異世界から〈エリアヒール〉を持ち帰ったので、辻ヒールで嫌がらせをしようと思います。
ここは、元々俺が住んでいた家か。
現代日本に帰ってきた。
まさか本当に帰ってこれるとはね。
まずはスマホを見て現在の日時を確認。
――俺が転移させられたあの日、あの時、か。残念ながら。
とりあえず、あっちから持ち帰ったものを確認しておこうか。
俺を異世界に転移させた神様が、あっちでの功績を認め、得たものの中から三つだけ持たせてくれるということで選んだものだ。
まずは金。
とはいえ、異世界の金をそのまま持ち帰ったところで使えないので、向こうで得た資産を神様の権限によって日本で使える形に替えて持たせてくれと頼んでおいたわけだが。
わかりやすいのが目の前の金インゴット。日本円でいくら分になるかはわからないが、これを売れということか。
スマホを確認すると、こちらも使えるお金が増えている。
それと、預金通帳の桁も増えていた。
あの神様、几帳面にわざわざ記帳してくれていたらしい。
税金とかどういう扱いになるのかわからんが、ま、これだけあれば遊んで暮らせるだろう。
残りの二つは――どうやって確認したもんか。
一つは魔力を保持し回復する身体を頼んだ。
魔法も何も無い現代日本で、どこに魔力を蓄えて、どこからどう魔力を吸収するなり生み出すなりができるかわからなかったから、一応保険として頼んでおいた。
向こうでは飯を食って寝れば回復していたが、こっちでは魔力が尽きたらおしまい。かもしれないし、そんな状態になるのは勘弁なんでな。
魔力が回復しているかどうかなんてすぐに確認できないので、後回しにするしかないか。
そして最後の一つが――〈エリアヒール〉だ。
どうせ持ち帰るなら、こっちを大混乱に陥らせることのできる魔法なりスキルなりと思っていたら、他人や物に危害を与えるようなものはできないと言われ仕方なく選んだものだ。
この〈エリアヒール〉、傷の回復はもちろんのこと、失われた身体の一部も復活するし、ガンなどの病魔も取り除き、視力や聴力といった感覚まで回復してくれる優れもの。
向こうで散々使って効力を伸ばした。
兵士たちの後ろで常時〈エリアヒール〉を発動させておいて、波状攻撃を仕掛けさせるとかな。
確認も兼ねてどこかで〈エリアヒール〉をぶっ放してみるか。
そして、このクソみてえな世界に八つ当たりといきますか。
MMORPGに辻ヒールなんてものがあるが、俺がこれからやるのがそれ。
狙いは大病院。
それも、終末医療ってやつに力を入れているところだ。
俺の〈エリアヒール〉は、俺を中心に最大で半径1キロメートルの球体状に効果をも発揮することができる。
この範囲内であれば、俺から直線上に真っ直ぐ効果をさせるなどの範囲指定も可能だ。
まあ今回は最大範囲でぶっ放すだけだがな。
都内の有名な大病院が範囲にすっぽり収まる位置で〈エリアヒール〉を発動。
人目を避けようかとも思ったが、どんな風に見られるのかのテストも兼ねて、多少人通りのある路上で、何人かがこちらを見られる状況で発動させた。
魔力が消費された感覚と、それでもまだいくらでも放てるだろうという感覚。
こっちで〈エリアヒール〉を使うことに俺自身としてはなんの問題もなさそうだ。
では周囲の人間はどうか?
