表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隅の川(女子)工業高校! ものつくり残念女子話  作者: 日上東
第一章 一学期
16/61

第16話 巧と親父

 学校へと戻った巧は、みんなに俺の事を、土下座王だとか謝罪の達人とかいって茶化していた。

 けれど、その表情から察するに、すこぶるご機嫌のようだし、まあ悪気は無いみたいだから、許してやる事にした。

 機嫌が悪い巧と一緒に作業をするよりはマシだからな。


 しかし、中に例の修正の依頼を頼みにいくのはやはり俺で、案の定散々嫌味を言われ、悪口を聞かされ、気がつくとすでに放課後だった。

 結局、俺が今日したのは、謝って、おだてて、お願いをして、嫌味を言われて、それだけだった。

 はぁ、一体俺は何をしているのだろう。溜息しか出ない。


 帰りはまた巧と一緒だった。帰る方向は同じだが、巧は自転車通学なので本来は一緒になる事はないのだが、今日はなぜか、徒歩の俺に付き合って自転車を押して歩いていた。

 途中の商店街の肉屋で巧は、ちょっと待ってろ、と言うとコロッケを買ってきて、俺に手渡した。


「食べてみ、ここのコロッケ美味しいんだ、知ってた?」

「金は?」

「いいよ、おごるよ」


 そう言うと、少し照れくさそうにコロッケを頬張っていた。こいつにも、感謝、という、当たり前の気持ちがあるんだな、と思い少し安堵した。ウチのクソババアよりは、少しマシかもしれない。


 巧の家にもほど近い公園のそばを歩いていた時、一台の真っ白なメルセデスのクーペが俺たちに横付けすると、窓がスッと開き、グラサンにテラテラと光る紫の派手なスーツ、髪をムースでカッチリと撫で付けた、見るからにガラの悪い男が突然声を掛けてきた。

 ヤ、ヤクザだっ! 何で!? 俺は身構えた。


「巧、久しぶりだな。何だ、その格好は? まだ、お前、機械さわってるのか?」

「と、父ちゃんっ? また車と女、変えたのかよ!」

「おいおい、言いがかりはよせよ、コイツはカレン、前にも会ったろう?」

「知るかよっ!」


 と、父ちゃん? こいつの父親って、死んでるんだろ? じゃあ誰だ、このおっさん?

 巧は、そのガラの悪いおっさんから顔を背けると、サッサとその場を離れようとする。


「まあ、待てって。話があるんだ。お前、スカ工行ったらしいじゃないか。いい加減に機械なんかイジルのやめて、女らしくしろって何度も言ってるだろ」

「アタシの勝手だろっ、テメーにとやかく言われたくねーよ!」


 すると、おっさんは俺を見つけると、グラサンを外しニヤッと笑った。よく見るとおっさんの目元、巧に似ている気がする。


「なんだお前、彼氏がいるんじゃねえか。心配かけやがって」

「違うっ! ソイツはただのクラスメイトだ、彼氏じゃねーし」

「まあ、そう照れるなよ」


 俺は巧に小声で、この人誰?、と聞くと、渋々、親父、と答えた。


「え、だってお前、親父さん、死んだって言ってたじゃないか」

「死んだんだよ、アタシの知ってる父ちゃんは。コイツは父ちゃんの顔はしてるけど、父ちゃんじゃない、知らないヤツさ」


 親父さんは苦笑いして、俺の肩をポンポンと叩く。


「お前なあ、相変わらずだな、親を死んだ事にしやがって。なあ、ボウズ、酷い娘だと思わねーか?」

「行くぞ、忍! そんなヤツに関わるな!」

「いいか巧、金型屋なんてやったって、いい事なんて何もないぞ? 汚いねーナリして貧乏して休みは無い上、夜中も仕事、挙げ句には体壊してよー。そこまでしてやる事じゃない。時代は変わったんだよ、いい加減自分の馬鹿さ加減に気が付けって」

「馬鹿はテメーだっ! お前が気が付けよ! いつまで株やらFXやらに現を抜かしてるんだ! 全部スッちまえばいいんだっ! そうすりゃ目が醒めるだろうよっ!」

「残念だが、そうもいかねえんだな、これが。先日も、円の急落で3億儲けたよ。今はバイナリーオプションとか、コモンディティとか、株やFXじゃないモンでもカネ稼がしてもらってて、懐が暖かくてウハウハさ!」


 確かに時計もギラギラの高そうなものを付けてるし、車はメルセデス、儲かっているというのは嘘ではなさそうだ。


「でさ、俺、思ったんだけど、お前がいつまでもツマラねえ事に拘っているのって、巧、なんて名前が悪いんじゃないか? だから、今日からお前、改名しろよ? キャサリン、どうだ、いい名前だろ? そして、また一緒に住もうぜ? ママのカレンもお前と暮らしたがってるぜ? なあ、カレン?」

