第32話 傷心の未理
レイコさんとの一件以来、巧とは何となくぎこちなくなっている。巧も同様なんだろう、前ほどケンカ腰の口調も鳴りを潜め、作業中も割と丁寧に指導してくれている気がする。思えば、最近巧のタバコを吸っている姿も見てない気がする。
そんな俺達の様子に、みんなが気付かないはずがなく、何かにつけ口を挟んできて鬱陶しい限りだ。
「あらあ、巧ちゃん達ったら、いつの間に男女の関係になったのかしら?外廻りが怪しいわねえ。ちゃんと営業してるのかしら?」
「男女の関係!?それは交尾の事ですか?お二人は営業と称して私達を欺き、あの生殖活動を行う事を目的に作られたというラブホテルと呼ばれている施設などで、交尾に日ごと勤しんでいるという事でしょうか?」
「なんて恥知らずな!君たちには理想は無いのか?一番手短な対象で自らの性欲を満たそうなんて、なんて志の低い!ほとほと君たちには呆れるよ」
「んっ!んんんーーー!!」
「いや、だから何度も言ってるだろっ!!そんな関係じゃねーって!!直っ!!交尾って言うなっ!交尾って!!うるせー!!変態のぞき魔にいわれたくねー!!違う、違うって美留!」
巧は必死に否定してるが、しかし何だってコイツら、こんなに敏感なんだ?確かに、ちょっと最近の巧の様子は今までと違うけど、大騒ぎするほどでは無いだろう?実際、何もないぞ、俺達。
最も俺はいささか面倒だったので、知らん振りを決め込んでいた。別にどうだっていい事だから。
しかし、俺はすっかり未理の事は失念していて、あっ、と気が付いた時は、未理が机で肩を落として泣いているのが見えた。
「ヒドイ・・・ヒドイよぉ、しーくん・・・。未理がいるのにぃ、よりによって巧とだなんてぇー」
「ち、違うって、未理!アタシと忍はホントにそんな関係じゃ無いってっ!」
「わたし、わかるもン、巧、しーくんの事、好きでしょぉ?」
「す、好きじゃないって!!本当だよ、まじで勘弁してくれよ、こんなヤツ!!ただ女々しいだけのゲイ野郎じゃねえかっ!!」
「そ、そうよ、未理ちゃん!私たちも、ちょっと言いすぎたわね。ごめんなさい。ちょっとからかっただけなのよ?忍君なんて、未理ちゃんくらいよ?好きになるだなんて」
「そうだ、無い無い!こんなやつ、選択肢には絶対に無い!」
おいおい、ちょっと酷くないか?いくら何でも、ちょっと言いすぎだろう?俺にだって傷付く心くらいあるんだぜ・・・。
しかし、みんなのフォローも未理には届かなかったのだろう。未理は泣きながら自分の部屋へと閉じこもってしまった。
「だからシツコいんだよ!オマエらー!未理泣かしちゃったじゃねえか、ああなっちゃうとアイツ結構面倒なんだから、アタシ知らねーぞっ!」
「うーん、こうなったら、忍君にお願いするしかないわね」
「そうだ、元はといえば君に非がある。何とかしたまえよ」
「自らの欲望に溺れた罪は、自らで償うという事ですね」
「じゃあ、忍、後は頼んだよ」
勝手言いやがって、俺は何一つ悪い事してないぞ!お前らの悪ふざけが全部悪いんじゃねーかっ!どうしろってっていうんだよ!
