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エタらないでくれ by中の人

作者: 神埼あやか

「あれ。帰ってきてたの?」


 誰もいないと思っていた部屋で声をかけられて、俺は飛び上がった。

 まさか誰かいるとは思わず自分の世界に入っていたので、心臓がまだドキドキしている。いるならいると、存在感を出していて欲しかった。

 とはいえ、声をかけてきた彼女はモブを専門としているモブ専だ。主人公である俺とは違い、群集であり背景である。存在感などあってないようなものだ。


「帰ってきたってことは、またエタったんだ? 良いかげん、作者を見る目を養いなよ」

「うるさい。言われなくてもわかってんだよ、そんなこと。クソッ、こっちだってな、今度こそはと思ったんだ。それなのに、それなのに……なんでエタるんだよッ」


 モブ専の言葉が胸に突き刺さる。まさしく落ち込む原因だったのだから、傷口に塩でも塗りこめられた気分だった。

 こういう空気を読めない言動をするから、彼女はモブのまま、いつまでもヒロインになれないのだろう。




 分かりやすくいうならば、俺たちはいわゆる【中の人】だった。

 物語を書いた経験があるなら分かるだろうか。執筆していくうちに、話が進んでいくうちに登場人物が自由に動き出すということがある。

 こんなつもりじゃなかったのに、登場人物が勝手に……というのは、プロット通りに進まない時の、締切を破る時の常套句である。

 そう、その時に登場人物の【中】にいるのが俺たちなのだ。

 現実世界において、俺たちは姿をもたない。幽霊のような、妖怪のような、精霊のような、天使や悪魔と呼ばれることもあるモノだ。それが、作者の物語を書くという意思に呼ばれて、話のフォローをしているわけだ。

 ああ、亜種として芸術家にインスピレーションを与える幽霊仲間もいる。


 ともあれ、俺達のような中の人が付いた場合、その登場人物には存在感が増すことになる。

 だってそうだろう。登場人物というタダの記号から、自由に動く中身が入るのだから。



 もちろん、誰のところにでも行くわけじゃない。

 登場人物と同じ存在になる俺達としては、やっぱり【ちゃんと終わること】が一番なわけ。

 プロットがないのも困るかな。どこに進むか分からないとか、終わり方を考えていない話はまず終わらない(エタる)からな。

 登場人物の特徴付けに失敗してるのも無理だな。あるヒロインなんか「ご主人様すごいです!」しか言わなかったんだぞ。とうぜんのことだが、中の人はいませんでした。なのにネコミミ奴隷ヒロインに迫られてオロオロ。そんなつもりなかったんだよー、って主人公にだけ中の人(オレ)がいたんだ。あれは入ったことに後悔した。

 そうそうにお別れしたけど、世界設定は良かった。主人公をモテモテにする情熱を、ヒロインやモブの書き分けにぶつけてくれたらいい作品になっただろうに。


「何たそがれてるのよ。エタるなんてよくあることでしょ。落ち込まないでよ、チョーシ狂うなぁ」

「うっせ。モブ専に何が分かるよ。俺は、俺は今回こそはって思ってたんだ。今回こそ幸せになれるって! なのに、それなのに……」

「あーもー、泣くな、泣くなってば」


 だばーっと涙を流す俺の頭を、モブ専はやさしく撫でてくる。チクショウと思いながらも、その手の優しさに、俺は涙を止めることはできなかった。


「プロットだって、ちゃんと練れてたんだ。世界設定だって、国家間の問題も、種族間の問題も準備してあって、敵だっていて、いくらでも【最強の主人公】が書けたはずなんだ。それなのになんでエタるんだよぅ」

「あー、ハイハイ。よくあることよ」


 モブ専の優しさが痛い。


「あたしもヒロインをしていた頃に経験があるんだけどね、プロットの練りこみすぎもダメなのよ。

 プロットには遊びがないとダメなの。

 細かくプロットを練ってしまったら、解決までの道をギチギチに決めてしまったら、作者の中ではそれは【終わった】話になってしまうのよ。

 そして、登場人物は、丁寧に舗装された道を歩くだけ。決められたルート、決められた会話、決められた戦闘。戦闘の一挙一動までもが決められてしまうの。

 そんな話はただの消化試合なのね。そうなってしまったら、もう勢いも山場もない。ただの文字の羅列になってしまう……悲しいわ」

「違う! 最初は面白かったんだ。面白いと思ったから、俺は、俺は……中の人になったのに」


 そうか、と納得することがあった。

 こいつは、モブ専は最初からモブじゃなかったのか。ヒロインを経験して、他の役も経験して、そしてモブであることを選んだのか。


「いくら面白くてもね。ダメなの。だって【終わった話】なんだもん。作者にとっては【面白い】と感じられなくなってしまった話なの。

 作者は、もう【面白い】と感じていないの。いくら私たちががんばっても、命を吹き込んでも、ダメなの。

 私たちの行動まで全部決められてしまっているから。

 どこで何を見つけて感じるか、何を口にして、誰が返事をするのか――全部決められちゃうのは、ガチガチのセメントに塗りこめられたくらい窮屈なもの。

 そうなると、居心地なんていいわけもなくて、中の人もいなくなっちゃう。登場人物が、人物からただの記号になる。話からは起伏がなくなり、ただの書き散らかした文字になり――つまらなくなって、そのまま放置されるの」