「ソウヨ、キャサリン、イッショニクラス、カゾクイッショ、イイネ。ママモ、カンゲイスルヨ?」

「マニラにマンションも買った事だし、学校なんて辞めちまえよ、なあキャサリン?」

「アホかっ! 誰がママだっコラッ! 誰がキャサリンだっつーの! 死ねよ、テメー! 学校辞めねえし、お前らとも暮らさねーよ、バーカ!」


 巧はそう言うと、自転車も置いて走り去ってしまった。


「あいつ、つまんねえ意地ばっかり張りやがって。おい、ボウズ!」

「は、はい」

「これで、あいつに綺麗な服買ってやって、美味いモンでも食わせてやってくれや」


 親父さんは俺にポンと財布を渡すと、巧の走り去った方を見つめながら、独り言のように言った。


「お前もスカ工なのか? だったら辞めちゃえよ、大して稼げねえ事一生懸命やったってツマラねーよ。俺もよ、死んだ前の女房にも上の娘にも迷惑かけたし、ホント、ロクな事無かったワケさ。キャサリンはガキだったからそういうトコ、見えなかったんだ。俺もイキがって、かっこイイ所しか見せなかったしな。だからよ、お前、あいつの目覚まさせてやってくれよ。もし、お前が望むなら、俺の投資術、教えてやってもイイぜ?」


 俺は放って帰った自転車を巧の家まで届けにいった。財布には50万も入っていたので、くすねるわけにもいかないし。

 巧はシャッターを開けたまま、電気も点けず暗い工場の中に突っ立っていた。


「親父さんイイ人じゃないか? ポンと50万もくれたぞ? 服でも買えってさ。それと、俺に投資術、教えてくれるって言うんだ! 俺も親父さんみたいにトレーダーになるかな、カッコいいもんな! なあ、キャサリン?」


 ガゴッ!


「ウゲッ!」


 突然巧が顔面をグーで殴ってきて、俺は後ろへひっくり返った。強烈な正拳突きだった。


「ヒェ、ヒェメー、何ヒェやがる・・」


 俺はおとといの傷がまだ痛むところを殴られ、激しい痛みに悶えながら、鼻血がダラダラ流れてくるのを必死に抑えた。そんな俺の胸倉を鬼のような形相で掴む巧は、まさにリアルヤンキーだった。


「テメー、キャサリンってもう一度言ってみろ! ぶっ殺すぞっ!」

「シュ、シュイまシェン、もう、いいまシェン」

「アタシにとって、父ちゃんは神様みたいなモンだったんだ。いつも機械の前で油に汚れながら、アタシたちのために一生懸命だった。手足のように機械を扱う姿は、本当にカッコよくて、アタシもいつかは父ちゃんのようになりたいって思っていた。それは母ちゃんが死んでも変わらなかったんだ。アイツが変わっちまったのは、FXで大儲けした時からだった。何カ月もたたないうちに数億円の金を手に入れた時、アタシの父ちゃんは、死んだんだ。だから、そんな金、いらねーよ! 汗水流さず手に入れたウス汚ねー金なんて、いらねー!」

「シャア、俺がモリャうよ・・」


 巧はキッと睨み付けると、俺から乱暴に財布を奪い取った。何だよ、いるんじゃないか。


「後でアタシから返す!」


 その後、巧は俺のキズを治療しようとはしてくれたが、あまりに乱暴なので拒否し、結局は自分でやった。晩飯食っていけ、と誘ってくれたが、また1200円払うのもイヤだったし、口の中も切っていたので、正直飯を食う気にはなれなかった。

 帰り際、巧は心持ち、しおらしい様子だった。


「カッなって、悪かったよ。殴ったりしてゴメン。今日は、ありがとう・・・」


 しかし、翌日登校した俺に、突然怒りのヤンキー色に染まった巧が、奇声を上げながら殴りかかってきた。俺はすんでの所でパンチをかわし、何とか逃げおおせたが、一体何が起こったのか、わけがわからなかった。


「違うよ、忍は関係ないよ。今朝、ヤクザみたいなおっさん、いや違った。とても裕福そうな国王陛下が学校に見えられて、お前に渡してくれって置いていったんだよ、キャサリン」


 怒りで顔を真っ赤にした巧に、中はニヤニヤとした笑いを浮べながら、巧の机の上のモノを指さした。

 そこには、キャサリンへ、と書かれたメッセージカードと、綺麗な包装紙に包まれたプレゼントのようなものがあった。

 それは、巧の本性を知っている俺には、とても似合うとは思えない可愛らしいカチューシャで、メッセージカードの裏には、こう書かれていた。


    ◇◇◇◇◇◇


 キャサリンへ


俺の素敵な王女様

 コレが似合うような、可愛い女の子になってくれ。


 最愛のパパより


    ◇◇◇◇◇◇


「それで、今日のご予定はいかがされますか? キャサリン王女様?」


 中は、こんな笑顔が出来るんだ! という程の満面の笑みを浮かべると、巧にわざとらしい大袈裟な仕草で頭を下げた。

 親父に会ったのが、よりによって中とは、巧もついてない。

 巧は真っ赤になったまま体を震わせていて、俺はその怒りが自分に向くことがないように祈るしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