それでもそのままにしておく訳にもいかず、仕方無く俺は未理の部屋へと向かった。鍵が閉じられた扉に向かって、とにかく謝ることにした。しかし何を謝るんだよ、何も悪くないってのに・・・。
「未理、ゴメン。本当にゴメン。これからお互いを分かり合おう、なんて約束してたのに、こんな疑られるような事になって、本当にごめん。でも、巧とは何も無い、それは間違いないんだ。実は先日、巧の先輩のレイコさんというヒトに突然会って、やっぱりそのヒトにも疑られて酷い目にあったんだ。それから巧の様子が変わって、でも、それは巧が僕を好きとかじゃなくて、レイコさんに言われた事をヘンに意識し過ぎて普段通りに振舞えない、そんな事じゃないかと思うんだ。それに、僕自身、巧に対してはクラスメイト以上の感情は持っていない。嘘じゃない、嘘だと思うならココを開けて僕の目を見て欲しい」
すると、扉が開き目を真っ赤にした未理が姿を見せた。肩を落とし涙目で俺を上目遣いに見つめるその姿・・、か、可愛いじゃねえか。やっぱ、見た目だけはいいよな、未理・・・。
「でもぉ、巧はしーくんの事、好きだよぉ、未理にはわかるもン。だってぇ、幼稚園からの付き合いだよぉ?絶対、巧はしーくんの事が好き。他のコ達もそお、美留と三日月もしーくんが好きなはず」
「無い無い!!絶対無いって!!三条には殺されかけたんだよ!?」
「だってそうなんだもン。でもぉ、もし、しーくんがこれからゼーッタイに誰から告白されてもぉ、未理の事を一番に考えてくれるって約束してくれるならぁ、許してあげてもいいかなぁー」
「や、約束するよ」
「それからぁ、もう一つお願い聞いてくれるぅ?」
「うん」
「未理のこと、抱いてぇ」
「だっ、抱く??」
俺は少しドキドキしながら、小柄な未理の体を抱きしめた。シャンプー?香水?相変わらず、甘ったるい香りが鼻をくすぐる。
「違うよぉ、抱くっていうのは、こういう事だよぉ?」
そう言うと未理は俺の目を見つめながら部屋の扉を閉める、そして鍵をかけた。電気を消しピンクのカーテンを閉めた部屋は、生々しい薄明かりの空間となり、イケナイ雰囲気一杯だった。
ちょっとぉ、後ろを向いててぇ、というので、俺は興奮する胸の鼓動を抑えきれぬまま、後ろを向いていた。パサパサといった衣擦れの音と、俺の心臓の音しか聞こえない。
み、未理、な、何をしてるんだ・・?
「こっちを向いても、いいよぉ」
未理の言葉に振り向くと、そこには、想像通り生まれたままの姿の未理が立っていた。
「未理だけ裸んぼうは恥ずかしいよぉ、しーくんも服を脱いでぇ」
「あ、ああ・・・は、はい・・・」
い、いいのか?い、いいのか?ほ、本当にいいのか?ち、ちょっと考えよう・・・。えっと、何を考える?三角関数?一次方程式?ペリー下田来航は何年?いや、ち、違う!こ、小白川、小白川に殺されないか??いや、た、巧か?あいつ、怒る?えっ、たっ巧カンケー無いか??
「早く、しーくん、ベットに行こう」
俺の手を引く未理・・・。俺の手に未理のスベスベの肌が触る・・・。ベッドサイドで俺の作業着を脱がす未理・・・。されるがままの俺・・・。いつのまにか、俺も生まれたままの姿に・・・。
「しーくん、初めてぇ?未理は初めてだよぉ、ゆっくり、ゆっくり、やろうねぇ。優しくしてくれないと、ダメだよぉ」
「う、うん・・・」
いつもなら鼻につく未理の甘い息が、今はとてつもない誘惑になって俺を襲う。もう抗えない、無理だ、後は本能に任せるのみ、さよなら俺の理性。さよなら思慮、後悔!
未理の小さな肩を抱きしめ、意外なほど大きな胸に顔を埋め、天国はここにあったぁーーー!!
と、思った矢先、俺の本能が、生存に結びつく本能が、自らに迫る危機を敏感に感じとった。しかし、それは余りにも遅い、何の約にも立たない危機回避能力だった。俺はすでにその危険に抱きとめられていたからだ。
「おい、われ、何しとるんじゃ?」




