表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/62

事件解決まで、もう少しです

「え、えと、あの。狐の騒動が片付いたってことは、あの、やっぱり、この件は僕の勘違い、ですか……?」


 細川は稲荷をちらちらと見ながら、おどおどと言う。きっと否定してもらいたいのだろう。けれど、葉月の返事は、あっさりしたものだった。


「そうだね。町の人を困らせていた騒動の犯人は、さっきの狐だろうね。あの三人が確認を済ませるまでは確定ではないけど、間違いないと思うよ」


 ふところから折りたたみ式の提灯を取り出しながらはっきりと言い切る葉月に、細川は顔色を青や赤に忙しく変える。きっと、稲荷の件が自分の思い違いであったことに顔を青くさせ、狐ではない生身の女性が自分に向けて言ってくれた言葉の数々を思い出して顔を赤くさせているのだろうな、と吉花は想像する。

 細川は今の今まで稲荷を狐だと思っていたようだが、吉花は葉月の言葉に特別な驚きは感じなかった。むしろ、やっぱりそうだったか、とすんなり受け入れられた。

 それでも細川と一緒になって狐騒動との関係を考えていたのは、いっそ狐の仕業であればいい、と思っていたからだ。

 悪意ある人がなんらかの目的を持って家に上がりこんでいるよりも、狐が人を化かして細川家に住んでいるほうが、傷つく人が少ない。

 そう考えていた吉花は、どうか稲荷さんにとくべつな事情がありますように、と願いながら事態を見守ることにした。

 一方で、事情がまったく飲み込めていない稲荷は、戸惑うようにあたりを伺っている。そして、ちらちらと視線を送る細川を見て、何か思うことがあったのだろう。口を開きかけてはためらい、結局なにも言わずにそっと俯いた。

 陽が落ちて静けさばかりが広がるその場に、葉月の持つ提灯の明かりが頼りなく灯る。

 気詰まりな沈黙を破ったのは、葉月だった。


「さて、これで町の狐騒動は片付いた。けれど、まだ終わりじゃない。稲荷さん、細川くんがね、あなたのことを狐なんじゃないかと疑ってるんです」


「……え?」


 葉月の言葉に、稲荷は驚いて顔をあげる。にこりと笑った葉月と目を丸くした稲荷。そんな二人を交互に見て慌てる細川になど構わず、葉月は続ける。


「聞いたことありません? 男の家に突然、若い女の人が訪ねてきて、しばらく置いてくれと言う。一緒に暮らすうちに情が移るけれど、ふとしたことで女が狐やむじなだったとわかって……なんて昔話」


 言われて、稲荷は自分の状況が昔話に合致することに気がついたのだろう。困ったような申し訳ないような顔になった。


「あなたが移住してきたときにタイミング良く町でも狐騒動が起きていたものだから、細川くんはあなたが狐なんじゃないかと思ったみたいですよ。こんな綺麗な人が自分の家に来るなんて、化かされているに違いない、とね」


 最後のほうを茶化すように言った葉月に、細川が顔を真っ赤にして慌てている。それを見る稲荷も顔を赤らめているが、葉月の口を塞ごうと躍起になっている細川は気がついていない。

 ひょろひょろした細川が必死で向かってくるのを軽くあしらいながら、葉月は頬を染める二人を見て笑う。その笑顔は、いつも葉月が浮かべるにっこりとした表情ではない。綿毛がほろりと飛ぶように、うっかりこぼれた優しい笑顔を見てしまった吉花は、どうしてか嬉しいような恥ずかしいような気持ちになった。

 けれど、優しい笑顔を浮かべたのは一瞬のこと。葉月はすぐに真剣な顔に戻り、稲荷に向き直る。


「それで相談を受けて、狐騒動を解決するための一環として、稲荷さんがこの町に来た経緯を調べさせてもらいました」


 申し訳ありません、と頭を下げる葉月に、稲荷が顔を強張らせる。

 葉月たちは、町の運営に関わる人々ともつながりがあるようで、のっぺらぼうの時にも各所に連絡を入れて、話をつけていた。今回もその伝手を使って、稲荷のことを調べたのだろう。


「その結果、稲荷さんが狐騒動と無関係なことはわかりました。けれど、俺がそれを言っても細川くんは信じないと思いまして。強引かとは思ったんですが、狐捕獲の現場に来てもらったんです」


 口調は丁寧に、けれど眼差しは鋭く真っ直ぐに稲荷を見つめながら葉月は言う。

 

「あなたが狐ではないことはわかってもらえたはずですが、どうしてこの町に来たのか。細川くんの家に住んでいるのはなぜなのか、彼は知りません。できれば、あなたの口から説明してもらえませんか」


「……」


 促す葉月に、稲荷は沈黙を返す。

 けれど、話す気がないわけではないようで、口を開きかけては閉じ、細川をちらりと見てはまたためらうそぶりをみせる。

 そんな稲荷をそわそわと見ていた細川は、彼女の様子に耐えられなかったのだろう。ぐっと拳を握り、稲荷に正面から向き合った。


「あの、あの! もう、いいんです。無理に話してくれなくて、いいんです。僕は、僕に自信が無くて、稲荷さんが狐だったら納得できると思っただけなんです。だから、狐じゃないなら、どうしてあんなに優しくしてくれるのかとかわからないですけど、でも、話したくないなら、もう、いいんですっ」


 稲荷の正面に立ち、けれど目線はすぐ足元に落として細川が言った。これまで話した中で一番、大きな声でしっかりと自分の思いを言葉にした細川に、吉花は驚いた。それは稲荷も同じだったようで、俯く細川のつむじをじっと見た彼女はぽつりと口を開く。


「……愚痴になるかもしれない。それで良ければ、話を聞いてくれる?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