約束
翌朝、いつも通り朝食の席に着くと一真君は、学校に先に行ったみたいでいなかった。
いつもは、一緒に登校するのに珍しい。
学校に着いてからも見当たらず、予鈴が鳴ってから現れた。
しかし、目も合わせず挨拶したかと思うと机に突っ伏してしまった。
「ねえ、体調悪いの?」
「いや。大丈夫。」
大丈夫には見えない。どう考えてもおかしい。手を額に当てると熱い気がする。それに、顔色も赤いみたい。もしかしたら、熱があるのかも。
「ねえ。体調悪いなら、保健室行く?」
「いや。大丈夫。」
そう言って、上げた顔は明らかに赤い。駄目だ。私は、手を挙げると先生に、
「谷奥君が体調悪い様なので、保健室に連れて行ってきます。」
と、伝えて席を立ち、一真君の手を取って保健室に向かった。
ガラガラ
保健室の扉を開けると、先生はいなかった。
とりあえずベットに寝かせて、机の上にあった温度計を渡す。
顔をのぞき込むと目をそらされた。
弱ってる時に見られるのは恥ずかしいのかもしれない。
ちょっと、無神経だったかも。
「ごめん。勝手に連れて来て。心配になって。」
「うん。ありがとう。心配してくれて。」
今度は、目が合った。笑顔でお礼を言われて安心する。
「大丈夫?体だるい?」
「平気だよ。ちょっと、精神的に自己嫌悪に落ち入ってただけだから。体は平気。」
「そう。でも赤い。体温、計って。」
一真君のおでこと、自分のおでこを、それぞれ手で押えて比べてみる。やっぱり少し熱いかな?
ピピっと体温計が鳴って、確認する三十六度九分。ちょっとだけ高いけど平熱並みかな。とりあえず熱は無いみたいで、安心する。精神的って言ってたから疲れがでたのかな?立場的に辛い事も多いのかもしれない。このまま寝かせてあげよう。
「熱は無いみたいだね。疲れが出たのかもしれないから少し眠った方がいいよ。」
「そうだね。」
なんだか嬉しそうな表情をされた。
「じゃあ。邪魔したく無いから。私は行くね。」
ベットから離れようとしたら制服を掴まれた。
「行っちゃうの?」
甘える様に言われた。
「うん。ゆっくり眠れないでしょ。」
「一花ちゃんが戻るなら、僕も戻るよ。」
そう言って、一真くんは上体を起こした。
「それじゃあ。意味ないよ。」
まったく。何を言い出すのか。
「じゃあ。一緒にいて。」
意味がわからん。しかも、なぜに笑顔?まさか、
「私にさぼれと?」
「駄目?」
今度は悲しそうな顔で言われた。ちょっと考えて、今から戻っても面倒だなと思ったので一真君の甘言に乗る事にした。
「仕様がないなー。いつもお世話になってるから。今日だけだよ。」
「うん。いいよ。」
すごく嬉しそうに笑った。まるで昨夜の犬みたいに。そういえば、
「ねえ。一真君家の番犬は何て言う名前なの?」
あっ。一真君がフリーズした。
言っちゃいけない話かな。まさか番犬の事は秘密だったとか?
「ないよ。あれはね。ほとんど山にいるんだ。山で生活する生き物に名前を付けてはいけない決まりになってるんだよ。」
ちょっと渋い顔になって教えてくれた。
「そうなんだ。なるほど、だから今まで気づかなかったんだね。」
「うん。だから、滅多に会えないんだ。」
「そっか。なんだ、今度は日中にでも遊ぼうと思ってたのに残念だな。」
「嫌じゃなかったの?」
驚いた。って顔で聞かれた。
「何が?」
そう聞き返すと、顔を指で指した。なるほど。満雄さんから全て聞いてるらしい。
「ああ、満雄さんに聞いてたの?顔をね、舐められるのは苦手だけど、犬は好きだよ。じゃれ合ったりするのも。それに凄く綺麗な毛並みしてたから、今度会ったらいっぱい毛並みを撫でさせてもらおうと思ってたんだよね。」
思い返して、うっとりした。凄くいい毛並みだった。ファッサーて感じで。
一真君は安心したようで、嬉しそうに、
「そっか。それなら、夜なら会えるかも。今度の満月の日にまた同じ所に居たら会えるよ。」
て、言ってくれた。
「本当?あっ。でも満雄さんに夜中に外に出ちゃいけないって言われてた。」
「それなら、夜中になる前なら大丈夫だよ。満雄にも言っておくし。」
「本当?」
「うん。前日になったら、教えてあげるね。」
「ありがとう。」
いいえ。と言って、一真君はベットに横になると、勢い良くお布団を被ってしまった。
なんだか、お布団が震えているのは気のせいだろうか?とうとう、精神に異状をきたしたのかも。安静が必要な気がする。
とりあえず、近くの椅子に座って邪魔しない様に心がけた。