1_09_忠誠心MAXの従者がいる主人公
個性的すぎる幹部たちとの顔合わせの三日後、俺とシャーロット、エマはシルヴァネル商会の地下、新たな情報局の本部にいた。
長官室でくつろいでいる俺とシャーロットに、エマがそっと紅茶を淹れ直してくれる。
「エマもこの前の顔合わせに居てほしかったよ。全員キャラが濃ゆくて大変だった」
「ふふ、ルーク様が楽しそうで良かったです!」
「楽しそう……?」
顔合わせの日、エマは情報局副長官補佐として仕事があったのだ。
「でもエマがいてくれて助かっているよ」
「副長官補佐として、ルーク様の従者として当然のことです!」
ニコニコと答えるが、この数ヶ月、俺たちの補佐として情報局の立ち上げと学院生活の調整、情報局の業務まで完璧にこなしてくれた彼女の負担は、計り知れない。
「さて、と」
俺は新しく淹れられた紅茶を一口飲み、シャーロットと共に情報局の今後の方針を最終確認する。
「シャーロット。今日から諜報部30名が、順次国内外の任地へ散開する。彼らに与える当面の指針は、以前の襲撃犯の正体を特定すること。だが、それはあくまで短期的な目標だ」
「ええ。わかっているわ」
シャーロットが、長官の顔で頷く。
「彼らの真の任務は、特定の何かを探すことではない。軍事、経済、政治……彼らが見聞きする、あらゆる些細な情報を、この本部に集積させ続けること。でしょ、ルーク?」
「その通りだ。敵の正体はその集積した情報の結果として、勝手に浮かび上がってくるはずだ」
こうして、情報局はイグニス王国の陰の組織として、本格的に始動した。
――――――――――
それから、約一年半の月日が、矢のように過ぎ去っていった。
俺とシャーロットの生活は、まさしく二重生活という言葉がふさわしいものだった。
学院での俺たちは、表向き騎士学院の優等生だった。
シャーロットは国王陛下の公務、主に外交に同行し、その聡明さと気品で、他国の使節団からも高い評価を得始めていた。
彼女はもう、姉と自分を比べるような焦りをその瞳に宿すことはないだろう。
そして俺は、シャーロット専属近衛騎士の座を確実にするため、首席の座を必要としていた。
シャーロットは学院を卒業したら、王族として外交関係の公務を行うことになっている。
その際、専属近衛騎士は動きやすい。
三席で入学した俺が、首席のマクシミリアンを自然に追い抜くのは、ある意味、諜報活動よりも骨が折れる作業だった。
俺は実力を隠蔽したまま、彼の得意分野である模擬戦ではあえて僅差で勝利を拾い、彼が苦手とする戦術学や歴史学では、努力の成果として完璧な回答を提出し続けた。
俺が評価を上げるたび、マクシミリアンは焦り、その傲慢さが彼のミスを誘発した。
徐々に、しかし確実に、俺はエディンバラ公爵家の三男としての評価を首席へと塗り替えていった。
その結果、彼からの敵意は卒業が近づくにつれて殺意と呼べるレベルにまで高まっていたが、知ったことではない。
そして、学院の制服を脱いだ放課後と休日。俺たちは情報局の副長官と長官に戻る。
シルヴァネル商会王都本店真下の巨大な地下空間にある秘密情報局本部、そこは王国で最も多忙な場所と化していた。
「イヴ姉さん、例の金の流れは追えたか?」
「当たり前。ルー君の頼みだもの。……昨夜、徹夜で仕上げた。お姉ちゃんを褒めて」
「ああ、偉い偉い。ありがとう」
「……よし。モチベーション120%」
俺がイヴの青緑色の髪を軽く撫でると、彼女は無表情のまま満足げに目を細め、再び膨大な分析データへと意識を戻す。
彼女が率いる分析官たちは、国内外の諜報員から送られてくる一見バラバラな噂話や取引の記録に昼夜忙殺されていた。
「帝国で特殊な訓練を受けた部隊の噂」
「ある商会がイグニス王国に武器を密輸しているルート」
「ラザフォード家の教育係が、不審な男爵と頻繁に接触している」
それらの情報をイヴ率いる分析部が、1つの恐るべき可能性に帰結させた。
その可能性を確かめるため、特務部が動く。
「ウィンストン、例の男爵の屋敷、探りは入れたか?」
「はっ。サイラスとエレナがすでに。エレナをメイドとして潜入させ、屋敷の構造は完全に把握しております。あとは副長官の御命令だけで」
