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美少女だと思ったら男の娘精霊で、しかも激重だった  作者: 名無しのルビコニアン


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3/12

3話

「ご主人様、お腹空きませんか?」


 焚き火の向こうから声がかかった。


 森の中の小さな空き地に野営を張った。日没までに森を抜けるのは無理だった。暗くなった森の中を歩くのは傭兵としての常識に反する。魔物は夜に活性化する。


 ルナが焚き火の脇に座って、俺の方を見ている。膝を抱えた姿勢。銀色の髪が炎の光を受けて橙に染まっている。


「干し肉しかないぞ」


「いいです」


 荷物から干し肉を取り出して投げた。ルナが両手で受け取る。危なっかしい取り方だった。


 小さな歯で干し肉の端を噛み切ろうとしている。顎に力が入っているのが分かる。


「……硬い」


「辺境の保存食だからな。顎を鍛えろ」


「ひどいです」


 頬を膨らませた。


 精霊なのに飯を食うのか、と聞いたら「食べなくても死にませんけど、食べたいです」と言われた。面倒な生態だ。


 しばらく、焚き火の爆ぜる音だけが続いた。


 星が見える。木々の隙間から、細い月が覗いていた。


 ルナが空を見上げた。


「……月」


 呟くような声だった。それだけで表情が変わった。懐かしいものを見るような、痛いものを見るような、微妙な顔。


 聞かなかった。聞く必要がなかった。三百年、暗い神殿の中にいたなら、月を見るのも久しぶりだろう。


「ルナ」


「はい」


「明日の朝、街に戻る。お前はどうするつもりだ」


「どうするって——ユーリ様と一緒にいます」


 当然のように言った。


「契約で離れられないんでしょう。じゃあ選択肢ないだろ」


「契約がなくても一緒にいますけど」


 さらっと言われた。焚き火の光がルナの紫の瞳に映っている。真っ直ぐにこちらを見ていた。


 目を逸らした。


「……街で暮らすなら、最低限のルールがある」


「はい」


「人前で『ご主人様』は禁止だ。変な目で見られる」


「えっ」


「『ユーリさん』か——いや、それもまだ硬いか。普通に名前で呼べ」


「ユーリ様」


「『様』も取れ」


「ユーリ……さん?」


「まあ、それでいい」


「ユーリ」


 呼び捨てだった。


 ルナが試すように俺の名前を口にした。それから、にっこり笑った。


「ユーリ。うん、好きです、この呼び方」


 何が好きなんだ。


「あと、お前——その格好じゃ街は歩けない。服がいる」


 ルナの装束は古代の儀式服のようなもので、薄い布が体に巻き付いている程度だ。街を歩いたら確実に目を引く。


「ボク、服ないです」


「分かってる。俺の予備の上着でも被っとけ。街に着いたら何か買う」


「ユーリが買ってくれるんですか?」


 ルナの目がきらりと光った。


「……消去法だ。お前、金を持ってないだろ」


「持ってないです」


「だったらそうなる」


 嬉しそうにしている。理由が分からない。服を買ってもらうことの何がそんなに嬉しいんだ。


 予備の上着をルナに渡した。大人用だから当然ぶかぶかになる。袖の先から指先がちょこんと出ている。


「大きいです」


「我慢しろ」


「でも、ユーリの匂いがします」


 聞こえないふりをした。


 焚き火に薪を足す。夜は長い。交代で寝ようと思ったが——。


「ルナ、お前は寝るのか」


「寝なくても平気です。でも寝るのは好きです」


「じゃあ先に寝ろ。俺が見張る」


「嫌です」


 即答だった。


「なぜだ」


「ユーリが起きてる間は、ボクも起きていたいです」


 理由になっていない。だが、ルナの瞳が暗がりの中で妙に真剣に光っていた。


「……勝手にしろ」


