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美少女だと思ったら男の娘精霊で、しかも激重だった  作者: 名無しのルビコニアン


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8/12

8話

 その夜、月が出なかった。


 新月だ。窓の外は雲もなく、星だけが散っている。


 ルナが妙に静かだった。


 普段は夕飯の間もよく喋る。今日のスープがどうだ、明日はパンを焼きたいだ、ユーリの服が汚れてるだ——そういう、どうでもいい話を延々と。


 今夜は黙っている。


 部屋の窓辺に座り、外を見ている。銀色の髪が暗がりの中で微かに揺れているが、いつもの淡い発光がない。


「ルナ」


「……はい」


「体調悪いのか」


「新月の夜は、少し力が弱くなるんです」


 椅子の上で膝を抱えた。体を小さく丸めている。


「月の精霊だから、月が出ない夜は——ちょっと心細い」


 心細い。ルナがそんな言葉を使うのは珍しかった。


 ベッドの端に座った。ルナとの距離は二歩ほど。


「話があるなら聞く」


「……何のことですか」


「さっきの。前の契約者のこと」


 ルナの肩が僅かに跳ねた。


「昼に少し言ったろ。封印された、って。もし話せるなら、聞いておきたい」


「なぜ?」


「お前のことを知っておきたいからだ。一緒に暮らすなら」


 自分で言って、少し恥ずかしくなった。だが撤回はしない。


 ルナがしばらく黙った。窓の外の暗い空を見ている。


「……エルドラン、という人でした」


 名前が出た。


「魔法師です。すごく優秀な人で——ボクと永続契約を結びました。ボクの力を使って、たくさんのことを成し遂げた人です」


「永続契約? 古代契約じゃなく?」


「あの頃はまだ、古代契約は普通の契約の一種として存在していました。エルドランは通常の永続契約で——でも、ボクの力を引き出す方法を研究していた」


 ルナの声が少し硬くなった。


「最初は優しかったんです。ボクに名前をくれた。ルナ、って。月の精霊だから」


「名前をくれた?」


「精霊には元々名前がないんです。契約者がつけてくれるものなの。ボクの名前は、エルドランがくれました」


 ルナが膝を抱える腕に力を込めた。


「一緒に旅をしました。色んな場所に行って、色んなものを見て。ボク、すごく——幸せだった」


 過去形。


「でも、エルドランの目的はボクの力だけでした」


 ルナの声が落ちた。


「ボクの魔力を研究して、自分のものにしようとしていた。ボクが気づいた時には、もう遅かった」


「何をされた」


「封印の術式を組まれました。月のない夜に——新月の夜に。ボクが一番弱い時に」


 ルナの手が震えている。


「『もう用は済んだ』って言われました。それだけ。それだけ言って、封印して、去っていった」


 静かな部屋に、ルナの呼吸だけが聞こえた。


「三百年。暗い中で、ずっと意識がありました。眠れたらよかったのに、眠れなかった。何も見えない、何も聞こえない、何も触れない——でも、考えることだけはできた」


 ルナが顔を上げた。紫の瞳が暗闇の中で光っていなかった。新月だから。ただの、大きな瞳だった。


「三百年、考えていたのは一つだけです」


「何だ」


「次こそは離さない、って」


 ルナが俺を見た。


「次に来てくれた人は、絶対に離さない。どんな手を使っても。ボクから離れていかないようにする。だから——」


 ルナが窓辺から降りて、俺の前に立った。


「ユーリ。ボクは、ユーリを離しません」


 宣言だった。


 恐怖も、懇願も、甘えも含まない。純粋な決意。


「ボクが怖いですか」


「怖くねえよ」


 嘘ではなかった。怖いのではない。


 ただ——胸が痛かった。


 三百年独りで、暗闇の中で、「次は離さない」とだけ考え続けた精霊。


 歪んでいるのかもしれない。普通の感情ではないのかもしれない。


 だが、それを歪みだと言える奴は——三百年、暗闇に閉じ込められてから言え。


「ルナ」


「はい」


「俺も言う。お前を捨てない。封印しない。置いていかない」


 ルナの目が見開かれた。


「昼にも言ったが、もう一回言っておく。何回でも言う。お前が安心するまで」


 ルナの唇が震えた。


「——ユーリ」


「何だ」


 ルナが俺の胸に飛び込んできた。小さな体が、しがみつくように俺を抱きしめた。


「ありがとう」


「礼を言うことじゃないだろ」


「ありがとう。ありがとう、ユーリ」


 繰り返し言っている。声が震えている。


 俺はルナの頭に手を置いた。銀色の髪は絹みたいに滑らかで、指の間を滑っていく。


 撫でている。


 俺は——この子の頭を撫でている。


「……柔らかいな、お前の髪」


「えへへ」


 鼻を啜りながら笑っている。泣き笑い。


 ベッドに横になった。ルナが隣に潜り込んできて、俺の腕を抱きしめた。いつもより近い。体温がじかに伝わってくる。


「ユーリ」


「何だ」


「今日の夜は、月がないから暗いです」


「ああ」


「でも、ユーリがいるから怖くない」


 小さな体がぴったりとくっついている。呼吸が穏やかになっていく。


 ルナが眠った。


 俺は天井を見ていた。


 左手の甲の紋章が、新月の夜でも微かに光っている。


 独りが楽だと思っていた。六年間、誰とも組まず、誰にも踏み込ませず、それが一番だと。


 今、腕の中に誰かがいる。


 離さないと言った精霊の少年が、俺の腕を抱いて眠っている。


 面倒くさくて、甘えん坊で、時々目が怖くて、でも——温かい。


 独りが楽だなんて、嘘だったのかもしれない。


 最初から。

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