11話
体が重い。
ベッドに横たわっている。天井が揺れて見える。熱があるのかもしれない。
腕の傷は、ルナの治癒魔法でほとんど塞がっていた。痕は残るだろうが、動かすのに支障はない。
問題は体力だ。立てない。食欲もない。全身から力が抜けたまま戻ってこない。
ルナが俺の枕元に座っていた。ずっと。街に帰ってきてから、一度も離れていない。
「ユーリ、水飲みますか」
「……ああ」
水差しからコップに水を注いで、俺の唇に当ててくれた。少しずつ流し込む。喉が乾いていたことに気づいた。
「……すまん」
「謝らないでください。悪いのはボクです」
ルナの声が沈んでいる。
「ボクが暴走したせいで——ユーリがこんな——」
「お前のせいじゃない」
「ユーリのせいでもないです」
「じゃあ角鬼牛のせいだ。もういない」
ルナが小さく笑った。力のない笑いだった。
しばらく、沈黙が続いた。窓の外で虫の声が聞こえる。
「ルナ」
「はい」
「あの時のお前——目が変わってた」
ルナの手が止まった。
「ユーリが傷ついた瞬間、何かが切れたみたいに。別人だった」
「……分かってます」
ルナが膝の上で拳を握った。
「前もそうだった。エルドランと一緒にいた時も、エルドランが傷つきそうになると——ボクは制御できなくなる」
「前もか」
「はい。それがエルドランには都合が良かったんだと思います。ボクを怒らせれば、強い魔法が出る。だから——わざと危険な場所に連れて行ったり、自分が傷ついたふりをしたり」
ルナの声が震えた。
「ボクの暴走を利用してたんです。あの人は」
俺は黙って聞いていた。
「でもユーリは違う」
ルナが顔を上げた。紫の瞳がまっすぐにこちらを見ている。
「ユーリは利用しない。ユーリはボクが暴走しても怒らない。ボクを——道具じゃなくて、ボクとして見てくれる」
「当たり前だろ。お前は道具じゃない」
「……うん」
ルナが俺の手を取った。両手で包むように。
「だから怖い」
「何が」
「ボクが暴走したら——ユーリを殺してしまうかもしれない。ボクの魔力はユーリの命を使うから」
俺の手を握る力が強くなった。
「ユーリを守りたいのに。ユーリを守ろうとするとボクが暴走して、ユーリを傷つける。矛盾してます」
ルナの目から涙が一筋、流れた。
「ボクは——ユーリのそばにいていい存在なんですか」
聞かれた。
答えは一つしかなかった。
「いていい」
ルナが息を呑んだ。
「暴走は、次から加減すればいい。俺も気をつける。お前だけの問題じゃない」
「でも——」
「ルナ」
名前を呼んだ。ルナが口を閉じた。
「お前がいなかったら、俺はあの角鬼牛に殺されてたかもしれない。お前が守ってくれたんだ」
「……」
「結果として俺が疲れた。それだけだ。寝れば治る。お前が暴走したから俺が死にかけたんじゃない。お前が暴走してくれたから俺は生きてる」
我ながら下手な励まし方だと思った。だが、嘘は言っていない。
ルナがしばらく黙っていた。
それから、俺の手を頬に当てた。涙で濡れた肌が指先に触れた。
「ユーリ」
「何だ」
「ボク——絶対にユーリを離しません」
前にも聞いた言葉だ。だが、今の声は前と少し違った。
恐怖や決意だけではない。もっと静かで、もっと深い何かだ。
「お前が離さないって言うなら、俺は逃げない」
「……約束ですよ」
「ああ」
ルナが俺のベッドに潜り込んできた。俺の腕に体を密着させる。いつもより体温が高い気がした。
「ユーリ」
「何だ」
「大好きです」
「……知ってる」
ルナが小さく笑った。今度は力のある笑いだった。
「知ってるって返すの、ずるいです」
「何がずるいんだ」
「否定しないから」
確かに、否定していなかった。
ルナが俺の胸に顔を埋めた。銀色の髪が首筋に触れる。くすぐったい。
小さな体が、しがみつくように密着している。
この精霊の少年は、俺を離さないと決めた。
それは束縛なのかもしれない。歪んだ愛なのかもしれない。
だが今、俺の腕の中にいるルナは、ただの——寂しかった子供にしか見えなかった。
三百年、暗闇の中で待ち続けた子供。
俺はルナの頭に手を置いた。
銀色の髪を撫でた。
ルナが幸せそうに目を細めた。
こういう顔を見ると、もう逃げられないな、と思う。
逃げたくないのかもしれない。
……面倒くせえ。
でも、温かかった。




