なんだか、もやもやします
(葉月さんはしばらくお仕事で忙しいから、なかなか会えなくなるって言ってたのに)
実際、このところ長屋では朝も夜も葉月の姿を見かけることはなく、妖怪絡みの騒動を聞いても赤塚やヨルが出かけていく。ときどき水内や辰姫がやってきて加勢していることもあるようだ。とはいえ、水内は新作眼鏡をお披露目するのが主目的のように思える。聞き込みにでかけては眼鏡の話ばかりしていると、ヨルが笑っていた。一応、話のついでに妖怪について聞いてくるので、仕事をしていないわけではないらしい。辰姫は学生らしく、学校が休みの日にやってきてはごはんを食べたり町を散策したりと、気ままに過ごしている。それでいてどこかしらから有益な情報を得てくるようで、彼女は彼女なりに役に立っているらしい。
そんなこんなで他のメンバーとはちょくちょく顔を合わせるけれど、葉月とはしばらく会っていない。これまでも、本業が忙しいからと会えないことはあったから、吉花はてっきりまた町の外に出ているとばかり思っていた。
(町にいるなら、そう言ってくれればいいのに)
人に会いに行くからしばらく家を空けると、そう言ってくれれば良かった。仕事だなんて嘘をつかずに、本当のことを言ってくれれば良かった。そんなに浅いご近所づきあいをしているわけではないのに。
そこまで考えて吉花は、葉月と自分の関係がご近所さん以上のものではないことに思い至り、驚いた。
葉月とは、かなり親しい付き合いをしているつもりだった。けれど、いくら親しくしているつもりでも、葉月と吉花はただの近所の住人でしかない。そんな吉花に出かける理由を事細かに説明しておく必要はないし、出かけた先で誰に会おうと葉月の自由だ。
そのはずなのに、そう思うのに、気持ちが納得しない。
葉月が会っていたあの人は誰だろう。長屋に戻ってきている様子はないけれど、どこで寝起きしているのだろう。もしかして、もう長屋には帰ってこないんじゃないだろうか。
考えても仕方ないことばかりが頭に浮かんできて、吉花はひとりぐるぐると考えてしまう。
そのせいで、小料理屋での仕事中にもぼんやりしてしまった。幸いなことに今日訪れたのはほとんどが常連客ばかりだったため、大きな失敗にはつながらなかった。けれども吉花のぼんやりのせいで、昨日お店には入れなかった客へのお詫びにさらにお詫びが付け足されることが数度。
店主にも客にも心配されて、吉花は昼の混雑が過ぎたところで帰宅となった。断ろうにも、店に迷惑をかけている事実は覆せない。家まで送ろうか、と申し出る常連客に体調不良ではないからと断って、陽も高いうちに帰宅の途に着いた。
けれど、仕事が早く終わったところでまっすぐ長屋を目指す気も起きない。戻ったところで、長屋にいない葉月は今どこにいるのだろう、と考えてしまうだけだろう。
かといって、これといった用事も思い浮かばない吉花は、あてもなくふらふらと歩く。それもかんざしを目にしては朝の光景を思い出し、緑色の着物を着た男性の姿を見かけては葉月を思い出してしまうので、楽しいものではなかった。
そんな調子でのろのろと町を進んでいた吉花の目の前に、赤い着流しと黄色いフード付きポンチョの派手な二人組が現れた。
「おうおう、どうした。しけたツラしてんなあ」
「お腹いたい? だいじょぶ?」
あっと言う間に吉花の周りを賑やかに囲ったその二人組は、赤塚と辰姫だった。
「あ、こんにちは。大丈夫だよ、ありがとう」
突然の出会いに驚きながらも吉花が答えると、二人は目に見えてほっとした顔をしてくれた。その様子に、ぐるぐる考え込んでいた吉花の頭に少しだけ余裕ができた。
余裕のできた頭で改めて見てみると、目の前の二人がなにか手に持っていることに気がついた。
赤塚の右手には扇子。薄赤い和紙に赤い花火の絵が描かれた、あまり涼しげではない一品だ。
辰姫の右手には団扇。和紙だろうか、黄味がかった丈夫そうな紙に描かれているのは犬、猫、鼠に蛇、烏などさまざまな動物だ。すき間なくびっちりと描かれた絵は、爽やかさよりも暑苦しさを伝えてくれる。
どちらも手にしているのは個性的な品物だ。どこで買ったのかわからないが、それぞれ大切そうに持っているところから気に入っているのだろうことが伺えた。
「お二人は、揃ってお出かけですか?」
どちらも扇を手にしているので、暑い場所に行く予定だろうかと思い聞いてみる。すると、にぃっと八重歯を見せて笑った辰姫が、空いている方の手で吉花の手を取った。
「夏、満喫!」
「え?」
吉花が目をぱちくりしている間に、辰姫が手を引いて歩き出す。
「おうおう、そいつぁいいや。賑やかな方が楽しいに決まってら! そうと決まれば、さっそく行くぜぃ!
辰姫の発した短い言葉から、何かを理解したらしい。赤塚が戸惑う吉花の背を押して足を止めさせない。
「え? あの、どこに? 何の話ですか〜!?」
困惑した声を上げる吉花に構わず、派手色コンビは楽しげにずんずんと歩を進めるのだった。