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隅の川(女子)工業高校! ものつくり残念女子話  作者: 日上東
第一章 一学期
22/61

第22話 三日月の真実

「スパイラルバレッツ事件」以降、束の間の安寧とした日々を過ごしていた俺は、突然その日、大きな事件に遭遇する事となった。


 それは俺が珍しく朝早く登校した時の事だった。

 巧に納品前の寸法チエックとやらをやり忘れたからから、必ず7時前には学校に来るようにとのメールが入り、嫌々、それでも何とか眠い目をこすりながら学校へ着くと、校門の所で目を見張るような美しい制服姿の少女に出会った。


「兄がこんなに早いのは、珍しいな」

「え・・・?」


 呆然と見送る俺を後に、その少女は校舎へと消えていった。だ、誰だっけ?

 するとちょうどそこへ自転車の巧が姿を見せたので、俺は思わず巧に尋ねてしまった。


「おはよー、ちゃんと寝坊せずに来たな」

「おはよう。なあ巧、あれ、誰だ?」

「誰って、三日月じゃん?」

「えーーー!」


 いやー、違うって! あんな美少女が三日月なわけないよ。しかし、言われてみれば、面影があるような気もするし、確かに口調は三日月だった。


「たまにあいつ、ああやってちゃんとしたカッコで登校する時、あるんだよな」


 確かに、たまに朝見かける時の三日月と印象がまるで違う。身なりにまったく気を使わないせいだろう、いつもはいたって地味で目立たない。目つきの悪さもあって、陰気くさい印象しかなかったが・・・。


 やれば、出来るんじゃん。


 三日月が美人である事は知っていた。けれど、血に飢えた様なあの狂気と冷たい印象に隠れ、俺はそんな事実などすっかり忘れてしまっていたのかもしれない。

 こうしてきちんとしていれば、紛う事なき清楚な正統派美人じゃないか。


 考えてみれば入学式の際、ハズレは無し、と舞い上がっていたのはこの俺だ。

 そうだよ、あの日は一人の例外を除いて、みんな普通に制服っぽい服装してたからな。要は、普通にしていれば、みんな可愛いって事なんだよな。


 しかし、その中身を知った今じゃ、ときめく事も無いけどね。実際、殺されかけたし、俺。


「けどアイツ、こんなに早く来て、何やってるんだ?」

「勉強してるんじゃねーの? 最近、ほとんどこれくらいの時間に来てるぜ。ま、三日月、頭いいからな」

「頭いい? オカシイんじゃなくて?」

「だって三日月、中学の全国統一模試で常に一番だったらしいぜ」

「ないない! だって俺も模試にはいつも気合入れて臨んでいたから、その結果、いつも注視してたんだ。でも、三条三日月なんて名前、見た事もないぜ」

「だって、三条三日月って本名じゃ無いから」

「えっ、本名じゃない?」

「そう、本名は確か、そう、島崎美月、じゃなかったかな?」

「えーーっ! 島崎美月ーー!」


 その名前は知っていた。常に全国統一模試でトップであり続け偏差値80超えの天才、島崎美月。一度もトップの座、渡した事が無いんじゃなかったっけ? でも、その島崎美月が、三日月だって言うのか!?


「三日月、両親が離婚して母親と暮らしてるんだ。けど離れて暮らす父親の三条国月は憧れの存在で、アイツ、刀鍛冶になりたいって言って、母親に猛反対されてるんだ。それで反抗の気持ちもあってこの学校に来てるんだけど。それでも勉強は欠かさずやってるみたいだ。頭いいとか言ってるくせに、全然勉強してない様子の誰かさんとは大違いだな」

「バカヤロー、俺は勉強しないんじゃねえよ、する時間がないのっ! みんな、お前のせいじゃねーか! おいっ、聞けよー!」


 俺の叫びを無視して、巧はさっさと校舎へと入っていった。しかし、あの三日月が? という疑問は、天才とキ×ガ×は紙一重、という事で、妙に納得してしまった。


 ある日の放課後、そんな三日月と駅近くで会った。

 確か三日月は電車で通学していると聞いていたので、帰宅途中だったのだろう。俺は買い物があって、たまたま駅まで来ていたのだが、音楽を聴きながら歩いていたので一瞬気が付かず、パッと目が合ったので、おう三条、今帰り? と何気無く声をかけたのだが・・・。


「おい、テメー、この女の知り合いか?」


 な、何、こ、この怖ーい人たちは?

