表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美少女だと思ったら男の娘精霊で、しかも激重だった  作者: 名無しのルビコニアン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/12

7話

 ルナとの生活は、思ったより早く日常になった。


 朝起きると、ルナが腕にしがみついている。引き剥がす。顔を洗う。階下で飯を食う。ルナはスープが好きだ。パンは千切って渡す。


 ギルドに行く。依頼を受ける。ルナと一緒に魔物を狩る。月の魔法のおかげで、以前より効率は上がった。報酬もそこそこ入る。


 夕方、宿に戻る。ルナは最近、宿の厨房を借りて料理を覚え始めた。女将に教わっているらしい。出来はまだ微妙だが、食えないことはない。


 夜、ベッドで隣り合って寝る。ルナはいつの間にか俺の腕を枕にしている。


 穏やかだった。


 穏やかすぎて、少し怖いくらいに。


 変化は、ギルドのカウンターで起きた。


「ユーリさん、ちょっと相談があるんですけど」


 マーレが書類を捲りながら言った。


「銀級の依頼で、大型の魔物の討伐が入ってます。角鬼牛——ご存知ですよね?」


「知ってる。角が三本ある牛型の魔物だ。でかい」


「ええ。街道沿いに出没して商人の馬車を襲っています。単独討伐は難しい案件で——」


 マーレがちらりと俺を見た。


「他の銀級傭兵と組んでもらえないか、という話が出ています」


「誰と」


「ガルドさんです。ご存知ですか?」


 知っている。大柄な男で、両手斧を使う。腕は確かだ。何度か顔を合わせたことはあるが、組んだことはない。


「あいつか」


「はい。ガルドさんも乗り気で——」


「ユーリ」


 背後から声がかかった。ルナだ。


 いつものように俺の後ろに立っている。だが、声のトーンが違った。


「ユーリ、他の人と組むんですか?」


「まだ決めてない。話を聞いてるだけだ」


「ボクがいるのに?」


 静かな声だった。だが、その静かさの質が違う。


 マーレが困ったように笑った。


「ルナちゃん、角鬼牛は大きな魔物だから、人数がいた方が安全なの。ユーリさん一人だと——」


「ボクがいます」


 ルナがマーレの言葉を遮った。声がさらに低くなる。


「ボクがユーリを守ります。他の人は要りません」


 カウンターの空気が変わった。ギルドにいた他の傭兵が何人かこちらを見た。


「ルナ」


「嫌です」


 振り向いた。


 ルナの紫の瞳が揺れていた。怒りではない。恐怖だ。


「他の人と組むなんて嫌です。ユーリはボクだけのものなのに——」


「落ち着け」


「落ち着けません!」


 声が大きくなった。ルナの体が震えている。小さな拳が握り締められている。


 ギルド中が静まった。


 俺はルナの肩に手を置いた。


「外に出るぞ」


 ルナを連れてギルドの外に出た。マーレに「後で戻る」と目で伝えた。




 裏通りの路地。人通りが少ない。


 ルナが壁にもたれて俯いていた。銀髪が顔を隠している。肩がまだ震えている。


「……ごめんなさい」


 小さな声だった。


「大声出して、ごめんなさい」


「謝らなくていい。理由を聞かせろ」


 ルナが顔を上げた。目が赤い。泣いてはいないが、泣く寸前だ。


「他の人と組んだら——ユーリが、ボクを要らなくなるかもしれない」


「なぜそうなる」


「だって——他の人の方がボクより役に立つかもしれない。戦い方を知ってる人間の方が、精霊なんかより——」


「精霊なんかって、お前——」


「要らなくなったら、捨てるでしょう?」


 ルナの声が裂けた。


「前の人もそうだった。最初は優しかった。一緒にいてくれた。でも——ボクが要らなくなったら、封印して、捨てた」


 ルナの目から涙が溢れた。堰を切ったように。


「三百年。真っ暗で、何も聞こえなくて、何も見えなくて——ずっと独りだった」


 ルナが俺の上着を掴んだ。両手で。


「もう嫌なの。もう独りは嫌。ユーリ、お願い——」


 しゃくり上げている。小さな体が震えている。


「置いていかないで」


 俺は——何をすればいいか、分からなかった。


 分からなかったが、体は動いた。


 ルナを抱きしめていた。


 小さい。軽い。俺の腕の中にすっぽり収まってしまう。


 ルナが息を呑んだ。


「——え」


「うるせえ、黙れ」


「ユーリ——」


「お前を捨てたりしねえよ」


 自分でも驚くほど、はっきり言葉が出た。


「契約があるからとか、そういう話じゃない。俺が、しない。お前を捨てたりしない」


 ルナの体が硬直した。それから、ゆっくり溶けるように力が抜けた。


 俺の胸に顔を埋めて、泣いた。声を殺して。肩を揺らして。


 小さな手が、俺の背中にしがみついた。爪が食い込むくらい強く。


 放してほしいとは思わなかった。


 しばらくそうしていた。


 ルナの泣き声が止まった。


 顔を上げた。泣き腫らした紫の瞳が、至近距離で俺を見ていた。


「……本当?」


「ああ」


「絶対?」


「絶対なんて言葉は嫌いだが——まあ、絶対だ」


 ルナが笑った。涙でぐしゃぐしゃの顔で。


「ユーリ」


「何だ」


「大好き」


 真っ直ぐ言われた。


 心臓が痛いくらい跳ねた。


 相手は男だ。精霊だ。見た目は子供だ。


 なのに——「大好き」と言われて、胸の奥が熱くなっている自分がいた。


「……飯食いに行くぞ」


 それしか返せなかった。


 ルナは笑ったまま、俺の腕にしがみついた。いつもより強く。いつもより近く。


 こいつの中で何かが確定したのを、肌で感じた。


 それが何なのかは——まだ、考えたくなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