6話
金がある時に使わないと、いつ無くなるか分からない。
傭兵の生活信条とは言えないが、俺の場合は事実だ。金貨五枚は大金だが、ルナの生活費を考えると贅沢はできない。だが最低限の装備は要る。
ルナの服だ。
南通りの服屋は、セレナという中年の女が一人で切り盛りしている小さな店だった。前回は急いでいたから既製品を適当に買っただけだが、今回はもう少しちゃんとしたものを揃えたい。
別に、ルナに可愛い服を着せたいとか、そういう理由ではない。断じて。
「いらっしゃい。あら、前に来てくれた——」
セレナが俺とルナを見て、言葉を止めた。
「ああ、この子の服を何着か」
「あの時のお嬢——あ、男の子ちゃんね。覚えてるわ」
ルナが俺の後ろから顔を覗かせた。
「ボク、ルナです」
「ルナちゃん。可愛いわねえ。さ、こっちにおいで」
セレナがルナの手を引いて店の奥に連れて行った。俺は入口近くの椅子に座って待つ。
布地の山。衣紋掛けに吊るされた上着やズボン。子供用の棚は小さいが、品は悪くない。辺境の街にしては上等な方だ。
しばらくすると、奥からルナが出てきた。
白いシャツに薄青のベストを重ねている。下は濃紺のズボン。ベストの裾がちょうど腰の位置で、全体が引き締まって見えた。
銀髪に青が映えている。
「どうですか、ユーリ」
くるりと回った。ベストの裾がふわりと広がる。
「……悪くない」
「それ、ユーリの褒め言葉ですよね」
違う。いや、まあ——そうだ。
セレナがにやにやしている。
「お父さん、この子に青が似合うわよ。もう一着、こっちも見て」
「父親じゃない」
「あら、ごめんなさいね。じゃあ、お兄さん?」
「……まあ、そんなところだ」
ルナが嬉しそうに俺の腕を掴んだ。
「お兄さん。いいですね、それ」
よくない。だが訂正する方が面倒だ。
結局、シャツ三枚、ズボン二本、ベスト一着、下着と靴下を買った。銀貨が七枚飛んだ。痛い出費だが、ルナが新しい服を嬉しそうに抱えている姿を見ると、まあいいか、という気になる。
自分がこんなに甘いとは思っていなかった。
店を出て、大通りを歩く。ルナは新しい服の入った袋を大事そうに抱えている。
「ユーリ、ありがとうございます」
「別に」
「ボク、こんなに服を持つの初めてです。嬉しい」
「……精霊は服を持たないのか」
「持ちません。前は——ずっと同じ儀式服でした」
三百年間。
そう思うと、服を買うくらい安いものだ。
市場の通りに差しかかった時、それは起きた。
酒場から出てきた男が三人。見覚えがある顔だ。ギルドの銅級傭兵。名前は知らない。
その中の一人が、ルナに目を留めた。
「おー、可愛い子じゃねえか」
酒臭い息が漂ってきた。昼間から飲んでいたらしい。
男がルナの前に出た。にやにや笑っている。
「なあ、嬢ちゃん。こんな無愛想な奴と歩いてないで、俺たちと一緒に——」
「通してくれ」
俺はルナの前に立った。自然に体が動いていた。
男が俺を見た。笑いが引っ込む。
「ユーリか。邪魔すんなよ」
「こいつに絡むな」
「別にちょっと話しかけただけだろ。そう怖い顔すんなって」
俺の目は怖い顔をしていたらしい。自覚はなかった。
「行くぞ、ルナ」
ルナの手を取って歩き出した。男たちは何か言っていたが、聞こえないふりをした。
角を曲がって、通りが静かになったところで足を止めた。
「大丈夫か」
「はい」
ルナが俺を見上げた。目が潤んでいた。泣きそう——ではなく、熱い。
ルナの頬が僅かに赤かった。
「ユーリ、ボクを守ってくれましたね」
「当たり前だろ。酔っぱらいに絡まれたら面倒だ」
「……嬉しい」
ルナが俺の手を両手で包むように握り直した。小さな掌が熱い。
「ユーリがボクを守ってくれた。ボクのために、怖い顔してくれた」
「別に怖い顔は——」
「嬉しいです」
繰り返した。声が震えていた。
ルナが俺の手に頬を寄せた。指先に柔らかい肌の感触。銀髪が指の間を滑る。
「ボク、ユーリだけのものですから」
心臓が跳ねた。自分のか、ルナのか、分からなかった。
「……帰るぞ」
手を放そうとした。ルナが離さなかった。
「もう少しだけ」
結局、手を繋いだまま宿に帰った。
部屋に入ると、ルナが新しい服を丁寧に畳んでテーブルの上に並べた。にこにこしている。
俺は椅子に座って、さっきのことを考えていた。
自然に体が動いた。ルナを庇うために。
俺は——何をしているんだ。
この精霊の少年を守ることが、いつの間にか当たり前になっている。
面倒くせえ。面倒くせえが——。
「ユーリ」
「何だ」
「今日、楽しかったです」
ルナの笑顔は綺麗だった。
純粋に、綺麗だと思った。男だと分かっていても。
だから、ルナが窓の外——さっきの酒場の方向を一瞬だけ見た時の、あの冷たい目に気づかなかった。
「ユーリ、明日もお買い物行きましょうね」
振り向いた時には、いつもの笑顔に戻っていた。




