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隅の川(女子)工業高校! ものつくり残念女子話  作者: 日上東
第一章 一学期
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第10話 辛辣な坊主頭

 昨日の件でわかった巧のゲスさ。

 ババアといい勝負だと言える。学校でも気を抜けない状況に陥った事を考えると、俺は気が滅入ってしまう一方だった。

 そんな俺の気分などまるで気にかける素振りすら見せずに、翌朝、むしろご機嫌な様子の巧に、俺は少々カチンときた。


「おはよー!」

「・・・ああ」

「何だよ、朝から辛気くさい顔しちゃって。そうそう、今朝、登校前に昨日の製品納品してきたんだけど、また仕事もらってきたぜ」

「・・・そう、良かったな」

「何だテメー、その態度は! こっちはオマエの借金の事も考えて、仕事取ろうと懸命なんだからなっ!」

「それは、お気遣いいただきありがとうございます」

「この野郎、朝からケンカ売ってんのかよっ!」

「いえ、お気に障ったのならすいません」

「ふんっ! いけすかねー野郎だぜ!」


 そうは言いつつも、作業のほうは相変わらずボール盤で穴をあけるだけの単純な内容ながら、2日目ともなると若干手際も良くなり割と順調に作業をこなしていた。

 気が付くと鼻歌など口ずさんでいて、そんな自分にハッとする。

 ヤバイ、こんな生活に馴染んではいけない


 そう。俺も昨晩、色々と考えてみた。例えば、俺が巧の言う事なんか無視してこの学校を辞めたとしよう、さてどうなる? 

 巧は、例えばあの写真を白日下に晒すような、ユウコすらスキャンダルに陥れるような事をするだろうか? しかし、ユウコはなんだって、いくら幼なじみで親友だとはいえ、巧にあの写真を渡したりしたんだろう? 菊池をあそこまで追い込んで口封じをしたのにも関わらず。

 考えられるのはユウコに、誰かに理解してもらいたい、誰かに聞いてもらいたい、そんな欲求があるのだとは考えられないだろうか?

 マズイ! それはマズイ! 何よりユウコは地元では超有名人だ。そんなヤツの恋人だとカミングアウトされてみろ、俺の男としての人生は詰んでしまう。

 それに300万の借金もある。今はこの縛られた生活に耐えているしかないのかもしれない。

 ただし一番怖いのは、この環境に慣れてしまう事だ。俺は自分の順応性には散々泣かされてきただけに、肝に命じておかないといけない。


「忍! この図面、あたるに渡してきて。朝打ち合わせした、加工図面」

「はいはい、わかりましたよ」

「アイツ、神経質だから気をつけなよ」


 俺は渡された図面をもって隣の旋盤室へ向かった。隣なんだから自分で行けばいいんだ、とは思ったが、気晴らしにはちょうど良いかもしれない。

 俺は扉を開き、一歩実習室へと足を踏み入れた途端、不機嫌そうな声で叱責を受ける羽目となった。


「おい、君は部屋に入るのにノックするくらいの配慮もないのか?」

「ゴメン、ゴメン。用件の事で頭がいっぱいで」

「入ったなら、すぐに扉を閉めてくれないか、室内の温度変化には気をかけているんでね」


 その坊主頭の少年は、表情こそキツイがなかなか綺麗な顔立ちをしていた。硬質なキツサとも言おうか、ちょっと冷たい印象を与えるが、ハンサムである事は認める。

 よく考えると、挨拶以外で話すのは、初めてかもしれない。


 そう、女子校だというこの学校に、オレ以外にも男子がいたのだ。「やっぱ、女子高だなんてウソなんじゃん」というオレに、巧は訝し気な顔をしていたが、やはり同性がいるというのは心強いもんだ。

 これを機に仲良くなれればと、オレは極力笑顔で対応した。


「それで、用件は何かな?」

「巧に言われて、図面を。でもね、一度木本君とは話してみたかったんだ。何せこの学校に二人しかいない男子だからね。正直女子高って聞いた時は驚いたけど、男子が一人だけじゃないというのは、やはり心強く感じるよ」

