花嫁候補
花嫁候補
佐久間一花は分家筋の娘である。
本家は谷奥と言う。そこには跡取り息子の一真と言う一花と同じ年の子どもがいる。
この一真は、なかなか優秀で見目も良く、周囲から一目おかれる少年へと成長した。
まあ、それはさて置き。一花の両親はどちらとも谷奥家の分家筋にあたる。その為、母親は本家との繋がりを強くする為に娘を一真の花嫁候補にと押し上げた。
しかし、当の本人である一花と父親が乗り気ではないため一向に話は進まなかった。当然だが、その間にも候補者は数人現れた。
候補者が4人になった時、さすがに母親は焦ったのか、強硬手段にでた。
それは、一花を一真と同じ学校に入学させるというものだった。
一花はもちろん反対した。しかし、経済的に縛られている以上、反抗しきれなかった。ちなみに、佐久間家は「かかあ天下」である。
それに、彼女は案外あきらめが早い。また、楽天的思考の持ち主で、凄まじくなまけ者な為、同じ学校に通ったからといって何が起きる訳でもなし、逆に母親の小言も少し減るのではと考えた。
そんなわけで、今日は入学式当日である。
私立谷前高等学校は大きな学校ではない。それに一般的には有名でもない。ただ、密かに優秀な人材を排出していると一部には名が知られている。校舎もこぢんまりと山の中に建ち、校舎を囲む様にいくつかの部活や研究用のプレハブと農場とグラウンドがあるだけの学校である。
そんな学校がなぜ一部に有名なのか。それはまだ秘密である。
桜の花びらが舞い散る中、入学式は滞りなく行なわれた。
式中の参列数を見て一花は驚いていた、1学年1クラス編制で新入学生は三十二人しかいなかったからだ。
推薦入試で入学した為、一花が学校に来たのは初めてで、書類審査のみで面接もなかった。因に合格は母から伝えられたので多分コネ入学だろうと思い興味が湧かなかった為だが、今更ながら変わった学校のようだと、少し後悔がよぎった。まあ考えても仕方ない事だが。
教室では担任の加山武雄、五十二歳、化学教師が挨拶した後、一人一人自己紹介する事になった。青木、浅川、井島、上野、葛西、小島、みんな出身地とか趣味とか無難に挨拶するので一花も無難にすませた。それにしても、出身地が多岐にわたっている事に驚く。遠くだと九州や北海道という子もいる。やっぱり変わっている。
「た」の名字になって、えらく谷系が多いことにも驚いた。そんな中で、我が母の渦中の人「谷奥一真」が立ちあがった。
一瞬で空気が変わった。
彼がまとう空気が、いや雰囲気なのかが、凛として侵しがたい。そんな気が教室中に一瞬で充満したようだった。
谷奥一真は精巧な人形の様な少年だった。その少年の立ち居振る舞いの優美さに、誰も息が付けない。
そんな空気。ただ、静かに彼を見つめる。
周りの皆も同じ様だと肌で感じながら。
発せられた声に、耳を傾ける。その、心地よい声音に皆聞き入った。
ふと、昔彼に一度だけ会ったことを思い出した。確か小学校に上がる前だったと思う。あの時もすごくキレイな子だと思ったが、今はより一層綺麗だ。凄く白くて柔らかそうな肌も、艶があってさらりとした黒髪も、姿勢の良いすらっとした体も。物語から出て来そうな。きっと月をバックにして髪を伸ばしたら、「かぐや姫」かと思うほどに綺麗な男の子に成長している。
彼が挨拶を終えて席に座った瞬間、気が抜けるように、張り詰めた空気がぼんやりと戻ってきた。