とりあえず誰も何も反応しない。
外に出歩くような奴らは大抵健康体だから、当然ではあるが、俺が〈エリアヒール〉を発動させていることを肉眼では確認できないということでもあるだろう。
いやまあ、都会の人間は他人に興味ないから気付かなかった説もあるか。
そん時はそん時。
今回は失念していたが、カメラなどの機器にどう映っているのかも後で確認しなきゃいけねえな。
SNSでの拡散は早かった。
それはそうか。死にかけていた人間も含め、病院内にいたすべての患者が快癒したとなれば。
当然病院内だけではない。
たまたま俺の〈エリアヒール〉の範囲内にいたちょっとした風邪っぴきも、失明した奴も、車椅子生活を余儀なくされていた奴も、皆等しく回復していた。
とはいえ、さすがにファンタジーな出来事過ぎて、信じない者の方が多いようだった。
しかし、十日くらいの間隔を取りながら二回目、三回目と俺が場所を変えて〈エリアヒール〉を使うと、信じていなかった者たちも、これは本当なのではないかと思い始めているようだ。
特に影響がでかかったのが、失われた腕が再生していく動画がSNSに上がったことだ。
撮っていたのは偶然だが、そこに映っていたものは紛れも無い真実。
もちろんフェイク動画を疑う人間もたくさんいたが、インフルエンサーや複数のメディアが取り上げ、直接取材されたことで、どうやら事実らしいと一気に広まった。
そうなればもう、世間はこの話題でもちきりだ。
どういう原理で治っているのか? 誰が何のためにやっているのか? そんな考察を延々と繰り広げるヤツら。
金ならいくらでも出す。欲しいものをなんでもくれてやる。だから自分を、家族を、大切な人を治してくれと主張し続けるヤツら。
自分が回復を施した者です。いくらで治します。ここに集まれば治します。と、嘘を振りまくヤツら。
これは医療行為なのか? 資格を持っているのか? 無いのであれば犯罪ではないか? なんて下らないことを訴えるようなヤツら。
患者への対応が難しくなったと愚痴る医療関係者。
そして、何故治った。何故治した。もう少しで、やっと、あいつから解放されるはずだったのに、いつまでこの地獄は続くんだ。と、怒りと恨み言を向けてくるヤツ。
ま、そうだよな。治して欲しいのに治してくれなかったり、治して欲しくないのに治されてしまったり。世の中理不尽でままならないもんだよな。
さて、これだけ盛り上がって話題になったことだし、せっかくだからその流れに乗ってやろうじゃないか。
ということで、俺になりすまして人を集めているヤツのもとに向かうことにした。
この時間、この場所で、回復の秘術を披露します。というホラ吹きなりすまし野郎の集会を遠目から眺め、その時間に〈エリアヒール〉を発動させる。
さすがに胡散臭すぎて集まっているのは少数だったが、そんな胡散臭いヤツに賭けるしかないような人だけが、藁にもすがる思いで来ていたようで、皆涙を流しながら回復を喜んでいるようだった。
唯一、ホラ吹きなりすまし野郎を除いて。
そこからさらに二回目ほど、同じなりすまし野郎に付き合って〈エリアヒール〉を使って人々を回復した。
三回目続けて起きれば本物。とは簡単にはならないようで、利用されているとか影武者だとか言われているのを多く見かけるが、それでもこいつの号令に従えば、奇跡の治療にありつけるとは思われたようで、四回目にはとんでもない数の人々が集まっていた。
治療を求める人や家族、知人たちがおそらく一番多いだろうが、奇跡を映像に残そうというマスコミやインフルエンサー、医療関係者、ただの野次馬、アンチなど様々だ。
俺はその会場を見下ろせるホテルの一室に居た。
ベランダに出れば肉眼で見ることもできるが、そんなことせずとも、テレビや配信でいくらでも確認できる。
そろそろかな。
様々な人々、様々な感情が渦巻く会場に、なりすまし野郎が指定した時間が迫る。
人々のカウントダウンが始まり、ゼロを迎えたとき――何も起こらなかった。
まあ当然と言えば当然だ。なにせ俺が何もしなかったのだから。
困惑が広がっていく。
やがて、罵声が飛び交い始めた。
騙された。謝れ。嘘つき。偽物。詐欺師。死んで詫びろ。
そんな風に騒ぎが大きくなる中、狼狽えるなりすまし野郎に、野次馬かアンチと思われる人物が近付いていき、思い切りぶん殴った。
「やれるんなら、てめえの怪我も治せるよな!?」
怒鳴りながらさらに殴りつける。
近くにいた人物に羽交い絞めにされてようやく止まった時、なりすまし野郎は顔面を血だらけにして仰向けに倒れ、動かなくなっていた。
胸が上下に動いているのが確認できたため、まだ死んではないようだったが、そのまま放置されれば命に関わりそうな状態に見える。
「やっぱりただの騙り野郎か」
ボロボロになったなりすまし野郎から、周囲にいた人間が距離を取ったのを見て、俺は指向性モードでボロボロのなりすまし野郎だけを狙って〈エリアヒール〉を発動させた。
たまたま会場の隣にホテルがあり、その高層階を取ることができたおかげでできた御業だ。
