情報収集、しました
行き詰まった吉花と細川は、ひとまずうぐいす餅を堪能することにした。悩んだところで知らない情報はわからないのだから、と吉花が言ったためである。
二人して餅を食べ、余韻を楽しみながらお茶を飲んでいると、吉花が細川のおばあちゃんに買っていこうと言いだした。甘いもの嫌いじゃないですよね、と聞くが早いか、吉花は店に入り客の列に並んでいる。細川がはあ、たぶん、などと、もごもご返事をしたのは聞いていないだろう。
そうして手土産を持って嬉しげに細川家の戸を叩いた吉花は、細川の祖母に笑顔で出迎えられた。あれよあれよと言う間に招き入れられて案内された縁側で、お茶を淹れてくるから、と細川の祖母に促され腰掛ける。祖母の素早い行動についていけず、あたりをうろうろしていた細川も吉花に促されて並んで座る。
そうして二人で腰を落ち着けたとき、吉花がはっと気がついた。
「幸路さん、幸路さん。これはチャンスですよ。細川のおばあちゃんに例の女性のことを聞く大チャンスですよ!」
拳を握って吉花が力説したとき、軽い足音がして細川の祖母が現れた。すかさず立ち上がった細川が祖母の手からお盆を受け取り、乗っていた茶をそれぞれに配っていく。いつものおどおどした彼の様子からは想像できない、手慣れた動きだ。
そうして座布団に祖母が座るのを手助けしてから、細川が元の位置に座り直す。細川の祖母を挟む形で吉花と細川が座ると、誰からともなく茶をすすりひと息ついた。
「それで、ふたりは私になにを聞きたいのかしら」
のんびりとくつろいだ気持ちになっていたところにそう聞かれて、吉花と細川はびくりと肩を震わせる。
そんなふたりの様子を見て、細川の祖母はふふっと笑う。
「ごめんなさいね。さっきふたりでお話ししているのが聞こえてしまって。例の女性というのは、稲荷さんのことでいいのかしら」
着物の袖を抑え頬に片手を添えて小首をかしげる細川の祖母に、吉花は素直に頷くことにした。
「そうなんです。細川さんのおうちに女性が住んでるっていうから幸路さんにどんな方か聞いたんですけど、とってもきれいな方で、苗字が稲荷さんだっていうことしかわからないっていうんです。だから、細川さんに聞きましょう、って話をしてて」
吉花が言うのを横で聞いていた細川は、顔を赤くして固まっている。改めて聞いて、自分が稲荷さんを美人だ美人だと言っていたことがわかって恥ずかしくなったらしい。
そんな孫の様子を見て、細川の祖母はあらあらと楽しげに笑う。
「そうねえ、稲荷さんは美人ですものね。だけど幸路さん、あなたお名前を聞いたのに覚えてないのでは、好意を持ってもらえませんよ」
祖母に困った子どもを見る目で見られて、細川はますます顔を赤くさせて慌てだす。動揺したために手にした湯のみからお茶がこぼれたらしく、あちち、とひとりで騒いでいる。
「あら、じゃあ細川さんが緊張してて覚えていないだけで、自己紹介されてたんですね」
細川の慌てっぷりに笑いをこらえつつ吉花が聞くと、細川の祖母はすぐに頷いた。
「ええ、ええ。きちんとご挨拶してくれましたよ。稲荷 遥子さんとおっしゃる娘さんです。お仕事をするためにこの町に来たけれど、住む場所が見つけられないということで、知り合いのつてを辿って我が家にいらしたそうよ」
にこにことそう言った細川の祖母に、吉花は恐る恐る聞いてみる。
「あの、ご存知なのはそれだけですか?」
吉花の質問の意味がわからなかったらしく、細川の祖母はきょとんとした顔で目を瞬かせる。
「ええと、細川さんはその稲荷さんと直接お知り合いではなかったんですよね。それなのに、突然やってきた見知らぬ女性を家に上げて、そのままお部屋まで貸して一緒に住んでいるっていうのは、いくら江戸時代は助け合いが大事でも、幸路さんがいるからと言っても、ちょっと、どうなのかなあ、と思いまして……」
もごもごと遠慮がちに言う吉花に、細川の祖母がにっこりと微笑んだ。
「吉花さんは私たちのことを心配してくれているのね、ありがとう。けれどねえ、私が稲荷さんを家にあげたのは昔のように助け合いを大切にしたかったからだけではないのよ」
そう言う細川の祖母の優しい顔に、けれど彼女が優しさだけで行動しているのではないのだと感じて吉花は少し安心する。思えば、彼女は吉花よりもずいぶんと長い年月を生きてきたのだから、きっとなにか考えがあるのだろう。居候の女性の怪しさが無くなったわけではないけれど、吉花は細川の祖母に、困ったことが起きたら相談してください、と言うに留めた。
「そうねえ。本当はもう少しだけ細かい事情も聞いているのだけど、それはやっぱり本人から聞くべきだと思うのよね」
そこで言葉を切った細川の祖母は、横に座り神妙な顔で話を聞いていた細川をちらりと見る。
「だから幸路さん、あなたきちんと自分でお話ししてみなさいな。女性とお話しするのが苦手なんて言っていないで、克服する良い機会ですよ」
そう言って、ふたたび慌てふためきはじめた孫を見て細川の祖母はいたずらっぽく笑うのだった。