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居候の花嫁候補日記  作者: 梅ノ木
3/7

梅雨の晴れ間

 

 花嫁候補という制度に不満を感じた事は無い。物心がつく前から、そう教えられていた。今だって従順に従うつもりでいる。

 だから誰が花嫁でも良かった。

 ただ、貴美華の瞳だけは辛かった。小さい頃から彼女は僕を神様の様に敬う。神の物語の一の神だと思っているようだ。

 昔から、本家に出入りする者から向けられる瞳が怖かった。

 その答えに気づいたのは、五歳の春だった。六年に一度開かれる「魂鎮め」で出会った同じ年頃の女の子。

 あの時から、周りから自分が当主の子という以上の目で見られている事に気づいた。

 それは畏怖や憧憬。

 成長するにつれ、谷奥家の当主とうい意味を理解するにつれ、仕方のないものだと理解した。

 だから、妻になる人は誰でもよかった。貴美華でも、ただ当主と言うものに興味があるだけの聡子さんでも。あるいは、嫌がっているチエさんでも。

 それなのに、彼女が現れた。

 彼女は、佐久間家からの候補者として早くから決まっていた。ただ、どんな人物なのかは会うまで知らなかった。

 あの日、学校で見かけた彼女は五歳の時にであった女の子だった。

 成長していたが、すぐにわかった。

 不思議だった。自分でも驚いたが、あの時の女の子はどこかで、人では無いと思っていたようだ。

 少し考えれば親族の子だと、気づいただろうに。それほど、あの時の少女は自分の中で特別だった。

 その彼女がいる。しかも、自分の婚約者候補として。

 欲しい。

 彼女があの少女なら一緒に居たいと思った。

 初めて何かを欲しいと感じた。これが「欲望」だと感じて、寒気を感じると同時に喜びを感じた。僕は、彼女をきっと手に入れるだろう。


 聡子さんに神話の話を聞いてから数日がたった。

 あれから少し考えてみて、「神話」の意味を思わず辞書で確認してしまった。

 もし、真実だとしたら一真君は一の神の子孫という事になる。

 つまり、神ということになるのか?

 またまた辞書で「神」の意味を調べた。要約すると「超人間的な存在」らしい。

 そこまで考えて、考える事の意味の無さに気づいて止めた。知って何になるのか。そうだとして何か変わるのか?

