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今日もせっせと、働きます

 やることがあるのはいい。余計なことを考えなくてすむから。

 赤塚たちの妖怪調査を手伝い始めて数日、吉花は充実した日々を過ごしていた。

 朝は早くから起きて、炊事洗濯に精を出す。ひとりの朝食は静かすぎるから、赤塚たちの都合がつけば部屋に招いて賑やかな朝を過ごさせてもらう。たくさんまとめて作ったほうが楽だから、などと言い訳をして。

 手慣れてきた洗濯は、肌襦袢や寝間着代わりの浴衣、手ぬぐいの類を洗うだけではそれほど時間がかからなくなってしまった。早々に自分の分を片付けてしまい手持ち無沙汰な日には、大家である田谷の洗濯物まで請け負った。寝ぼけまなこの田谷は洗濯物を請う吉花に不思議そうな顔をしていたけれど、細かいことは聞かずにいてくれる。その上、お礼にと風鈴を吉花の部屋の軒先に吊るしてくれた。

 小料理屋はちょうどよく繁盛している。夏休みで江戸の町に遊びに来る家族連れが増えていて、この町での子育てに関する意見を集めるのだ、と稲荷が張り切っていた。吉花も、店が忙しいからと進んで朝から夕まで働いている。以前にも増してせっせと働く吉花に小料理屋の店主は何か言いたげだけれど、気づかないふりをした。

 日が暮れれば、赤塚たちと合流する。赤塚のほかに辰姫やヨル、水内であったりと日によってメンバーは変わるが、やることはいつも聞き込みだ。ささいな噂でもいいから、と範囲を広げ対象を広げて聞きまわっているが、結果は芳しくない。


「こうも手がかりが見つからねえと、もう諦めちまったほうがいいんじゃねえかって気がしてくるぜ」


 夕暮れからずっと歩き回っていた赤塚は、疲れのにじむ声で漏らす。夏の長い陽はもうすっかり暮れて、酔客がちらほらと見受けられるようになった道の端で、吉花たちは合流した。


「噂があっても、詳しく聞けば森さんの話ですものね。情報がなければ、どう動いていいかわかりませんし……」


 意気込んで聞き込みに参加している吉花も、あまりの手ごたえのなさに元気がない。

 そんな中ひとり生き生きしているのは、本業の眼鏡販売員の仕事を早上がりしてきた水内だ。夕方にやってきたときからどこか楽しげだったが、成果が得られなかった今もご機嫌で眼鏡のレンズを拭き掃除している。


「水内さん、何か妖怪に関系する情報見つかったんですか?」


「いいえ、何も」


 吉花が少し期待しながら尋ねると、水内は営業用以外では滅多に見られない大層爽やかな笑顔を見せてくれた。にっこりとイケメンスマイルで否定の言葉を聞かされた吉花は、ぽかんとしてしまう。


「けれど、眼鏡の文字を見つけました。これは大収穫です」


 うきうきと言う水内に吉花ははあ、と気のない相槌を打つ。そんな吉花の様子は気にもとめず、水内は笑顔の大盤振る舞いだ。


「更紗眼鏡と書いてあって、実質は万華鏡なのですが、眼鏡の文字がそこにあるということが重要なのです。ひとつ、眼鏡の文字があるならば、そこに眼鏡が複数並んでもおかしくない。と言うことは、私の一押し眼鏡がこの江戸の町に並ぶときも遠くないということです。そして、世間では昭和の時代に流行したデザインが再びもてはやされています。丸型のレンズフレームも人気なので、いまに江戸時代の眼鏡も再び脚光を浴びることでしょう」


 息も切らさず嬉しそうに言い切る水内に、吉花も赤塚もついていけない。けれど、眼鏡で思い出したことがあって吉花は声をあげる。


「眼鏡といえば、のっぺらぼうさんはまだお忙しいんでしょうか」


「おう、そうだそうだ。のっぺらぼうの予定を立ててんのはあんただろ、水内さんよ」



 放っておけば延々と聞かされるだろう眼鏡話から逃れようとしてか、赤塚も加勢する。

 話を遮られた水内は、しかし眼鏡繋がりの話題だからか特に気分を害した様子もなく、いつもの無表情に戻って頷いた。


「妖怪の気配がないか、見ていただくという話ですね。その件に関してはまだ調整中です。あの方のツアーは大人気でして、なかなかまとまった時間が取れないとのことです。最近は昼間にも予約が入るとかで、私としても昼用の眼鏡について打ち合わせたり、眼鏡の調整などもしたいのですが、難しいようです」


「今回の妖怪話は、被害らしい被害も出てねえからなあ。観光協会としちゃあ、客を待たせてまで優先することでもねえんだろうしな」


 そんな話をしながら、結局進展がないまま吉花たちは夕ごはんを屋台で済ませる。

 明日も町の外で仕事だという水内を町の出入り口まで見送って、吉花は赤塚と連れ立って長屋に戻る。歩きながら赤塚は今回の件が片付くまで長屋暮らしだという話をし、ならばと吉花が朝食に誘う。誘われたなら遠慮するほうが失礼だ、と赤塚が喜んで頷いたところで、部屋に着いた。


「そいじゃ、また明日な」


「はい。明日の朝、待ってますね」


 吉花の部屋の前で二人が挨拶を交わしていると、かたん、と木戸が開く音がする。振り向けば、そこには久しぶりに見る葉月の姿があった。彼もこちらを見ていたらしく、吉花と葉月の視線がぶつかる。二人は見つめあったまま、黙っている。

 木戸に背を向けている赤塚はまだ葉月に気がついていないようで、動きを止めた吉花に首を傾げた。

 その向こうで、葉月が口を開こうとするのが見えて、吉花はとっさに部屋の戸を開ける。


「それじゃあ、おやすみなさい!」


 唐突な行動に目を丸くする赤塚にそれだけ言って、吉花は部屋の戸をぴしゃりと閉めた。

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