ボコボコにされた、なりすまし野郎が回復した。いや、なりすまし野郎だけが回復したという事実が、周囲にいた人々に伝わっていく。
当然、人々は荒れた。
何故こいつを治すんだという罵声。私も治してくれという哀願。俺は治してもらえないのかという嘆き。キズがみるみるうちに治っていくという奇妙な状況を目の当たりにした嘆声。
いくつもの感情が渦巻き、広がる。
そして、怒りは再びなりすまし野郎に向かう。
治癒したばかりだというのに、またボコボコに殴られている。
俺は、タイミングを計って再び〈エリアヒール〉を放つ。
異世界から持ち帰った〈エリアヒール〉といえど、死んだ人間を生き返らせることはできない。
だから、死ぬ前に回復させる。
「ああそうか。そういうことか」
殴られては回復するなりすまし野郎を囲んでいた中の一人が声を上げた。
「人だか神だか知らねえけど、お前はこいつが許せねえんだな?」
それが神だとしたら、神相手に「お前」なんて呼び方はどうかと思わなくもないが、俺は人だし「お前」呼びも受け入れよう。
ま、別に許すも許さないもないけどな。
どちらかと言えばこんな状況を作り出してくれて感謝してるくらいだ。
「いくらでも回復してやるから、思う存分痛め付けろって、そう言いたいんだろ!?」
そう叫びながらなりすまし野郎を殴る。
その論に納得したのであろう、今まで傍観していた人からも、なりすまし野郎に何らかの攻撃をする者が出てきた。
しばらくボコボコに殴られる度に回復させていたが、人の怒りもそこまで長続きしないのか、はたまた飽きたのか、誰も攻撃しなくなりだしたところで、今まで離れたところで見ていたと思われる一人のひょろっとした男が、なりすまし野郎に近付いていく。
こんな状態になっても、配信し続けて音を拾ってくれる人がいるおかげで、何を言っているのか理解できてありがたい。
「久しぶり。お前、めちゃくちゃ話題になってるよな」
ぶつぶつと呟くように語りかける謎のひょろひょろ男。
「なんでお前が選ばれるんだズルい、僕だって凄い魔法とか使えるようになりたいのにってずっと思ってた。でも、違った。お前はただの偽物で詐欺師だったんだね」
ひょろひょろ男はカバンから刃物を取り出し――なりすまし野郎の腹部に突き刺した。
「痛い? でも治してくれるでしょ? 痛い思いをしても、元通りになるんでしょ?」
刃物を引き抜き、俯きながら引きつった顔で笑うひょろひょろ男。
しかし、しばらく待っても何も起きない。これまた当然だ、俺が傍観しているのだから。
「ねえ? 見てるんだよね? 聞いてるんだよね? 早く治さないと、死んじゃうよ?」
血塗れの刃物を手に持つひょろひょろ男は、徐々に焦りだしているようだ。
「死んでもいいのか? 生き返るのか? それとも、死んで欲しいと思っているのか?」
血を流し続けるなりすまし野郎の横で、ただ立ち尽くすひょろひょろ男。
「あいつ、死んだんじゃね?」「殺しちゃったの?」「そこまでやるこたあねえだろ」「やり過ぎ」「こわっ」
さっきまで攻撃していたヤツらが、手のひらを返す。
騙されたと憤っていた相手でも、殺すことはないだろうと。
「僕だけがやったんじゃない! 皆して殴ってたじゃないか」
「とどめを刺したのはお前だろ?」
「皆で殴ったのに、僕が殺したっていうのかよ?」
「それが事実だろ? そいつが死んでたらな」
「違う。僕じゃない」
ひょろひょろ男が崩れ落ちた。
そのタイミングで俺は〈エリアヒール〉を発動した――なりすまし野郎には届かない範囲で。
治してもらおうと集まった人間たちのうち、たまたま俺のいるホテル側にいた者たちだけが恩恵を受けた。
そうなれば会場はもう混沌だ。いや、もともと混沌と化してはいたが、さらに多種多様の感情渦巻く空間へと変化したわけだ。
「痛みが、無くなった!」
「脚が、俺の脚が」
「良かった。良かったねえ」
治癒を受けた者は感涙に咽び。
「どうして私は治してくれないの?」
「こっちは治してもらってないってのに、よく喜べたもんだな!」
〈エリアヒール〉の中に入ってなかった者が悲嘆に暮れ、怒りの咆哮を上げ。
「なんで、なんで今度はこいつを治さないんだよ?」
ひょろひょろ男が絶望の淵に落とされ。
「………………」
血塗れの男は何も語れず。
「俺は知らねえからな」
「蹴った後に一度治ったんだから、私は悪くない」
「騙されたことに怒ってたのは皆同じだろうが」
「俺らがこいつを殴ったことが、治療のきっかけになったんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだよな」
罪悪感から逃れようとする者は言い逃れ。
「結局、詐欺師が集めたことで治った人間がいるんだから、皮肉なもんだよな」
「辻ヒールって、現実に存在しても結構鬱陶しいもんなんだな」
傍観者はあくまで傍観者だった。
回復したり、回復しなかったり、理不尽だよな。
でもほら、俺だってこの世界中の全ての人を回復できるわけじゃないし、回復されなくて当然、回復されたらラッキーでよくね?
俺の本当に回復したかった人はもう、この世にいないんだから。