 たぶん変わらないと思う。

 まあ、あまりにリアリティが無いという事もあるが。

 いっそ忘れてしまおう。


 日曜日、一真君と離れの座敷で課題をするのがすっかり定番になってしまった。

 まだ梅雨明けはしていないから、晴れた日の陽気はムシムシして、課題が全然進まない。

 「暑いねー今日もムシムシするねー」

 「そうだね。」

 「ねえ。なんでそんなに涼しそうなの?」

 こっちは、じんわり汗がにじみ出てるのに、まったく涼しそうな顔をしていて、恨めしい。

 「僕も暑いよ。ただ、体調には出ない質なんだよね。」

 「はー羨ましいね。」

 「そうかい。」

 「あーだめだ。ちょっと休憩しよう。」

 シャープペンシルを投げ出して、降参のポーズをとる。

 「仕様がないな。」

 一真君が飽きれた様子で許してくれたので、課題のノートを閉じて、外の木陰に駆け込むと芝生の上に御座を敷いて寝転んだ。

 最近気づいたお気に入りスポット。木陰がこんなに涼しいなんて今までは知らなかった。それに、御座が気持ちいー。

 「ここは涼しいね。」

 そう言って、一真君が隣に来て御座の上に座った。

 「もう、この生活に慣れた?」

 「慣れたと思うよ。良くしてもらってるしね。」

 「そう。なら嬉しいな。」

 見つめられて、微笑まれた。その顔を見上げたまま息を呑む。木陰から差す光がきらきらと彼に降り注ぐ。

 この人はなんて綺麗なんだろう。風になびく髪も、柔らかそうな肌も、吸い込まれそうな瞳も全て。彼を作りだすもの全てが、美しい。

 ぞわり

 背中の毛が逆立った。

 見つめすぎた事に気づいて目を逸らす。

 ふっと空気が和らいだと思ったら聞き捨てならない事を言われた。

 「ねえ、何か面白い話してよ。」

 「まさか一真君に聞かれるとは。」

 「変?」

 「いや。変とかじゃなくてね。面白い話っていうのはさ聞くもんじゃないと思うんだよね。」

 「なんで。」

 「んー。たとえばね。わたし、中学のとき盲腸でひと月入院したのよ。」

 「ひと月って長いね。」

 「まあね。ちょっと我慢してたら腹膜炎起こして水が溜まってたのよ。」

 「それは我慢しすぎたんじゃ。」

 「まあ、その話はいいから。それでね、入院中は大部屋だったんだけどね。ある夜に、人生で初めて寝っ屁というものを聞いた訳よ。それがね。ぶっぷうーぷっふうーうーって感じだったわけ。もう驚いちゃって。衝撃を受けた後、なんだかおかしくて布団の中で一人笑ったのよ。その話を、退院した後友人に面白い話を聞かれて話したら、みんな引いちゃって。それから、私は面白い話って言うのは、聞かないし、聞かれても話さない様にしているの。だって、面白いってこと一つにしても、その基準って人それぞれ違うんだもん。」

 「なるほど。寝っぺね。」

 「ぶっ。一真君が寝っ屁とかいうと違和感あるね。つうかそぐわない!」

 「寝っぺ。寝っぺ。寝っぺ。」

 「ぶー」

 ありえない。吹き出して笑った。


 深夜、寝苦しくて窓を開けると、月の光で外が思いのほかに明るい。

 月が見たくなって、外履き用の草履を履いて外に出る。

 丸い月が澄んだ藍色の中を涼やかに浮かんでいる。なんだか不思議。夜なのにこんなに明るいなんて。どこかに電灯がある様な明るさ。

 月ってすごい。

 自然ってすごい。

 実際に感じるまで知らなかった。

 ここに来た当初も、あまりの静けさにびっくりしたのを思い出す。車の走行音も、人の話声も無く。あるのは木々のざわめきや虫の声や鳥の声だけだった。

 もっと月を見ていたくて、芝生に座る。月の周りを星が輝いているのが目に入ってきた。

 ここは本当に美しい。一真君に連れて行ってもらった山の景色も美しかった。木漏れ日にうつる新緑を見た時は言葉にできなかった。

 このまま、大地にとけ込んでしまえたらいいのに。

 カサッ

 草がゆれた。

 警戒して、体が強張る。

 カサッカサッ

 さらに近くの草が揺れて、草の合間から犬が現れた。

 吃驚した。

 ちょっと安心した。こんな山奥に不審者はいないと思うが、人じゃなかったことに安堵する。

 犬は大きくてシベリアン・ハスキーみたい。

 不思議そうにこっちを見てる。

 私も目を逸らさない様に見つめる。

 見つめ合ったまま、犬が近づいてくる。あと数歩になって、目線を合わせる為にしゃがんだ。すると、犬が飛びかかって来た。

 「ぎゃっ」

 吃驚して変な声がでた。

 ペロペロ

 私、顔を舐められてる。しかも、のし掛かられてる。

 ちょっと助けて。

 声に出せなくて、心の中で叫ぶ。

 すると、重みと、犬の舌がなくなった。

 目を開けると、満雄さんが犬を猫みたいにつかまえて立ってる。

 「一花さま大丈夫ですか?」

 そう言って、手を差し伸べてくれたので掴んで起こしてもらう。

 「大丈夫です。ただ、顔がベトベトします。」

 犬は好きだけど、顔を舐められるのは苦手、手で触れなくて、顔の前で手をパタパタさせる。

 「ああ。これどうぞ。」

 ハンカチを貸してくれたので、素直に借りて顔を拭った。

 「その犬は?」

 「ああ。番犬です。」

 掴んだままの犬を一瞥して答えた。

 「番犬ですか。今まで、犬がいるなんて気づきませんでした。」

 吠え声も聞いたこと無い。

 「ええ。しっかり訓練してますから。ただ、今日は思わぬ姿が見れて羽目が外れたみたいで、すみません。」

 「いえ。噛み付かれたわけでもありませんし。犬は好きですから。大丈夫です。それに、こんな時間に外に出ていた私もいけないですから。」

 「そうですね。夜中に一人で外に出るのは、あまり感心できませんね。」

 「そうですよね。では、戻ります。ハンカチ有難うございます。洗って返しますね。」

 「そのままでいいですよ。」

 「いいえ。ダメですよ。では。」

 あっと、満雄さんに呼び止められた。

 「一花様はなぜ外に?」

 「ああ、空が明るかったので、月が見たくなって。」

 そういって、月を指差した。

 「まるほど、満月ですね。」

 頷いて、もう一度、今度はしっかり挨拶する。

 「では、おやすみなさい。犬さんも。」

 満雄さんには軽くお辞儀をして、犬さんには軽く手を振って部屋へとむかった。

 「お休みなさいませ。良い夢を」

 後ろで、満雄さんの声が聞こえたけど、振り向いてはいけない気がして振り向かなかった。


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