「君は勘違いしているようだけど、僕は男じゃない」

「・・・えっ?」

「誰が君に、僕が男だなんて、言ったんだ?」

「う、嘘だろ? き、君、女子なの?」

「僕は嘘なんか言わない」


 そ、そう、思い出してみると、確かに入学式の時には、こいつは居なかった。

 いつの間にかこの学校に、しれっと当たり前の様に居るから、てっきり俺以外にも男子がいたんだと思ってたんだけど。


「き、君、いつからこの学校に・・?」

「僕は最初からここにいる。ははぁ、そうか、入学式の時は今より髪が長かったから勘違いしたんだろう」

「し、しかし何だってまた坊主頭に・・・俺はてっきり男かと・・・もしかして家がお寺?」

「違う。家は寺などではない。それに、この髪型は坊主ではなくベリーショートという髪型だ。僕のこだわりの髪型にケチをつけるとは、ずいぶんと失礼なヤツだな、君は!」


 いや、違う、坊主だよ、それ。ただの坊主頭。しかし、まさか女だったとは・・・。


「君は何かい? 僕に難癖をつけるために、わざわざ尋ねてきたのかい?」

「い、いや、違うんだ。だから、巧からこの図面を預かってきた。加工図面だって」

「ふうん、見せてくれ」


「これが、旋盤という機械かい? ボール盤とかフライス盤とは違って、回る所が横向きなんだね」

「おい! 勝手に触らないでくれよ! あ、それとあまりバタバタと動かないでくれ。ホコリがたつし、君の髪の毛も落ちるかもしれない」


 感じの悪いヤツだな。巧が気をつけろ、というのはこういう事か。しかし、作業台の上に置かれた、金属製のツボのようなモノ? はとても綺麗だった。コイツが作ったのだろうか?


「勝手にさわるなと言っているだろう! 言われた事はちゃんと聞けよ、君は子供か? ペタペタとさわられると、手の脂が付いて、後から拭くのが大変なんだ!」

「大丈夫だろう、このくらい?」

「やれやれ、君も巧と同じクチかい? 少しくらい、物事に対して細やかな神経を配るという事を学んで欲しいものだね」


 中は馬鹿にするように笑いを浮かべ、俺が手にしていた、そのツボのようなものを取り上げた。


「けれど、これを思わず手にとってしまったのは頷けるよ。美しいだろう? 僕はシンメトリーに心酔していてね。旋盤で得られる回転対称性が、僕の心の平衡を保っていると言っていいだろう。僕は歪なモノが許せないんだ。本当に美しいのは、完全なるシンメトリー、そう思わないか?

 僕のこの髪型も眉毛も、毎日1時間はかけて整えている。それでも、どうしても僕の右目は左目に比べ、若干小さいのは否めない。本当なら恥ずかしくて外には出たくないくらいなんだ。

 それなのに、君たちときたらそんなアンバランスな顔で平気で人前に出られるとか、ホント感心するよ。僕なら恥ずかしくて死んだほうがマシなくらいなんだが、君たちは生き意地が張っているというか、ある意味たいしたモンだね」


 歪なのは、お前の心だよっ!


「それはそうと、巧に伝えてほしい。この図面は一体何だい? 寸法公差は入っていない。仕上り祖度もわからない。ただ数字が入っていれば良いわけじゃないって散々言ってるじゃないか? こんなものは加工図面とは言わない」

「いや、俺に言われても・・・」

「大体、この機械だっていい加減古くて、ようやく動かせるようにしたんだ。あと、このチャックはもう駄目だね。これじゃあ寸法出せないよ。新しいヤツを買って欲しいな。それに何より、ここの基礎は駄目だ。よくもこんな基礎の上に機械を置こうなんて考えたもんだね、あと、絶対に空調は入れて欲しい! 今日だって、朝から3度も気温が上がっているんだよ。これから暑くなるっていうのに、こんな所じゃ仕事なんてできないよ!」

「えーと、俺にどうしろと?」

「巧に言って、何とかしてもらってくれ。あと、これ図面。図面に丸しておいたから、最低限、その僕の指摘している箇所を訂正するように巧に言ってくれ」


 俺は一層憂鬱な気分になり、旋盤室を出ようとすると、木本が、ちょっと、と声を掛けてきた。


「今、君は、美留とはフライス室では一緒なんだね?」

「ああ、そうだけど」

「君は美留に対して、特別な感情は持ってないかい?」

「え? 特別な感情? いや、別に何とも思ってないけど」


 「ん」と「む」しかしゃべらないヤツじゃ、コミュニケーションだって取れやしないぜ?


「ふーん、美留の美しさに気が付かないとは、やはり美的感性は鈍いようだね。美留だけは、本当に美しい、完全だ。僕が初めて見つけた完全な美しさ、完全なシンメトリー! 美留に手を出したりしたら、承知しないからね。まあ、君はゲイらしいから、杞憂かな? 引き止めて悪かったね。あと、巧に言っておいてくれ。結局逃げてしまったヤツは、何をやったって進歩には繋がらないとね」


 何なんだコイツ? 何様のつもりだよ!

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