世界の先駆け。遙かなる先駆者。
世界初のあの方です。
語り口は、お国柄を出す為に以前翻訳で使った口調を流用しております。偉そうに感じた等の不快な物があったら、それは全て作者の不徳です。
何度でも、そう何度でも。
君達は、夢を目指す。
征くのだ。遥か先までも。私はその先駆けとなろう。
親愛なる同志諸君。先駆けは失敗を恐れるなかれ。
ライバルであったアメリカより早く、我が国は世界初の人工衛星を宇宙へと旅立たせた。これにより、宇宙への視点が拓けただろう事は、諸君も知っての通りである。アメリカはかの有名なNASAを翌年には設立する程の白熱ぶりだった。
――何? 彼らは焦っていた?
確かにそうかもしれない。だが、誰かが時には火を付けてやらねばならぬ。そう好奇心というエンジンにだ。
そして我が国は第二号をなんと、生物を乗せて再び宇宙へと送り込んだ。彼女の名はライカ。勇気ある女性……犬だ。だが、ロケットとの切り離しが失敗。さらに断熱材も破損。嘆かわしい事に、彼女は数日以内に亡くなってしまった。だが、衛星自体は地球を周回し、約半年後に地球へと突入して燃え尽きた。
そして三号。観測機器を積んだこれは、思った通りの成果は無かったものの、様々な観測を行え、そして二年近く宇宙に滞在した。
4号。ついに人間を乗せ……る為の前段階。生命維持装置を乗せ、人形を人の代わり乗せ、宇宙へと向かった。4日間の予定飛行を終え、そして地球へ帰還する予定が、予期せぬ方向へ加速が働いてしまった……。
結果、1年半近く宇宙を遊泳した後、ごく一部の金属片を残して燃え尽きてしまった。尚、この金属片はアメリカに落下。後に我が国へと返還されたが、レプリカがアメリカの美術館に飾られている。
待望の5号である。世界で初めて、飛行する宇宙の衛星から電波を受信したのだ。それだけではない・ストレルカとベルカという犬、さらには40頭のラットに動植物……。皆、無事に帰還したのだ。同志諸君見給え! 成功したのだよ生き物を連れての宇宙への旅が!
これは翌年の1961年の、初の有人飛行の為の、大いなる飛躍であった。初の有人飛行は諸君らも知っての通り、あの台詞が有名だな。
「空はとてもとても暗い。そして地球は青みがかっていた。(地球は青かった)」
アメリカとの苛烈なまでの宇宙開発史は、ここで一旦区切りとしよう。では、同志諸君。失敗を恐れるな。これを胸に刻んで帰る様に。では解散だ。今日の講師は私スプートニク。付随する物。転じて、衛星の名を関したロシアの人工衛星だ。
スプートニク計画:
人類初の無人人工衛星計画。
宇宙開発競争のきっかけであり、幾つもの未来を切り拓いたもの。
ロシアに科学技術で遅れを取ったと、アメリカに多大なるショックを与え、後の科学の発展にも結果的に多大なる影響を与えている。




