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目的地に、着いたようです

 葉月に連れられて、三人はずんずんと進んでいく。

 途中、このあいだ吉花が奇妙な月に追いかけられて、稲荷さんを見かけた路地を通ってさらに進む。その先は江戸の町のはずれ、今後エリアを充実させていくための予定地となっている。立ち並ぶ長屋はどれも空っぽで、明かりは一つもついていない。

 進むほどにひと気がなくなり、あたりは閑散としていく。日が落ち始めたのと相待って、寂しい雰囲気ばかりが増していく。


「あの、どこまで行くんですか……?」


 不安になった吉花が葉月に声をかけたそのとき、前方の薄暗がりにぼうっと大きな門が浮かび上がるのが見えた。


「ああ、いたいた。あそこだよ。もうちょっとだけ頑張って」


 そう言って歩く葉月に着いて行くうちに、門の奥にはずいぶんと開けた土地があることが見てとれた。

 空き地だろうか、と思った吉花だったが、近づくうちにその広場を正面にして、長屋よりも大きな平屋建ての建物が建っていることに気がついた。


「ここは……?」


「おうおうおう、遅かったじゃあねえか。こっちはもう、仕事を終わらせちまったぜい」


 吉花がここは何の建物なのか尋ねようとしたとき、門の陰から威勢のいい声と共に人が現れた。

 現れたのは、短い茶髪を逆立てて手ぬぐいをひたいに巻いた若い男。もろ肌ぬぎの着物は紺地で、鮮やかな赤色や朱色で描かれた炎のような模様が足元から立ち上る派手なもの。とんぼ玉や組み紐で飾り立てられた濃い黄色の帯がその派手さを助長させている。大いに肌蹴ている着物の下に見える襦袢じゅばんも茜色のため、日も暮れたというのにその男だけ赤々と目立っていた。

 しかし、やたらと派手な格好よりも気になるのは、その両手に持っているものだ。

 右手には、くったりとした油揚げ。

 左手には、ぐったりとした狐。

 男が握りしめているものを見つめて、吉花と細川はコメントに困る。

 戸惑う二人とは対照的に、葉月はためらいもなく男に近寄り声をかけた。


「お疲れさま、思った以上に早く片付いたね。あとは……」


 葉月がきょろきょろと辺りを見回したとき、ざり、と草履が砂に擦れる音がした。吉花たちが音のしたほうを振り向くと、先ほど潜ってきた門のところに提灯の明かりが見えた。

 

「これは、すでに事が済んでいると見受けられる。それがしらが最後のようであるな」


 言いながら現れたのは闇に溶ける墨染めの衣をまとった僧、ヨルだ。


「お待たせ致した。言われたとおり、こちらの女人を連れて参った」


 そう言ってヨルが手招きすると、ざり、ざりと控えめな足音と共に、ひとりの女性が姿を見せた。

 美人だけれど、目尻が上がったきつめの顔だちをした細身の女性。その人を見て、細川が声をあげる。


「稲荷さん!」


 女性は、細川の家に居候している稲荷であった。

 細川は首根っこを掴まれた狐と稲荷とを交互に見て驚いている。稲荷は知り合いを見つけたためだろうか、細川を見て少しほっとしているように見えた。

 一方で吉花は、やっぱり、という思いをいだきながらそんな二人を眺める。


「あの、これはどういう……?」


 狐を掴む男や葉月に目をやりながら稲荷が細川に問うけれど、何の説明もなしに連れて来られた細川は困った顔をして吉花を見る。見られた吉花も状況がわからないため、何も言えずに困って葉月を見る。

 三人にそろって見つめられた葉月は苦笑いした。


「説明するから、もうちょっと待ってて」


 その言葉に三人が頷くのを見てから、葉月はヨルに声をかける。


「のっぺらぼうはどこに……」


 言い終える前にヨルの背後からひょい、とのっぺらぼうが顔だけ覗かせる。今日は、優しく笑った目が描かれた鼻付きの丸眼鏡をかけている。鼻の形や目の形はその日の気分で選べるべきです、そう、眼鏡を選ぶときのように! という水内の主張により、結構な数の眼鏡フレームとそれに合わせた鼻、目が描かれたレンズが用意されているらしい。

 眼鏡をかけたちょっと変わった妖怪に久しぶりに会えて嬉しくなった吉花が手を振れば、のっぺらぼうはちょこりと頭を下げた。その拍子に、眼鏡がずれてつるりとした顔があらわになる。

 それを見て驚いたのは、細川と稲荷だ。のっぺらぼうをはじめて見たのだろう、二人は仲良く固まっていた。

 そんな二人はそのままに、葉月が話を進める。


「のっぺらぼう、悪さをしていたのはこの狐で合ってるかな?」


 問われて赤い男の手元を向いたのっぺらぼうは、こくこくと頷く。吉花には普通の獣にしか見えないが、妖怪同士、何か感じるものがあるらしい。


「それじゃあ、その狐の対処はヨルと赤塚にお願いしよう。二人が化かされないとも限らないから、のっぺらぼうも一緒に行ってもらえるかな?」


「なんでえ、俺たちゃ狐に遅れを取るほど、間抜けちゃいねえぜ」


 葉月の言葉に不満げに口を尖らせた赤い着物の男が、赤塚だろう。


「現にこうして、油揚げ一枚で簡単にとっ捕まえられたってんだからよ」


 自慢げに威勢良く言う赤塚は、見た目だけならば葉月と同じくらいの年齢だ。しかし、そのせっかちそうな言動から、もう少し若いようにも思えた。


「狐を捕まえたのは間違いなく、お主の手柄よ。しかし、我らは妖怪に関して素人も同然。ここは、のっぺらぼうどのに助力していただく方が確実であろう」


「おう! それもそうだな。そんじゃあ、ちゃっちゃと行こうぜい、ヨル、のっぺら!」


 ヨルに言われてさっさと移動をはじめるあたり、赤塚は気は短いが素直なのだろう。

 油揚げと狐を持ったまますたすたと歩き、見送る吉花たちに向けてにかっと笑うと、ヨルとのっぺらぼうを引き連れて門の外へと去っていった。

 その遠ざかる足音を聞いていると葉月がくるりと振り帰り、残された吉花たちの方に向き直った。


「さて、これで狐騒動の原因は取り除いたわけだ。というわけで、今から君たちのほうの狐騒動を片付けよう。ね」

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