それにしても、あまりに綺麗すぎて結婚相手とは考えられない。だって毎日あの顔を見てたら、鏡を見るたびに自分が可哀相になることが想像できる。それに、彼に結婚などの俗っぽいことは似合わない気がする。まあ候補は他にもいるらしいから私はすぐにお払い箱になるだろう。
そうこうする内に、班ごとに席替えをする事になった。専門の学科ごとに受講内容が違う為、班に分けて行動することが多いらしい。
手元のプリントを見るとT班と書かれていたので、黒板の図に従って席を移った。
移った先には谷奥一真がいた。まさかと思い、半信半疑で聞いてみる。
「もしかしてT班?」
「そうだよ。一花ちゃん。よろしくね。」
なんだか拍子抜けな軽い言葉が帰ってきた。つまり一緒らしい。
しかも、「ちゃん」って、谷奥一真に似合わないんだけど。
なんかさっきとはまた雰囲気が違うのにも戸惑う。それに女子の視線が痛い。
わかる。わかるよ。これだけ見た目が良くて、人の目を引く少年が私なんかと話しているのが気に入らないんだよね。わかるけど、こっちは好きで居るわけじゃないんだから。見た目がいいって、これだから嫌だ。
ふうっ。気を取り直す為に一呼吸入れてみる。辺りを見回すと周りも落ち着いてきた様だ。
「他の人は?」
辺りを伺いながら聞いてみた。
「二人だけだよ。」
「え?」
今、聞き違えました?思わず、声が漏れてしまった。
「一般教養学部は僕たち二人だけだよ。」
イッパン…頭で変換してみる。
「一般教養学部?」
はてなに、首が傾げる。
「一花ちゃんは何も知らないんだね。他は肉体構造学部、薬学部、理工学部、工学部、農学部、経済学部、法学部があるよ。大学みたいでしょ?」
指折り数えながら、最後ににっこり微笑まれた。
くらくらしてきた。意味がわからん。
ここは高校のはずだが、学部ってなんだろう。それとも、私が知らないだけで、それが普通なのか。いやいや、まてまて、そんな高校聞いたことないよな。はあ。
もういい。今はそっとしておこう。
「そうなの。ありがとう。」
首を戻して、出来るだけ平静に礼を述べた。笑顔を貼付けて。
いろいろ突っ込みたいことはあるが、彼の振りまく笑顔が怖い。なんだろう、その無駄な笑顔。ダメージが大きすぎて会話する気力も削がれる。早々と、割当られた席の窓際の一番後ろに並んで座った。その後は資料を配られ、今後の話を聞いて今日は解散になった。その間、隣に座っている彼の存在は極力無視した。
帰ろうと立ち上がって、今日から帰る場所が変わった事を思い出した。学校があまりに山の上にある為、実家から通うのは不可能なので親戚の家に下宿させてもらう事になっていたのだ。もらっていたメモを鞄から取り出して確認する。
地図を見る限り歩いて行ける距離のようだ。とりあえず、学校の外に出ようと立ち上がった時、声をかけられた。
「僕も帰るから、その地図の場所案内するよ。」
谷奥一真だ。正直これ以上、女子の注目を浴びたくないが、初めての場所で迷子になるのは御免なので案内してもらったほうがいいかもしれない。
「では、お願いします。」
頭を下げておねがいした。
じゃ行こうかと、軽い感じで歩きだしたのでついて行く。
それにしても、すれ違う人の視線がハンパない。もちろん、この場合は前を歩く彼にだが、その後ろに居るだけでも辛いものがある。まったく居たたまれない。綺麗は罪ってこういう事?ちょっと違うか。
学校から出ると、山道をさらに登って行く。三〇分ほど一本道らしい山道を歩いたら樹木に隠れる様に古風な木の門が現れた。門をくぐり、さらに少し歩くと大きな黒い瓦葺きの日本家屋が、こちらも樹木に覆われて隠れる様に建っていた。
「ここだよ。」
