1_07_(前編)ジョーカーゲームより鬼畜な訓練課程を用意する主人公
< 3 months later >
学院の休日、俺とシャーロットは庶民街に佇む大きな建物に来ていた。
ここは俺の商会が買い取った元傭兵団の本部で、広い部屋や屋内訓練場を備えている。
秘密情報局の訓練施設としてはうってつけだ。
前世の記憶を頼りに改装した教室のような広い部屋。その教壇に、俺とシャーロットは並んで立っている。
眼下には、この三ヶ月をかけて選び抜いた43名が、緊張した面持ちでこちらを見上げていた。
シャーロットが、長官としての威厳に満ちた声で告げる。
「本日よりあなた達は、イグニス王国秘密情報局の局員となります。それぞれ――」
彼女が話している間、俺はこの怒涛の三ヶ月間を振り返っていた。
一般の募集に、目ぼしい人物へのスカウト。膨大な量の身元確認に、過酷な選抜試験。
その全てを、俺とシャーロット、そしてエマの三人だけで主導したのだ。
もちろん、枢密院のメンバーから資料提供などの協力はあったが、それでも目まぐるしい日々だった。
だが、本当の戦いはここからだ。
これから六ヶ月の教育期間で、彼らを一流の情報機関員に育て上げなければならない。
外部から各分野の専門家を講師として招き、知識や技術を叩き込んでもらう手筈は整っている。
あと、特殊な専門家も招く予定だ。
手品師や鍵師、詐欺師に暗殺者。諜報員達には役立ちそうなものは全て身に付けてもらう。
そして、俺の担当は、この組織の根幹となる諜報技術や情報戦そのものだ。
……俺自身が、誰かに教えて欲しいくらいなんだがな。
内心でそんな弱音を吐いていると、シャーロットが話を締めくくった。
「――私からの言葉は以上となります。最後に、副長官からお話があります」
前から思っていたが、シャーロットは演説系がめちゃくちゃうまい。
引き込まれるというかなんというか。
シャーロットに促され一歩前に出る。
眼下にある全ての瞳が真っ直ぐに俺に突き刺さる。
貴族も、平民も、元騎士も、元ごろつきもいる。
だが、その瞳に宿る光は同じだ。
「副長官のルーク・エディンバラだ。皆も知る通り、我が国は騎士の国として大陸で名を馳せている。建国から現在に至るまでこの国は大陸最強の騎士団に守られてきた」
この国は幾度となく侵攻を受けてきたが、その全てを跳ね返している。
「しかし、騎士だけではこの国を守れない時代が来る。何故なら敵は陰に潜んでいるからだ。ならば我等も陰に潜むのみ」
騎士とは違って公に称賛されることは恐らくないだろう。
それでもこの国を守るという覚悟を全員が持っている。
「陰に潜んで我が国の為に情報を集めるのが君達の使命だ。ひいてはそれが国を守ることに繋がるであろう。以上だ」
それから、六ヶ月間の地獄のような教育期間が始まった。
訓練課程は分析官と諜報員で分けて行う。
分析官は、基礎学術として地政学や軍事学、経済学や政治学などを学ぶ。
基礎的な知識がないと分析も何もないからな。
その後は情報処理技術や分析・思考技術として論理的思考や心理学を学んでいく。
国内外から送られてくる断片的な情報を、分類整理してデータベース化する技術は非常に重要だ。
心理学は、国の指導者や協力者がどのような動機で動くのかを理解するために役立つ。
あと情報処理技術の1つとして統計学を、星詠院の人に教えてもらうため調整中だ。
星詠院はやや閉鎖的な組織で、どのような技術を持っているかは分からないが、これまでの国王陛下への提言を調べた感じ、恐らく統計学に非常に優れた人材が数多くいるとにらんでいる。
最後に、報告書作成術と諜報員から送られてくる暗号化された報告書を読むための暗号解読を学んで立派な分析官の誕生だ。
専門家を探すのが非常に大変だった。
心理学など、まだこの世界で学問として確立されていない分野は、それに秀でた人物を探すか、俺が教えるしかなかった。
心理学などは特に前世でかじった付け焼刃の入門知識だ。
それをこの世界の貴族社会や人間関係に当てはめて、徹夜して一から教科書を自作した。
だが幸いなことに、分析官候補として選抜したイヴを筆頭とする10名は、その新しい学問をスポンジが水を吸うように吸収していった。
一方、諜報員の教育はより実践的かつ過酷を極めた。
王国一と謳われた元手品師を呼び、人の注意を逸らす技術(前世ではたぶんミスディレクションと呼ばれていた)や、手品自体を。
数年前に捕らえられた有名な義賊からは減刑と引き換えに、鍵開けや音をたてない歩き方、罠の解除や設置などを。
王国の裏社会でそれなりの地位にいる酒場の爺さんには、相手に喋らせる話術や酒の席での情報の集め方。
爺さんとは知り合いだったので何とか講師として招聘できたが、俺の貯金からごっそり持っていきやがった。
そして俺自身は諜報技術全般と最低限の戦闘技術を。
戦闘は最終手段として、何よりも生きて情報を持ち帰るという事に重点を置いた。
他にも様々な知識、技術を学んだ。
この6ヶ月は、局員たちにとってまさに地獄だっただろう。すべての訓練課程を一緒にこなした俺が言うのだから間違いない。
特に貴族出身や騎士にはきつかったはずだ。
彼らがそれまで培ってきたプライドや、貴族と平民と言った身分の差、騎士道精神はこの訓練でズタズタに引き裂かれた。
選抜したエリートとはいえ、何度か脱落者が出そうになった。
だが、そのたびに仲間の局員たちやシャーロットが長官として励まし続けた。
初日のように教壇から43名を見下ろす。
もうただの貴族でも、文官でも、元ごろつきでもない。
出身も身分もバラバラだが、同じ地獄を乗り越えたという奇妙な連帯感と、王国初の情報機関員としての鋭い光をその瞳に宿していた。
俺はシャーロットと視線を交わし、教壇の中央に出る。
「おめでとう、今日この日をもって訓練課程を修了とする。誰一人欠けることなく修了できたことは誇るべきだろう」
うん、マジですごい。
訓練課程を考えた俺が言うのもなんだが、脱落者は出るんじゃないかと思っていた。
「分析官の本部への異動や諜報員の配置は後日通達する」
ここはそのまま訓練施設にし、本部としてシルヴァネル商会の王都本店の地下を改装して準備してある。
商会は、国内外から様々な人間や物資が出入りし、莫大な資金が動くので隠れ蓑として最適だと判断したからだ。




