のっぺらぼう、見つけました!
吉花はほくほくした気分で振り返り、後ろにいるだろう葉月たちに手を振って呼び寄せる。暗がりに沈む通りに薄ぼんやりと浮かぶ眼鏡型の蛍光が動き始めたから、じきにここまで来るだろう。
これで役に立てた、肩の荷が下りた思いでほっと前を向いた吉花は、そばにいたはずの辰姫の姿がないことに気が付いた。
あら? と探すまでもない。不審な人影の持つ明かりに向かって弾むように進む辰姫の姿がそこにはあった。
「でーたーでーたー、よーかい!」
嬉しげに節を付けて言いながら駆けていく辰姫は、止める間もなく背を向ける男の元にたどり着く。ぴょん、と飛んで間近に足を止めた辰姫に、男の肩がびくりと震えた。
辰姫に戻ってくるよう言うべきか、そばに行って連れ戻すべきか悩んでおろおろしていた吉花の元にざかざかとあわただしい足音が届いて、暗闇の中から葉月と水内が現れる。
「あ! 葉月さん、お辰さんが……」
言いかけた吉花の肩をとん、と叩いて、葉月はうなずいてみせる。
「吉花さんは下がってて」
言って、少し遅れて着いた水内に吉花を預けて葉月は駆けていく。ちなみに、水内が遅れた理由は、眼鏡を跳ねさせないように左右のつるを手で支えて走っていたせいだと思われる。その証拠に、彼は息も切らしておらずいつもの涼しい顔で吉花の横に立つ。
そのときにはすでに葉月が辰姫の元にたどり着いていたけれど、辰姫もまた怪しい人影の真後ろまでたどりついていた。
引き止めようとする葉月の手は間に合わない。
辰姫が伸ばした手は背を向ける男に伸び、ぽん、と気安くその肩を叩いた。
くるりと振り向いた顔は、のっぺらぼう。
けれど、目鼻口のないつるりとした顔を見て悲鳴をあげる者はいない。
辰姫はフードの下の口元に八重歯をのぞかせて嬉しげにしているし、葉月はやってしまったと言わんばかりの表情で額に手を当てている。水内は興味深げに顔のない妖怪の顔をまじまじと見ており、吉花はどうしたらいいだろうかと周囲の人々を見回す。
のっぺらぼうに出会ったときの真っ当な反応をする者がいない中、件の妖怪は振り向いた姿勢で動きを止めていた。
あたりに気まずい沈黙が広がる。
「あ! あ、あのっ」
現状を打破すべく、吉花は声をあげた。
三人の視線が集まり、のっぺらぼうも吉花のほうに顔を向けたのを見た吉花は、次に言うべき言葉を探して冷や汗をかく。
「ええと、あのですね」
焦って視線をあちらこちらにさ迷わせていた吉花の視界の端に、水内が映る。優しい手付きで眼鏡を押し上げている姿を見て、吉花はぱちんと手を打ち鳴らす。
「眼鏡ですよ! のっぺらぼうさんに、鼻眼鏡をかけていただけば良いんですっ」
名案でしょう、と言わんばかりに明るく言い放たれた言葉に、あたりは再び沈黙に包まれる。
それを自分の説明が足りないせいだと思った吉花は、慌ててさらに言い募る。
「のっぺらぼうさんはその、顔がつるつるだから見た人がびっくりしてしまうんだと思うんです。だから、そこに鼻眼鏡をかけて、眼鏡のレンズに目を描いておけば、どうかなあ、と……」
尻すぼみになる吉花の言葉に反応したのは、辰姫だった。フードのてっぺんを跳ねさせて手をあげる。
「のっぺらぼうは人を驚かす妖怪。見た人が驚かなくなったら消える、かも?」
こてん、と首をかしげながらの言葉に、当ののっぺらぼうが肩を震わせた。つるりとした顔の左右には耳がついているから、話している内容は聞こえるのだろう。
目も口もないため表情はわからないが、その姿を見ていた吉花はなんとなく申し訳なく感じる。
日本の近代化により、暗闇と共に一度は姿を消した妖怪。ほんの小さな町に暗がりを得て再びその姿を見せたというのに、みんなが驚くからとまた消されてしまうのは、なんだかとても悲しい気がした。
けれども、葉月たち三人はのっぺらぼうを囲んで逃がさないようにしつつ、吉花の言った方法で消えるのか、駄目ならばどうやって退治するのかを話し合っている。つるりとした顔の妖怪は、その真ん中でうつむいてしゃがんでいた。
その姿があまりに悲しげで見ていられなくて、吉花は集団に駆け寄り葉月に手を伸ばす。ぎゅうと半纏の袖を握ると、驚いた顔の葉月が振り向いた。
「のっぺらぼうさん、絶対に消さなきゃだめですか……?」
葉月の目をじっと見つめて吉花は言う。この町の暗がりで、ひっそり佇んでいるだけならば、許されないだろうか。
袖を握ったままの吉花に悲しげな顔で見上げられて、葉月はうっ、と言葉に詰まる。そんな彼に助け船を出したのは、辰姫だった。
「のっぺらぼうは人を驚かす妖怪。見た人が驚くだけだから、そんなに悪いやつじゃない」
それを聞いて、吉花はぱあっと表情を明るくする。きらきらと期待に輝く目で葉月を見上げるものだから、葉月はさらにううっ、と詰まる。
期待に満ちた目で葉月を見つめる吉花と、額に汗を浮かべながらも吉花から目をそらせずにいる葉月。そんな二人の足元では、しゃがんだままののっぺらぼうが対照的な二人の顔を見比べてびくびくしているのだった。