 結局、ルナは俺の隣に座ったまま夜を過ごした。途中で船を漕ぎ始めて、気づいたら俺の腕にもたれて寝ていた。


 起こすのが面倒だったので、そのまま肩を貸しておいた。


 銀色の髪が腕にかかっている。軽い。温かい。


 三百年、独りだったのか。


 暗い神殿の中で、意識があるまま。


 ……考えるな。


 火を見ていた。朝まで。




 翌朝、森を出た。


 ルナは俺の後ろをぴったりと付いて歩いた。一歩でも離れると小走りで追いつく。試しに少し速く歩いてみたら、必死に走って追いかけてきた。


「置いていかないでください!」


 声に本気の焦りが混じっていた。遊び半分だったことに罪悪感が湧いて、足を止めた。


「置いていかねえよ。ただ歩くのが速いだけだ」


「……本当ですか?」


「嘘ついてどうする」


 ルナが安心したように息を吐いた。それから、俺の上着の裾をまた掴んだ。


 今度は何も言わなかった。


 森を抜ける途中で、契約の距離制限を身をもって知ることになった。


 ルナが木の根に足を引っかけて転んだ時、俺が気づかずに数歩先を歩き続けた。


 十歩ほど離れた瞬間——左手の紋章がずきりと痛んだ。


「っ——」


 振り向くと、ルナも胸を押さえてうずくまっていた。


「いた——」


「大丈夫か」


 駆け戻った。ルナの近くに行くと、痛みが嘘のように消えた。


「びっくりした……」


 ルナが目に涙を浮かべて俺を見上げた。


「離れると、痛いんですね」


「みたいだな」


 距離にして十歩前後。それ以上離れると契約紋が警告を出す。


 面倒な制約だ。風呂はどうする。トイレはどうする。


 考えるのはやめた。


「立てるか」


 手を差し出した。ルナが俺の手を掴んで立ち上がる。


 そして、離さなかった。


「……手、放していいぞ」


「嫌です。また転ぶかもしれないので」


 嘘だ。足元はもう平坦だ。


 だが、小さな手のひらが妙に必死に俺の指を握っているのを振り払うのは——できなかった。


 手を繋いだまま、森を出た。


 レグナの街の北門が見えた時、昼過ぎだった。


 門番が俺を見て、それからルナを見た。


「ユーリか。その子は?」


「……連れだ」


「連れ? お前が?」


 門番が露骨に目を丸くした。ソロで有名な傭兵が、子供を連れて帰ってきた。そりゃ驚くだろう。


「依頼の報告がある。通してくれ」


 門番はまだ不審そうだったが、通してくれた。


 レグナの街に入る。ルナが物珍しそうにきょろきょろしている。石畳の通り、露店の並び、行き交う人々。


「すごい……人がいっぱい」


「辺境の田舎町だぞ、これでも」


「三百年ぶりの街です。ボクにとっては大都会です」


 それはそうだ。


 ルナが俺の腕にしがみついた。人混みが怖いらしい。


 ——いや、違う。


 しがみつく力が、怖がりのそれとは違った。確認するような力。ここにいる、離れない、という意志のこもった掴み方。


 街の通りを歩きながら、俺は考えていた。


 こいつをどうするか。


 契約は解除できない。距離の制限もある。つまり一緒に暮らすしかない。


 部屋を広くしなければならない。服を買わなければならない。飯を食わせなければならない。


 金貨五枚の報酬が、秒で消えていく未来が見えた。


 ギルドに報告に行く前に、まず宿に連れて帰るか。


「ユーリ」


「何だ」


「ユーリの家、どんなところですか?」


「家じゃない。宿の一室だ。狭いぞ」


「ユーリがいるなら、どこでもいいです」


 真顔で言われると、返す言葉がない。


 宿に向かって歩く。ルナは俺の腕にしがみついたまま、嬉しそうに笑っていた。


 面倒くせえ。


 だが——悪い気はしなかった。


 それが一番、面倒くさい。

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