事態が、進展します?
怪しい女性、稲荷の調査を葉月にお願いしてから数日。変わらず葉月たちは忙しくしているようで、あの朝食の後に別れてから会うこともない。
けれども葉月のことだから、何かわかれば連絡をくれるはずだと、吉花は穏やかな気持ちで待っている。
そんなある日、細川が祖母のお供として吉花の勤める小料理屋にやってきたのは、客も引いた日暮れごろ。いい年をした店主は日中の商いだけで充分、と早々と店じまいをするところだった。
ちょっとおしゃべりしに来たの、と言う細川の祖母に、来てくれたことは嬉しいけれどお茶も出せなくて申し訳ないと店主が言う。ちょうど、かまどの火を落としたところだったのだ。
すまなそうにする店主を細川の祖母は甘味屋へ誘う。評判のお店があるんですって、と言う細川の祖母に、ならば後片付けが済むのを待っていてほしい、と答える店主を見て、吉花は手を上げた。
「店じまいでしたら、私がやっておきます。かまどの火は消したから、あとは簡単なお掃除だけですよね? 戸締りも覚えましたから」
胸を叩いて任せてください、と吉花が言うけれど、店主は頷かない。
「あんたひとりに掃除をさせて、お茶しに行くってのも、ねえ……」
しぶる店主を見て、吉花は細川に目くばせする。
細川が祖母の背を押してくれればいいな、くらいの気持ちであったが、細川は意外なことを言う。
「あの、だったら僕が手伝います。掃除は得意、というか、あの、好きですし」
この言葉に細川の祖母が大きく頷いて、それはいいそうしましょう、と言う。この子は本当に掃除が得意なのよ、という細川の祖母の言葉で、ようやく店主は頷いた。
そして店主と細川の祖母を見送ると、二人は掃除に取り掛かる。
吉花はかまどの灰を掃き出しながら、そうだ、と思い出して床の掃き掃除をする細川に話しかけた。
「そうそう。先日、葉月さんとお会いして、稲荷さんのことを話したんです」
吉花の声に、細川はほうきを動かす手を止めて顔を上げる。
「話だけで狐かどうか判断するのは難しいので、調べてくださるということで。それから会っていないので、調査がどんな感じで進んでいるかはわからないんですけど、きっと近いうちに結果を教えてくれるはずです」
だから待っていてくださいね、と言う吉花に細川は、はあ、お願いします、と相変わらずの反応をする。ただ、ちらちらと吉花に向けられるその目には、いくらかの期待が込められているように見えた。
その後は掃除をしながら、細川による稲荷さん報告を聞く。稲荷さんは家事の得意な男は嫌いじゃないみたいです、稲荷さんは家事があまり得意ではないそうです、などと話す細川はどことなく嬉しそうだ。話しながらも掃除の手を休めない細川のおかげで、店長と片付けるときよりも早く掃除が終わった。
道具を片付け、手を洗ってそれでは帰りましょうか、と細川を伴い吉花が入り口の戸に向かう。
そのとき、がらりと目の前の戸が開いて、すみません、と声をかけながら誰かが入ってきた。
「葉月さん! ごめんなさい、もうお店は終わってしまったんです……」
眉を下げて言う吉花の前に立り、葉月はにこりと笑って頷く。
「いいんだよ。今日は吉花さんに用があってきたんだ。細川幸路くんと一緒に、来てもらいたいんだけど……」
そこまで言ったところで葉月は、吉花の後ろに立つ細川に気がついたらしい。いっそう笑みを深めると、黙って細川を見つめている。
「あ、あの、その、今日はたまたま、祖母のお供でここに来て、それで、ちょっと成り行きで掃除をお手伝いしただけで……」
見つめられた細川がなぜかしどろもどろと話しだすのを聞いて、葉月はふうん? と目を細める。
そんな二人を吉花がきょとんとした顔で見上げていると、葉月が細めた目を戻して吉花に向き直る。
「その話は今は置いておこう。それで、吉花さんと細川くんに付いて来てもらいたいところがあるんだけど、今から一緒に来てもらっても大丈夫かな?」
葉月のお願いに、吉花と細川は顔を見合わせて頷いた。吉花は、掃除が済めば仕事も終了であとは自由な時間だ。細川も、今日は昼間のうちに夕飯の仕込みを終えたので格別な用事はない、と掃除の合間に話していた。
「それじゃあ、行こうか」
二人が頷いたのを確認した葉月が促す。店の戸につっかえ棒をした吉花が隣に並ぶのを待ってから、葉月は歩きだす。
「どこに行くんですか?」
「うーん、それは内緒にしとこうかな。言っても大丈夫だとは思うんだけど、万が一ってこともあるし」
言葉を濁す葉月に、吉花は首をかしげた。そして少し考えてから、ぱちりと手を合わせる。
「あ、わかりました。稲荷さんについて何か調べてくださったんですね?」
吉花の明るい声に、少し遅れて付いて来ている細川がはっと顔を上げた。
それをちらりと横目に見た葉月は、羽織っていた半纏の袖に両手を差し入れて、そっぽを向く。
「さあて、どうかなあ? それも内緒にしとこうかな〜」
横からと後ろからの期待するような眼差しに気づかないふりをして、葉月は歩くのだった。