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江戸、できました

 あるとき、新しく県知事になったその人は言った。


「ここに、江戸の町を作ろう!」


 ぽかーん、である。

 確かに、地方に新しい風を吹かそう! みたいなことを演説してまわってはいたが、ちょっとこれは暴風雨。いや、熱帯性低気圧のレベルだろう。

 当時、中学生だった私でもそう思ったのだから、言った本人の周りにいた大人たちは、当然止めた。反対した。地方新聞だけでなく、テレビの全国放送で取り上げられるくらいの騒ぎになった。

 けれど、そのときには熱帯性低気圧は台風になっていた。誰にも止められない、凄まじい威力を持って吹き荒れた。

 その結果、時代の先端を行くテクノロジーを持つ日本の片田舎に、突如として江戸の町が作られた。



 あれから七年。ひとまず県庁周辺のみを対象にした江戸の町化計画は、なぜか順調に進められた。

 計画に伴って市内への車の乗り入れが禁止され、市内からはアスファルトが消えた。建物は木製か土壁になり、マンションやアパートはすべて長屋になった。電線も撤廃され、明かりは火のみ。江戸化の圏内に住む人は和服の着用が義務付けられた。

 そうなると住んでいられない、と言う人も当然出て来て、希望者には県が移住先を斡旋した。私の家族は江戸化が始まる頃に父の仕事の都合により県外へ転居したため、あまり関係が無かった。

 江戸にタイムスリップできると外国人観光客に人気のスポットになっていることをテレビやインターネットで知ったくらいだ。あくまで江戸っぽいイメージの町を作っているだけなので、歴史学者や歴史に詳しい人々には手の込んだテーマパーク扱いをされている、なんて話も聞いた。しかし、目立った産業もない県なので、観光業で盛り立てているなら良かった、程度にしか思わなかった。

 そんな風に他人ごとでいられたのは、大学三年になるまでのこと。

 私は、就職活動で見事につまずいた。

 明確な将来の展望がなく、特技もない。友人がひねり出してくれた「場の調和を大切にする」という長所は、つまり自己主張に乏しく人の意見に追従するってことだよね、という面接官の言葉で粉砕された。笑顔で他の学生の心も砕いていたから、毒舌な人だったのかもしれない。

 とにかく、頑張れど頑張れど空回る就職活動に疲れていた。そんなときに、ひとりの面接担当者が言ったのだ。


「あなたはあまり現代社会で働くのに向いていないようだね。もっとのんびりとした時代に生まれていれば良かったのに」


 落ち着いて考えれば、けっこうな暴言だ。確かに私は少しばかりのんびり屋なところもあるが、現代社会に向かないとまで言われる筋合いはない。

 ところが、心が疲れ切っていたからだろう。そのときは、その発言が天啓に思えた。

 そして、そのときに胸を駆け抜けた衝動のまま行動した結果。

 私こと春名はるな吉花きっかは、すっかり様変わりした出生地に帰ってきた。大学を卒業して、この春から江戸の町で暮らすことになったのだ。

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