと同時に、そういえばこの人にお姫様抱っこされたのだったと思い出し、吉花は恥ずかしさがぶり返してきた。
火照る顔を隠すためにうつむいた吉花は、気が付かない。
吉花が謝ったとたん葉月の笑顔が消えうせ、恐ろしく冷たい目になった。その目でじろりと見られた森は、こっそり上げかけていた頭を慌てて下げなおしたのだった。
「吉花さんが謝ることじゃない。謝るべき人は他にいるよ。ですよね、森さん?」
葉月の冷ややかな声に、森が肩をびくつかせる。
聞いたことのない葉月の声に驚いた吉花が顔をあげると、葉月は森のほうを向いていてその顔は見えない。けれど頬を引きつらせる赤塚や、頬っ被りをしていてもわかるほど顔色を悪くさせて震えるのっぺらぼうの様子から、見えなくてよかったのかもしれないと思う。
そんな葉月を間近で見ている森は、青い顔で何度もうなずく。
「はいっ。謝るのは俺、いえ、わたしですっ。あの話は嘘だったんです。ぬりかべなんて見ていませんっ!」
勢いよく告げられた森の告白に、吉花は驚いた。
そんな吉花のためか、赤塚が説明を付け加えてくれる。
「さっきのっぺらぼうに見てもらったんだけどよぉ。このあたりに妖怪の気配なんざ、かけらもねぇってよ。それどころか、この町にぬりかべなんざ、いねえってんだ」
「つまり、今回の騒動は妖怪騒ぎなどではない、ということですよね」
呆れたような赤塚の言葉を引き継いで葉月が言うと、森は大きな体を小さくさせてうなずく。そして葉月に促されて騒動の全容を語りはじめた。
「あの日、騒動になる前の晩、俺は酒を飲んでいました……」
肩を落として語る森の言うところには。
明け方から仕事があることをわかっていながら、森はつい一杯、もう一杯と杯を重ねてしまった。そして、買ったばかりの酒瓶をすっかり空けてしまうと気持ちよく寝てしまい、見事に寝坊をしてしまう。けれど先日、飲みすぎに気を付けると田中に約束したばかりで正直に言うのは気が引けて……。
「はあぁぁ……。森さん、あなたねぇ……」
森がそこまで語ったところで、田中が深い深いため息をつく。
その音を耳にして森はさらに背を丸め、これ以上小さくなれないだろうというくらいに縮こまった。