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お話しながら、歩きます

 ちょうどいい機会だからと、吉花はヨルに葉月たちのことを聞いてみることにした。

 近所に住んではいるものの、実は彼らとゆっくり話したことはない。のっぺらぼう騒動のときに何度か部屋に招いて共に食事をしたが、そのときに話したのはのっぺらぼうのことばかり。最近、辰姫と葉月は何かと忙しくしているようで、姿を見ない。そもそも辰姫は興味のあることならばよく喋るが、それ以外は首をかしげたり頷く程度なので、あまり情報は得られない。水内に至っては、口を開けば眼鏡のことばかり話すので、眼鏡好きだという以上のことはわからない。

 そんなわけで、近くに住んでそこそこ親しく言葉を交わしていながら正体不明な彼らについて、聞いてみようと思ったのだ。

 ちなみに、細川はヨルが僧侶ではないと知ったあたりから、吉花の背中に隠れるようにして歩いている。ひょろひょろと頼りない体型をした細川ではあるが、小柄な女性の吉花よりはさすがに大きいため、まったく隠れられてはいない。その状態でちらちらとヨルのことを盗み見ており、とても挙動不審だ。

 吉花がどうしたのか、と尋ねてみても、細川はなんでもないんです気にしないでください、としか言わない。案内を続けてもいいかと聞けば、後ろをついていくのでお願いします、と答える。

 ヨルは自然に吉花たちに同行しているので、細川のことは本人の望むとおりに気にしないことにして、吉花は歩きはじめる。


「ヨルさんは、お坊さんではないんですよね。何のお仕事をされているか、聞いてもいいですか?」


 ヨルは、僧侶の姿を見て手を止め頭を下げる町人に会釈を返しながら吉花の隣を歩いている。彼が歩くのに合わせて、その手に持った鈴がちりんと音を立てる。


「隠すようなことでも無かろう。某は、県内の片隅にあるしがない仏具屋の親父。この町に来るにあたって、ただの町人ちょうにんの格好をするのもつまらんと思い考えたところ、店先に飾ってあった僧侶の衣装が目についての。こすぷれ、というやつよ」


 この口調もその一環よ、と言って、ヨルはいたずらっぽい顔をして笑う。

 いかつい男性の楽しげな顔につられて、吉花もにこにこと笑顔になる。ヨルは黙っていると近寄りがたく感じるが、笑うと途端に人好きのする雰囲気になる。

 その親しみやすい雰囲気に後押しされて、吉花は質問を重ねる。


「ヨルさんたちは、どうしてこの江戸風の町に来たんですか? もしかして、葉月さんや水内さん、辰姫さんも同じお店の方なんですか?」


 接客業をする辰姫を想像して、失礼ながらもちょっと無理があるなあ、と吉花は思う。


「いやあ、葉月はともかく、他の者はちと無理があろう。水内は眼鏡のことばかり話すし、黄場はちょっと変わり者であるし。他の連中も少々、個性的でなあ」


 ヨルは苦笑を浮かべながら、吉花が思っていたのと同じようなことを言う。同意するのもどうかと思い、苦笑いを返す吉花にヨルが続ける。


「同じ店で働く者同士ではないが、店同士のつながりというのか。まあ、ぶっちゃけると県の観光共同組合の関係でのう。県の新しい観光名所の問題を解決するために、組合員の中から手の空いた者がこの町に来ておる、というわけよ」


 その話を聞いた吉花は、水内はきっと眼鏡屋に勤めているのだろうな、とか、それでは黄場も何かしら仕事に就いているのか、などと聞きたいことが胸のうちにどんどんと湧いてきた。けれども、それを聞く前にしなければならないことがある。


「細川さん。ここの木戸を開けたら、細川さんのおばあちゃんがいる長屋がありますよ」


 吉花は足を止めて振り向いて、後ろを歩いていた細川にそばにある木戸を示す。話しかけられて、ヨルを見つめていた細川は慌てたように返事をした。


「あ、は、はいっ。あの、案内してくださってありがとうございます。あの、お礼とかできなくて申し訳ないんですけど……」


 おどおどへこへこと頭を下げる細川があんまりにも申し訳なさそうにするものだから、吉花は気にしないでください、と言おうと思っていた口を閉じる。きっとこの人は、気にしないでください、と言われても気にしてしまうだろうと思ったのだ。


「お礼をしてくださるんだったら、この近くの小料理屋にごはんを食べに来てください。私、そこで働いているんです。場所は細川のおばあちゃんが知ってますから」


 吉花がにっこりと笑って言うと、なぜか細川の顔がこわばった。


「え、あの、働いているっていうのは、アルバイトとかですか……?」


 おそるおそるといった様子で聞かれて、吉花は一瞬言葉につまる。けれども、すぐに照れ笑いを浮かべながら頷いた。


「そうなんです。アルバイトで、しかもこの春に始めたばかりだから、まだまだ未熟者なんですけど。何かミスしてたら、こっそり教えてくださいね」


 そう言って笑えた自分に、吉花は驚いた。就職活動をしていたころは、就職できない自分が大嫌いだった。今年、就職が決まらなかったらアルバイトしながら探すしかないよねーなどと学友と笑いながら、心の中ではそんな未来に怯えていた。

 そしてこの町に逃げ出してきて、色んなことにいっぱいいっぱいで今日までやってきた。だから、就職をせずにアルバイトをしている自分を認めて、意外に動揺しなかった自分に驚いていた。

 どうしてだろう、と考える吉花に、細川がどこかほっとしたような顔で頷いた。


「この町にもアルバイトってあるんですね……。あの、料理屋さん、必ず行きます。祖母を連れて食べに行きますから」


 情けないながらも笑顔を浮かべた細川に、待ってますと告げて、木戸をくぐるその背を見送る。

 大荷物を背負った細川の姿が見えなくなると、隣に立つヨルがちりんと鈴を鳴らして身じろいだ。


「さて。それでは某もそろそろ、行くとしようかの」


 そう言って離れていくヨルに、吉花は声をかける。


「ヨルさんも、良かったらごはんを食べに来てくださいね」


 ちゃっかり店の宣伝をする吉花に、ヨルはにっと笑って頷いた。背中に落としていた笠を被りなおし、彼は吉花に背を向けて歩き出す。

 ヨルの持つ鈴がちりん、ちりんと鳴るのを聴きながら、またの機会に他のご近所さんについても聞けたらいいな、と吉花は墨染の背を見送った。

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