彼はニッコリ微笑んで、玄関の引き戸を開けた。
「ただいま。」
まさか。もしかして。
信じたくない思いで固まっていると、中からパタパタと足音が近づいてきた。彼で見えないが女性のようだ。
「一真様、おかえりなさいませ。」
「ただいま、カヨ。ちゃんと一花ちゃんを案内して来たよ。」
「それは、有難うございます。で、お嬢様は?」
二人の会話を聞いていたが、カヨという女性の言葉を合図に一真君が横に移動した。すると、小柄で福よかとした年配の女性が現れた。柔らかい笑顔と興味あります。と言う様な目で見つめられて、たじろいでしまう。
「はじめまして。谷奥家の家事を任されております、遠野カヨと申します。一花様の事は旦那様よりお世話をする様に言い使っておりますので、何でもお申し付け下さいませ。」
「はい、宜しくお願いします…ってあの、私が居候させて頂くお宅って、まさか…」
「そうだよ。僕の家だよ。」
「つまり、親戚とは本家のこと?」
「そうだね。君は本当に何も聞かされてないんだね。」
ふふっと、切れ長の目を細めて笑われた。
「ハハハ…ハハ。」
嫌な予感はまさにビンゴらしい。
してやられた。母親に謀られたのはあきらかだ。もうこれは笑うしかない。ハハハ、ハハヨ…。
与えられた部屋は廊下を渡った離れの一室だった。思ったよりも奥に広い家のようで覚えるまでは迷子になりそうだ。部屋は意外にも洋間で床はフローリング、ベットに机と椅子、本棚、チェストとどれもシンプルな家具で統一されているが、全て新品の様に見える。
「あの、この家具はもしかして新しく用意してくださったのですか?」
気になったので、尋ねてみた。
「はい。気に入って下されば、嬉しいのですが。もし」
「いえ、もちろん気に入りました。ただ、わざわざ揃えて頂いたのなら申し訳なくて、あの有難うございます。」
「もし」なんて言うから急いで否定した。
ただ、家具は気に入ったが、居候させてもらう側としては申し訳ない。気に入らないとすれば、わざわざ買い揃えてくれた好意自体で、居候が甘んじて受けるのはいけない気がしただけだ。
「まあ、お礼でしたら、旦那様におしゃってくださいませ、きっと喜ばれますよ。」
「はい。でも、選んで下さったのは遠野さんですよね。有難うございます。」
「私にお礼など、とんでもないですわ。それに、ほとんど、まりが選んでくれたものですから。」
新しい人の名前がでてきた。
「まりさん?」
「もう一人の家政婦です。川瀬まり、と申すのですが、まだ若いので一花様とセンスが会うかと思いまして。」
若い女性も居るようだ。カヨさんの表情から「まり」と言う人に信頼を寄せている事が窺えた。
「そうですか。」
「あと、私のことはカヨとお呼び下さいませ。夫もこちらで働かせて頂いておりますので。それと、他の者たちは夕食の時にご挨拶させていただきますね。準備が出来たらお呼び致しますので、お疲れでしょうから夕食までゆっくりとお寛ぎください。あと、届いたお荷物はそちらにまとめてありますので。」
お礼と少し休む事を伝えるとカヨさんは出ていった。
鞄を床に置きベットに寝転がる。
今の心境をなんて言うんだっけ。狐につままれる?だっけ。はあ。疲れた。荷物は後回しにしようかな。そうしよう。
まったく、驚く事ばかりで疲れた。
「一花ちゃん起きて。一花、夕飯だよ。」
体を揺さぶられて、無理矢理に目を開けると目の前に天女がいた。
「夕飯だよ。」
近い。天女がユウハン。天女を見つめたまま、上体を起こして思考を探る。状況がつかめない。なぜ天女?
