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尾行、しますよ

 宣言どおり朝一番に現れた吉花によって連れ出された細川は、現在、こそこそと細い道に身を隠しながら大通りを進んでいた。

 吉花は、細川の家から出て来たちょっとつり目がちな美人の背中を見失わないようにしならがも、道を行き交う豆腐や菜っ葉の振り売りや、朝の支度で忙しい前掛け姿のおかみさんにぶつからないように避けながら歩いていく。

 一方、細川は舗装されていない地面を歩くのなんて小学校や中学校のグラウンドくらいしか経験がない。慣れない草履と慣れない路面の感触に戸惑う細川は、しばしば人にぶつかりそうになっては方々にぺこぺこと頭を下げて、吉花のあとを着いていく。着慣れない着流しが肌蹴はだけてしまわないかも気になって、なかなか身軽には動けない。


「ちょ、ちょっと、吉花さん。待ってください」


 ばれないように、見失わないようにと慎重に尾行をする吉花に、細川から制止の声がかかる。

 吉花が足を止めて振り向くと、着物の裾を必死に手で押さえている細川がいた。


「あら、幸路さん。ついに肌蹴ちゃいましたか」


 細川の背中をちょっと見た吉花が軽い調子で言うのとは対称的に、細川は悲壮感さえ漂わせて返事をする。


「ど、どうしましょう。ぼく、祖母に着付けてもらったから、自分で直せないんです」


 泣きそうな細川に、吉花は少し前の自分を見ている気持ちになって微笑んだ。吉花も、ここに来るまで着物なんて自分で着たことがなかった。

 七五三の着物は祖母と母の二人がかりで着付けられて大変だった思い出しかないし、夏祭りに浴衣を着たときも母に着付けてもらってばかりいた。成人式のときはヘアセットと着付けを美容院にお願いしたから、自分で着物を着たのはこの町に来てからだ。それだって、事前に結びが作られているマジックテープで留める帯を巻くだけの作り帯なので、偉そうなことは言えないけれど。初心者に毛が生えた程度でも、今回ちょっぴり先輩風を吹かせられると吉花は胸をはる。


「着崩れくらいなら、直せますよ。帯は結べませんけど!」


 にっこり笑った吉花は細川をその場に立たせ、合わせを整える。その手慣れた所作に、細川が尊敬の眼差しを向けた。


「すごいですね! なんだかすごく格好良いです、吉花さん」


 細川の手放しの賞賛に、吉花はにこにこと微笑んだ。そして、気分良くアドバイスをする。


「それから、歩くときはいつもより歩幅を狭くする気持ちで歩いてみてください。男性は女性ほど小股にしなくても大丈夫ですけど、ズボンみたいに大股で歩くと、どうしても肌蹴てしまいますから」


 ふむふむ、と細川は神妙な顔で吉花の言葉を聞いている。言われた通りに気持ち程度小股で歩いてみると、なるほどこれならば帯も解けそうにないし、裾も乱れにくい。

 嬉しそうにあたりをうろうろと歩いてみる細川を見て、吉花も微笑みながら付け加える。


「それから、歩くときにつま先を前に進める気持ちで歩いてみてください。男性は外股で歩く方が多いと思いますけど、着物で外股歩きをするとどうしても裾が乱れてしまいますから」


 言われた通りに足を動かしてみた細川は、自分の足さばきが格好良くなったように感じて嬉しくなる。

 足元を見ながら歩き回る細川に、背すじを伸ばしたらもっと格好良くなりますよ、草履のときは足を擦るように歩いた方が歩きやすいですよ、などと吉花がアドバイスをしては、また細川が言われた通りに歩いてみる。

 ひとしきり歩き方を練習した細川が足を止めると、吉花はいたずらっぽく笑って言う。

 

「なんて、偉そうに言いましたがこれ全部、他の方教えていただいたコツなんですよね」


 まるで自ら見出したやり方のように語ってしまったが、吉花のしたアドバイスは全て葉月からの受け売りだった。のっぺらぼう騒動の折、着物に気を取られてもたもたする吉花を見かねて教えてくれたのだ。いっそ葉月や辰姫のように股引を履いて、裾の短い着物を着ようかと思っていた吉花には、とてもありがたい助言だった。

 そして、葉月の助言は、吉花と同じく着物初心者である細川にとっても役に立ったらしい。


「だったら、ぼくはその教えてくれた方と吉花さんと、両方に感謝しなきゃいけないですね。せっかくこの町に来たのに歩く時点でつまずいて、出歩くのが嫌になるところでした」


 心底嬉しそうに細川が言い、吉花が笑返す。すると、それを見計らったように周囲にいた人が声をかけてきた。なんだかにこにこと笑いながら吉花たちのことを見ていると思ったら、町の新入りを微笑ましく見守ってくれていたらしい。

 兄ちゃんに帯の結び方を教えてやろうか、だの、いやいや最初は作り帯にして着物に慣れる方が先だろう、だのとそれぞれに世話を焼こうとする。

 すると、それを聞きつけて作り帯を売る店の者がやって来て商売を始める。さらに、吉花に向けて半衿はどうかと商品を持ってくる者や帯留めを買わないかと袖を引く者も現れた。

 吉花と細川が目を白黒させているうちにどんどん人が集まって、人の行き交う通りの中でも二人のいる一画だけ妙に大賑わいになってしまう。

 騒ぎに乗じてどうにかその場を抜け出した吉花と細川は、ひと息ついたあとに尾行に失敗したことに気がついて、がっくりと肩を落とすのだった。

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