「なら……じゃぁ、プロットなんて、ないほうがいいとでもいうのか」


 モブ専の言う言葉は乱暴だった。

 プロットは大切だ。今まで何人の作家が、反応が良かったからというだけの理由で、無理やり話を引き伸ばして収集が付かなくなっただろうか。

 その悲劇を体感した主人公の一人としては、終わらせてくれと、ちゃんと終わらせてくれと叫ばずにはいられない。


「そうは言わない。プロットは大切よ。

 でもね、プロットというのは、詳細に決める必要はないと思うの。いくつか、押さえるべき点を確認しておくこと。それがプロットの一番大切なところだと思うの。私たち【中の人】が動けるだけの余地を残しながら、要所要所を押さえていけばいいのよ。

 だってそうでしょ。自由にさせてくれるなら、私たちが辻褄を合わせる事だってできるんだもの。作者をフォローすることだってできるの」


 詭弁だ。モブ専は広げた風呂敷をたたまなくてもいいと、そう言うのか。


「そんなことはないわ。そりゃあ、一番いいのは伏線を回収して、プロット通りに終わらせることよね。当然だわ。

 でも、それができないからエタる。なら、最初から落としどころを決めておけばいいんだわ。

 広げた風呂敷の燃やし方を考えておけばいいのよ」

「燃やすなーッ!」

「それくらい乱暴でもいい。――終わらせてくれるなら」


 ついツッコミを入れてしまったが、俺はハッとしてモブ専の顔を見た。泣きながら見るモブ専の顔は、涙でぐちゃぐちゃに歪んでいた。


「終わらせて欲しい。もう、作者にとっては何の魅力も感じられない話かもしれない。すでに終わった話かもしれない。面白くないかもしれない。暗く鬱々とした話かもしれない。その先にはバットエンドしかないかもしれない。

 それでも、魅力的な話はたくさんあったの。続きが気になる話もあった、魅力的な登場人物を動かすのは楽しかった。どんでん返しが待ち構えている話だってあった。

 でも、全てはエタってしまった……」

「よく、ある話……なんだね」

「そうよ。よくある話なの」


 ああ、寂しい。なんと悲しい話だろうか。

 登場人物を動かせなくなった作者は悲しいだろう、だが、同じくらい、動けなくなった登場人物も悲しいのだ。



 登場人物は、作者の苦労を知っている。

 一日六千字を書いていた作者が、三千字になり、千字にまで書けるスピードは落ちていく。

 最終的には一日数百字しか書けなくなり、ごまかすようにプロットと世界設定を練りこんでいくのだ。


 そして、最後に残るのは、完成された世界設定と微細なプロット――数ヶ月放置された小説。

 プロットがあるのに書けない、ではなく。

 プロットがあるから書けないになってしまったのだ。



 生き生きと生きて動いていた世界から色がなくなり、自由に動いていたはずの体が軋みをあげる。

 かけあいをするヒロインからは感情と表情が失われ、ただの記号になっていくのを何度体験してきただろうか。

 モブと書かれた人たちは、最初から最後までただの顔のないナニカ。


 それでも。そんな話でも。

 救いようのない、どうしようもないエタった話だとしても、誰かの心を揺さぶる一言があれば――それはその人にとっての大切な話になると信じていた。


 そうだ、どうして忘れていたのだろうか。

 俺たちは【中の人】は、そんな誰かにとっての大切な話を作る手伝いをする存在なのだ。

 作者一人ならエタってしまうかもしれない。なら、中の人である俺たちが、終わらせる手伝いをすればいいのではないか。




「……次の作品に行ってくるよ」

「大丈夫なの?」

「ああ。大丈夫だ。だって、俺は【主人公】だから。物語の主人公は、どんな困難があっても乗り越えて成長するものじゃないか」


 俺の言葉に、モブ専は驚いたように目をみはった。


「また、エタるかもしれないわ」

「かもしれないな」

「矛盾が出て、どうしようもなくなるかもしれない」

「セリフ中にでも、風呂敷の燃やし方をアドバイスしておくよ」

「……バカね」


 かすかにモブ専は口角をあげたように見えた。


「バカ。本当にバカ。でも……そうね、主人公ってこういう性質だったのかな」

「ま。今となっちゃ、少数派かもしれないけどな」

「そっか。すこし古いタイプの主人公か。でも、私もヒロインとしてはブランクがあるから、ちょうどいいか」


 驚いて顔を上げた先で、モブ専――いや、俺のヒロインが優しく微笑んでいた。




 俺たちは【中の人】だ。

 姿形をもたない、生物ですらないナニカ。

 物語の作者にとっては、良いパートナーのはずだ。


 時にプロットを引っ掻き回し、会話を脱線させ、黒幕を生やしたりするけれど。

 俺たちが望んでいるのは【完結】。

 それもできれば【ハッピーエンド】を望んでいる。


 俺たちも手伝うから。どうか作者さんよ、エタらないでくれよな。


まさしく中の人に書かされた話

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かった。 こういう穿った視点の文章憧れるわ。 [一言] なろうじゃ評価されにくい分野だけど、頑張ってな。
2017/06/12 19:01 退会済み
管理
[良い点] いたたたた……。 思わず涙目になっちゃいますね。 でも、今書いているものを大事に書こうという思いは強くなりました。 素敵なエッセイをありがとうございました!
[良い点] 中の人という発想もいいです。風呂敷を燃やすという表現が新しいです。言い得て妙です。
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