「寝ぼけてるの?ここは谷奥の家だよ。」
ああ、天女が変な顔して、何か言ってる…タニオって。谷奥って。谷奥一真。おお。
一気に思考が戻ってきた。いやはや。どうも。
「熟睡してた?」
らしい。
「そうみたいだね。着替えたら教えて、外で待ってるから。」
「えっ。」
そう言われて、自分の胸元を見る。
「ああ制服のままだし。ごめん。すぐ着替える。」
そう返すと、谷奥一真は笑って出て行った。
まさか寝てしまうとは。とりあえず着替えないと。ああしかも、着替えは段ボールの中だし。
衣類と書いてある段ボールの中身をあさってカットソーとジーパンを引っ張りだし、制服をベッドに放り投げて着替え終える。所要時間たぶん3分。扉を開けると一真君が早いねと驚いた。まあね。
案内された場所は居間のようだった。テーブルの上に二人分の夕食が準備されていたので谷奥一真と並ぶ様に着席すると、隣の部屋より現れたカヨさんが給仕をしてくれた。
夕食はハンバーグで、とっても美味しかった。リクエストがあればと聞かれたので、オムライスと肉じゃがをお願いした。
隣で谷奥一真になぜか笑われた。お子様メニューだからだろうか。失礼なヤツだ。
食後のお茶を飲んでいると二十代ぐらいの若い男性と女性がカヨさんに続いて入って来た。
「一花さま、こちらが一真様の世話係を務めております川瀬満央です。」
「はじめまして。ご紹介頂いた通り一真様のお守りを任されております。こっ、痛っ」
満央さんが屈託のない笑顔で挨拶してくれていると、隣の女性にぽかりと殴られた。
谷奥一真に対して「お守り」と言った事を怒られているみたいだ。殴った女性は、なかなかワイルドな人らしい。
「馬鹿な弟ですみません。わたしは家政婦として働かせて頂いております。川瀬まり、と申します。以後宜しくお願い致します。」
にっこり笑って綺麗なお辞儀をした。とても姿勢が良い、清潔感のある凛とした印象のある女性だ。
この人が、まりさん。カヨさんが言ってた人だ。
「こちらこそ宜しくお願い致します。それと家具を選んで頂き有難うございます。とても気に入りました。」
私も立って、挨拶する。
「それは良かったです。少しシンプルすぎたかなと思っていたので、不安だったんですよ。他に必要なものがありましたら何でも、お申し付けくださいね。ここは山奥で買い物に行くにも不便ですから。」
やさしい雰囲気で言われた。気遣ってくれているのが伝わってくる。仲良くなれそうな人を見つけて、ここでの生活に少し光が見えた気がする。
「わかりました。必要な物があれば相談させて頂きますね。」
満央さんは少し軽い印象だが整った顔立ちをしている。姉のまりさんも綺麗な顔立ちで後ろで一つにまとめた黒髪が綺麗な女性だ。どちらも二十代前半と思われる。
三人が下がった後、谷奥一真と二人だけになった。
「御当主様は?」
本当は、一番に挨拶に伺うべきだろうに、すっかり忘れていた。
「父は当分仕事で帰ってこないよ。カヨの旦那の銀次も一緒だから挨拶は当分先になるね。あと、この家に出入りするのは庭を管理している松村さんぐらいかな。ああ、あと従妹の貴美華だね。父の弟の子、なんだけどね。たぶん明日来ると思うよ。まあちょっと面倒くさいけど相手してやって。」
「キミカさんね。」
「あと、明日は八時に家を出るけど一緒に行くだろ。」
谷奥一真が立ち上がりながら聞くので、一緒に立ち上がる。
「そうね。明日もお願いします。」
「じゃ明日。お休み。」
「おやすみ」
挨拶して、それぞれの部屋に引き返しかけたが、ふと聞きたかった事を思い出して彼を呼び止める。
「あ、ねえ。」
「なに。」
「私は、あなたの事を何って呼んだらいい?」
「好きに呼んでもらってかまわないよ。」
そう言って、彼はにっこり笑った。何がそんなに嬉しいのだろうか?
