賑やかなところに、やってきました
派手な二人組に連れられて、吉花は見慣れぬ小道に入り込む。小道といっても人が行きかう大通りに比べれば細いという程度で十分な広さがある。あるはずなのだが、道の両脇に店がずらりと並んでおり、そのどれもに人が立ち寄っているために、大人が三人も連れだって歩けば道がふさがってしまうほどになっていた。
こんなにも店が並んでいるなんてお祭りのようだな、と思いながら吉花は手近な店を覗く。そこは大きなたらいを置いただけのシンプルな店で、中には小さな金魚が泳いでいる。金魚すくい屋さんかと思ったが、どうも違うらしい。客はしゃがんでたらいの金魚を指さして、その金魚をたらいの向こうに座った店主が硝子の器に入れて渡している。
これは何屋というのだろうか。すくわないから金魚屋だろうか。以前、テレビで見た金魚屋にはもっと色鮮やかであったり形が変わったものを扱っていた。ならば魚屋? けれど、金魚を食用にするとは聞いたことがない。
吉花が不思議そうに見ていたのに気が付いたのか、客を見送った店主が人のいい笑みを浮かべながら教えてくれた。
「うちは金魚を売る店さ。暑い夏、涼し気に泳ぐ金魚を眺めてゆったり過ごす。どうだい、一匹。部屋がぐんと、夏らしくなるぜ」
言われて、吉花は自分の部屋に金魚鉢が置かれた様を想像してみる。狭くて暑い長屋の部屋に、ぽつりと置かれた金魚鉢。障子越しに射す夏の日差しを透かして、きらめく硝子。その中をゆらゆらと尾ひれを揺らしながら泳ぐ金魚が、畳の上に柔らかな影を落とす。そこに風鈴が高く澄んだ音を立てて、涼を添える……。
想像の中の素敵な空間に思いを馳せる吉花は、ちりんとふたたび聞こえた風鈴の音にはたと我に返る。
「お嬢さん、夏の涼といえば風鈴でしょう」
我に返った吉花にそう言ったのは、金魚屋の向かいで店を開いていた風鈴売りのおじさんだ。
「金魚もまあ、悪くはない。悪くはないが、生き物だからね。どうしたって世話がいる。水替え、餌やり、大きく育てば新しい鉢。気軽に買うには、ちょっとねえ」
その弁に、金魚売りがむっとした顔をする。けれど、口を挟む前に風鈴売りが続ける。
「その点、風鈴はいいですよ。世話なんてしなくても、吊るしておけば綺麗な音を聞かせてくれる。要らない時期にはちょいとしまっておけばいい。腐りもしないし、育ちもしない。割れないようにだけ気をつけつけておけば、何年だって使えますよ」
どうです、おひとついかがです? 勧める風鈴売りに、金魚売りが食ってかかる。
「言いたい放題言ってくれるじゃねえか。風鈴と一緒でちりちりちりちり、やかましくっていけねえや。風鈴なんざ、邪魔邪魔! 用もねえのにうるさく鳴って気が散るし、寝入ろうってときにやかましく鳴って眠れやしねえ」
「おや、あなたにはこの音の良さがわからない。それも仕方ないかもしれませんね。なんせ休日は四六時中、金魚と一緒に部屋の中でだんまりして過ごしているんでしょうから。ささやかな音が気になるのも、道理です」
売り言葉に買い言葉。金魚屋と風鈴売りが二人でわあわあと口喧嘩をはじめた隙に、吉花はこれ幸いとその場を離れる。
「あのおっさんたち、面白えだろ。いっつもああやって客の取り合いしちゃあ、仕事あがりはそのまま口喧嘩しながら飲みに行くんだとよ」
少し離れたところにいた赤塚が、吉花のそばに寄ってきて教えてくれる。どうやら、あの二人がすぐ客に絡むことを知っていて避難していたらしい。
「二人、仲良し。商売上手」
同じくどこからか寄ってきた辰姫が言うそばから、金魚屋と風鈴屋は騒ぎに寄ってきた客を話に引き込んでいる。そしてあっと言う間に両者共に品物を売りさばいているのだから、なるほど確かに仲が良いのかもしれない。
「ここは季節ものの振り売りが集まってるから、さっきみたいにがんがん客に絡んでくる店が多い。いつでも賑やかだから、お祭り通りって呼ばれて観光客にも人気なんだとよ」
「はあ」
赤塚の説明でこの通りについてはわかったが、なぜここに連れて来られたのかは相変わらずわからないため、吉花は気の無い返事をする。
「それで、今日はどんなご用事でこちらに?」
吉花が聞くと、辰姫がその腕を取りぐいぐいと引く。
「夏はお祭り。今日は遊ぼう!」
「そうそう、ぱーっと遊んでしっかり働く! メリハリってやつが、大切なんだぜ」
赤塚も一緒になって吉花を引っ張れば、もうそこからは止まらない。
あちらの店で夏野菜を売っていると思えば、こちらの店では虫が売られている。竹で編んだ籠に入った虫は鈴虫、松虫、馬追いなどの鳴く虫ばかり。聞けば、こちらも風鈴のように音を愛でて涼を感じるためのものらしい。人混みに疲れれば心太を買ってすすり、食べ足りないと赤塚が西瓜の断売に寄れば、吉花と辰姫は朝顔売りの鉢を眺めていっぱいについた蕾を数えて遊ぶ。金魚の代わりにめだかを売る店もあれば、竹筒に穴を開けて作った水鉄砲を売る店もある。
気になっていた謎の店、ひえまきを見つけてじっくり見ることもできた。ごく小さな鉢に穀類のひえをまいて田んぼに見たて、おもちゃの茅葺き屋根の家やかかしを置くプチ盆栽らしい。小さな飾りがたくさん売られており、吉花はついつい真剣に選んでしまう。
ああでもないこうでもない、と悩みに悩んでようやく作り上げた鉢を持って立ち上がり、焼き鮎を食べる赤塚と辰姫に合流した。吉花が満足感をもって自作のひえまきを眺めているうちに、赤塚は鮎を食べきって手についた塩をはたき落とす。
「さて。それじゃあそろそろ、俺たちゃ仕事に行くかな」
薄暗くなり始めた空を見て赤塚が言うと、こちらも完食した辰姫が唇をぺろりと舐めて頷いた。
「あんたも、いい息抜きになったろ。真面目にやんのはいいけどよ、ときには休むのも大事だぜ」
「また遊ぼ!」
じゃあな、と手を振り去って行く二人を見つめる吉花は、胸のもやもやがどこかに散っていることに気がついた。散っていたものが、ひとりきりになった途端にまた戻って来ようとしていることにも気がついた。
だから、吉花は走った。薄闇の向こうに消えた二人の後を追って、その背に追いつくために走った。