老紳士は、完璧な所作で紅茶を淹れながら、元暗殺者の目で静かに答える。
俺たちは、敵に気づかれぬよう、水面下で着実に証拠を積み上げていった。
――――――――――
そして、卒業式を一ヶ月後に控えた、ある肌寒い夜。
俺は、シャーロットと共に情報局本部の作戦会議室にいた。
イヴから、この約一年半にわたる分析結果を聞くためだ。
「……結論が出た。二年前の長官襲撃、そして国内で確認されていた敵諜報網は、すべて一つの組織に繋がる」
イヴが、地図に黒い狼の印を貼り付ける。
「シュタール帝国のナハトヴォルフ。暗殺・破壊工作・諜報を専門とする、帝国の影の組織」
ついに掴んだ敵の正体。だが、イヴの報告は終わらない。
「そして、これが彼らの国内における活動実態。彼らは王女襲撃の裏で、ラザフォード侯爵家封臣の男爵とマクシミリアンの教育係を、協力者として取り込んだりしてる」
イヴは、彼らの金の流れ、密会の記録、そして武器の密輸ルートを記した詳細な報告書を俺たちの前に置いた。
「これを枢密院会議に提出すべき」
俺とシャーロットは、その分厚い報告書を前に表情を引き締めた。
――――――――――
〈Ema`s perspective〉
ある日の深夜。
シルヴァネル商会の地下本部にある副長官執務室は、静寂に包まれていた。
「……すぅ……すぅ……」
書類の山に埋もれるようにして、ルーク様が机に突っ伏して眠っている。
その寝顔は、昼間の騎士学院で見せる優秀で完璧な公爵子息の仮面とも、部下たちの前で見せる副長官の顔とも違う。
年相応の、無防備な青年の顔だ。
「お疲れ様です、ルーク様」
私は起こさないようにそっと歩み寄り、肩に毛布をかけた。
この最近、ルーク様の忙しさは常軌を逸している。
学院では、実力を隠して主席卒業への道程を演出しなければならない。
今日のラザフォード侯爵令息との模擬戦も見事だった。あえて泥臭い接戦を演じ、最後は必死の一撃放って勝ったようにみせた。
(本当なら、あんな人一瞬で勝てるのに……)
少しだけ悔しいけれど、それがルーク様が決めたことなのだから仕方がない。
そして放課後は、こうして国の裏側を守るための激務が待っている。
「……ん、エマか?」
毛布の温かさに気づいたのか、ルーク様がゆっくりと目を開けた。 碧い瞳が、ぼんやりと私を映す。
「はい。夜食のサンドイッチをお持ちしました」
「ああ、助かる。……腹が減って目が覚めたところだ」
ルーク様は体を起こし、大きく伸びをする。
私は淹れたての紅茶を差し出した。
「もうこんな時間か。エマも先に帰って寝ていればよかったのに」
「従者が主君より早く休むわけないじゃないですか」
私が胸を張って答えると、ルーク様は苦笑しながらサンドイッチを頬張った。
「ふっ、従者の鑑だな」
「ふふ。それに……」
「ん?」
「こうして二人きりで夜食を食べていると、昔に戻ったみたいで楽しいんです」
そう言うと、ルーク様は少し驚いた顔をして、それから優しく微笑んだ。
「そうだな。あの頃は二人で何かすることが多かったな」
「はい、ルーク様に拾われてから毎日が楽しくて。剣を教えてもらったり、森で冒険したり、商会をつくったり、言い切れません」
「少しづつ笑顔が増えていくエマを見るのが嬉しくて、いろいろ一緒にやったな」
そんなことを思ってくれていたなんて。やはりルーク様に拾われたのが最大の幸運ですね。
「ええ、その時から私は信じていましたよ。ルーク様はいつか、すごいことを成し遂げるって」
「……買いかぶりすぎだ」
照れ隠しに紅茶を飲むルーク様を見て、私は心の中で小さくガッツポーズをする。
シャーロット様やイヴ様、魅力的な女性が周りに増えたけれど、この素のルーク様を知っているのは、私だけ。
「さて、食べたし寝たし、もう一仕事するか」
「はい! お手伝いします!」
「ああ。頼りにしてるよ」
その一言だけで、どんな疲れも吹き飛んでしまう。
私は空になったカップを受け取り、幸せな気分で給湯室へと向かった。
願わくば、これからもずっとルーク様の隣に入れますように!