「そう。じゃあ、一真様かな?」
とたんに、彼の表情が少し崩れた。
「ちょっと。それはやめて。何で様?」
「え?次期当主様だから?」
「かもしれないけど。様はいらない。それなら一真だけでいいよ。」
なんだか、まじめな顔で言うが、呼び捨ては駄目だ。
「いや、それは私が困る。じゃあ、一真君でいいかな?」
「まあ。僕としては、呼び捨てのほうが嬉しいけどね。」
そう言って、彼は部屋を出て行った。
なぜ、呼び捨てにされたいのかわからない。
なんだか、教室で感じた一真くんの雰囲気と違って話やすかった。
一真さん。とも考えたが、拗ねている様子からして嫌がる気がしたから、無難なところで落ち着いて安心した。まさかとは思うが、ニックネームで呼んで欲しかったのだろうか
あんなに綺麗で、一見近寄りがたい雰囲気がある人が、ニックネーム?カー君とか、まー君とか?ちょっと、面白い。
谷奥一真と言う人物は不思議な人のようだ。
カヨさんに挨拶をして私も部屋へ戻った。
次の日学校から帰ると、一真君が言ってた通り谷奥貴美華にあった。
部屋に向かう廊下で中学生ぐらいの可愛い女の子がこちらを向いたまま仁王立ちで立っていた。どうも私を待っていた様だ。すごく睨まれている。
「あんただれ?」
開口一番がこの言葉とは。
「佐久間一花です。初めまして。」
まずは、自己紹介するのが基本だよね。と思うが、彼女は興奮した様子で名を名乗る気はないようだ。
「嘘よ。だって、この写真と違うじゃないよ。」
度重ねて失礼な子だな。と思うが、中学生では仕方ないのかもしれない。大人しく見せられた物を覗きこむと、中学生時代の私が写った写真だった。
「これは、私ですよ。」
「だって、ぜんぜん…」
そう言いたくなるのも無理はない、中学生時代と言っても、ちょっと前だけど私は周りにダサイと言われていた。今だってさほど変わっていないと思うのだが、ここに来る事が決まった後、母親に美容室やらエステやら連れまわされ、あげくの果てに無理矢理眼鏡を奪われてコンタクトにさせられたのだ。その結果私はダサくなくなったらしい。仲のいい隣の家のけんちゃんに驚かれたのを思い出す。
「これ一花ちゃん?」
突然後ろから声をかけられて、吃驚する。一真君も帰ってきたようだ。
「おかえり。遅かったね。」
「寄り道して来たからね。」
「寄り道?」
「山にね。今度一緒に言ってみる?」
「行きたい。」
やった。昨日帰り道を案内してもらいながら、谷奥家の裏山の話を聞いて、行きたいと思っていたので、願ったりの一言だ。そのまま、明日の帰りに行こうと話をしていたら、
「ちょっと無視しないでよ!」
貴美華さんに怒鳴られた。無視したつもりは無いが無視した形になってしまった様だ。
「ああごめんよ。いらっしゃい貴美華。」
やはり、この女の子が貴美華さんらしい。
「お邪魔しております、一真様。失礼いたしました。今のは一真様に言ったのではないのですわ。佐久間さんに言ったのであって謝って頂いては申し訳ないですわ。」
貴美華さんは満面の笑顔で一真君に挨拶を返した。笑っていたほうが可愛いのに。
「そう?で、この写真は?」
どうと言う事はないようで、あっさりと貴美華さんの言葉を受け流して、一真君が写真を覗き込む。
「これは彼女ですわ。」
貴美華さんもあっさりしている。なんだか一真君の態度が冷たく感じたんだが、いつものことなのだろうか。それにしても、写真を掲げる貴美華さんが誇らしげなのも不思議だ。
「そうなの?ずいぶん違うようだけど。」
不思議な表情で一真君に訪ねられた。
「私だけど、そんなに違う?」
「ぜんぜん違うじゃない!」
貴美華さんに興奮気味に反論されたが、そんなにでしょうか?
