明け始める光の円舞曲
――寒い。
南極では当たり前の事なのだが、屋外に出るとまた改めて思ってしまう。でもそれを口に出しては駄目だ。自分の呼気が水蒸気となって凍りつき、鼻も髭もバリバリになってしまう。
ハイビジョン撮影の為に南極まで来たというのに、わざわざ観光だとかでやってきた金持ちの日本人が基地で騒ぐものだから眠れやしない。だから俺は一人で屋外に来た。
――静寂。吹雪の、風の唸り声はある。だが、長くいるとそれらに耳は慣れていき、静寂と感じられる。見上げれば吹雪の隙間から、日本にいたら見ることが出来ないとてつもない満点の空。そして……
見上げる俺の真上が、突如爆発したかの様に輝いて光のカーテンが広がっていく。まるで俺を中心に世界が裂けていくかの様に。……これはまさか。噂に聞くあれか……!
「オーロラ・ブレイクアップ|《オーロラ爆発》」
天で行われている光の揺らめきを見詰めながら、俺は以前取材で携わった人工衛星を思い出していた。そう、オーロラ観測衛星『あけぼの』の名前を。
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「灯りが点いて幕が上がった。さ、踊りましょう」
私は地球の回りを翔んでいる。オーロラ粒子の加速のメカニズムと、オーロラ発光現象の観測を目的として私は今、宇宙に至る。
太陽風のプラズマが、地球に高速で降下して、大気と混ざってなんとやら。大体そんな感じに言われているんだけど、オーロラの発生理由は詳しくはあんまり分かっていないの。
とにかく光が一番目立つんだけど実は光以外にも、色々なものがオーロラと一緒に出ているんだって。音を発しているという話まであるらしいんだけど、オーロラが歌っているならそれって凄く神秘的な事だよね。実は星も歌ってるという話もあるんだけど、それも私なら聴けるのかな。いつか地上のみんなにも聴かせる事が出来るのかな。
日本では『極光』『赤気』『紅気』と呼ばれていたし、古代ギリシャの哲学者も天が裂けて垣間見えた部分がこれだと言っていたんだって。天に見える揺らめく光。踊る光の乱舞。神秘的でゾクゾクしちゃう。
それにしても、この私が翔んでる宇宙空間。しかも太陽と地球の間は、放射線が沢山。その為に私にはこれまでの衛星に比べると、十倍も強い環境でも耐えられる様に用意してから来てるんだ。「たいほーしゃせんせっけい」だって。
さらに電気を良く通して、帯電するのを防ぐ処理もしてるの。私の後にこっちに来た『のぞみ』『GEOTAIL』にその技術は活かされているんだ。お姉さんに感謝してね。そうして妹たちに私は受け継ぐの。宇宙で実践したデータを渡してるんだから、何よりも貴重だよ。
我ながらスゴいと思う。初めは一年だけの予定だったのに、なんと二十六年間もずっと翔んでいたんだ。おかげで太陽の活動の一サイクル……つまり十一年の観測を達成出来ちゃった。快挙過ぎ! 本当に頑張ったよ。
定期的に南極にもデータを送信してたんだよ。ほら、今もまたあそこでオーロラが光った……。ほらあそこも……。
私は絶えずデータを送る。地球を見詰め私も踊る。光と私の円舞は、私が動かなくなるまで続いていく。一幕が二百と十一分。地球を一回りするごとの新たな円舞曲が……。また太陽から風が吹き新たな舞が始まる。
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オーロラが静かに消えて行く。天の劇場の幕は閉じた。本当に幻想的な光景だった。俺は息を付くのも忘れていた気がする。オーロラを観測していた人工衛星『あけぼの』は2015年に運用を停止した。後継機と言える『GEOTAIL』『のぞみ』へと、その技術は活かされ今もそれらは天を翔んでいる。その両手の翼を広げ、高く高く。
俺は天にも届けと、宇宙で今も舞う光たちに、人類の技術と叡智に、その共演に、ただただ祈る様な気持ちでそっと手を伸ばしたのだった。