 なんと俺が出くわしたのは、怖そうなお兄さん数人に囲まれ例の目つきで睨みつける三日月に、しかも今日に限って人通りが少ないと言う状況・・・。

 何か揉めてるの、かな? も、もしかして俺、とっーてもヤバイ時に声かけちゃったのかも・・・。


「こいつらが拙に付きまとってきたので、追い払おうとしたら肩に手を掛けられた。汚らしいので排除しようと思ったまでの事」

「汚らしいとは何だっ! このアマ!」

「しかもコイツ、突然ナイフで切りつけてきたんだぜ! 頭、オカシいいんじゃねーのかっ!」


 おいおい、ナイフ出すのは駄目でしょう? それは、このヒトたちが正しいよ、ホント、なんて事すんだよ、こいつは!


「い、いやー、すいませんっ! 僕、こいつと同級生なんですが、ホントにただの同級生なんですが、こいつホント頭オカシいんですよー! いわゆる、中二病ってやつで、クラスでもハブられてて、しょーもないヤツなんです。アニメに影響されてナイフなんて持ち歩いて、ホント、アブナイやつで。それで、お怪我ないスか?」

「見ろよ、ここっ! ちょっと切れてんだろーが!」

「うわー、すいません! 大丈夫っすか?  医者行きます? そうだっ! こいつの親、呼びましょうよ、慰謝料、バッチリ取ってやればいいんじゃないっすか?」

「う、あぁ、それはいいかもな」

「ただ、こいつのオヤジもちょっとイカレてて、アブナイ感じなんですが、いいスかね? こいつ見てわかりますよね? やっぱり、ちょっとヤバイ筋っていうか」

「え、あ、おい、どうする?」


 う、うまくいきそうだ、そう思った矢先。


「拙の父上はイカレてなんかないぞっ!」


 突然三日月はナイフを構え、俺へ突き付けつつ、腰の引けてるお兄さんたちにもにじり寄っていった。 おい、俺が作った話の流れ、ちゃんと読めよっ!


「うわっ、や、やめろっ!」

「あ、危ねーっつの!」


 俺は三日月に必死にしがみ付くと、耳元で言ってやった。


「馬鹿かっ、お前っ! 親父さんの名前に傷が付くのが、わからないのかよっ! さっさと逃げろ!」


 わかったのかどうか、三日月は俺を突き飛ばすと、駅に向かって走り去っていった。

 おい、突き飛ばすことは無いだろう! という俺の文句も、三日月には届かなかった。良かったのか悪かったのかは知れないが・・・。


 案の定、後に残された俺は、怖いお兄さんたちにボコボコされ、せっかく腫れも引いて良くなってきていた顔も、また酷い事になってしまった。

 挙句、学生証から学校名も調べられ、後でタップリお礼してやるからアイツに言っとけ! と凄まれる始末。

 厄介事が増える一方の俺って一体・・・。


 翌日、俺はいつも通りに学校へと向かった。いつもの商店街の豆腐屋のおばちゃんも、最近俺に声を掛けてくれない。年中、顔を腫らしてる俺は、喧嘩三昧の不良にしか見えないのかもしれない。

 こうやってスカ工の時と同様、スカ女の評判も地に落ちていくのだろうと思うと、いささか気が滅入った。


 校門前まで来ると、見慣れない方の三条が立っていた。

 俺の姿を認め駆け寄ってくると、綺麗なケースに収まったナイフを手渡してきた。


「昨日はすまない。兄の言う通り、拙の不徳で、あやうく父上の顔にドロを塗る所だった。素直に礼を言う。このナイフは拙が精魂傾け作ったものだ。感謝の心映えのつもり、どうか兄に受け取ってほしい。以前、兄の事を女のようでヘラヘラしたヤツなどど失礼な事を言ってすまなかった。では」


 それだけ言い足早に走り去るその後姿に、不本意ながら、少しだけ心がときめいてしまった。

 俺の手に残されたナイフは、柄に三日月形のマークと卍の文字が並んで刻まれた、とても美しいものだった。



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