「そうだね。一見すると別人に見えるよ」
一真君まで。それでも私ですがね。まあ、
「自分ではわかんないんだよね。ただ母に連れ回されるままに髪を切って、コンタクトにしただけなんだけど。」
「嘘よ。それだけで、こんなに変わるなんておかしいわ。もしや整形ね。」
「整形?それはないね。そんな面倒くさい事お金積まれてもやらない。」
「面倒くさいって。」
綺麗になる事でしょって貴美華さんは飽きれた様に言うけれど、面倒くさい事は面倒くさいよね。
「貴美華。これは彼女だよ。」
一真君が肯定してくれた。
「うん。やっぱり一花ちゃんだよ。髪で顔は少し隠れているけど輪郭とか同じだし。立ち姿も同じだよ。」
「それにしても。」
貴美華さんは信じられないらしい。
「信じなくてもいいよ。エステとかも連れ回されたから、どっか変わったんだよ。それにこの写真が私じゃなかったら何か問題があるの?」
だんだん面倒くさくなってきた。
「別にないんじゃないかな。ね、貴美華」
あれ、一真君の目がキラリと光った様な気がした。
「え、ええ。ただ驚いただけですわ。一真様が問題なければ私は何も。」
シュンと効果音が聞こえそうなほど貴美華さんが小さくなった。なんだか可哀相になってしまった。それにしても、一真君の態度が冷たいと感じるのは気のせいかな。
「そう。ならこの話はお終まいね。一花ちゃん今日の課題、居間で一緒にやらない?」
急に話が変わって驚いたが、課題が沢山出ていた事を思い出した。
「それは助かる。すぐ始める?」
「十分後でどう?」
「了解すぐ行く。」
「貴美華。カヨがお菓子焼いてたから食べて帰りなさい。」
「はい。一真様。」
そういってそれぞれ部屋に向かった。
一真君がちゃんと貴美華さんにフォローをいれているのに何故か安堵する。それにしても貴美華さんはいったい何がしたかったのかな。それになぜ写真を持っていたのか。少し考えてみた。
しかし、答えが見えない事は面倒くさいだけだ。早く課題終わらせて一眠りしよう。
課題はなかなか時間がかかった。入学二日目からたっぷり出されてしまった。中学の復習らしい。しかし、学校生活は面白くなりそうな予感がする。私と一真君は一般教養学部の為、ほぼ一年の教室で授業を受けるが、他の学部の子たちは午前中は一緒に一般教養を勉強して午後からは各研究棟にいって勉強をするらしい。
わたし達は二人だけなので、午後は自由に科目を選択して勉強していいようだ。例えば、受験に向けての勉強や、興味があることの研究などノートを提出するだけでいいらしい。団体行動が苦手な私にぴったりの授業形態でウキウキする。
こう言うのって、棚からぼた餅って言うんだっけ?
そう言えば、一真君に関わらない様にしようと思ってたのに、完全に出鼻を挫かれてる。
まあなるようにしかならんか。
持っていた写真は握りすぎて、ぐしゃぐしゃになっていた。
本家に佐久間の花嫁候補者が居候する事が決まって貴美華は焦った。だけど、父の部下に調べさせて提出された報告書の写真を見て安心した。こんなダサイ女が一真様と釣り合うはずが無い。それなのに、今日あった一花は写真とはほど遠い女性だった。白い肌に切れ長の目と整った顔立ちに綺麗なストレートの髪。つまり簡単に言えば美人だった。信じられない。どうしたらアレがあんなになるの?
初めて一真様にお会いしたのは八歳の時、一真様は十歳だった。一目見てその美しさに捕われてしまった。父が良く話してくれる物語の神様だと思った。この人に一生仕えるんだと確信した。誰よりも近くで。それは一真様の妻になる事だと。ずっと、ずっとそう信じて来た。いいえ、今もそう信じている。
誰にも一真様の妻の座は渡さない。
手の中の写真はさらに小さく握りつぶされた。