1_03_ストーカー疑惑の主人公
入学からひと月たった。
シャーロット殿下の拒絶を受けた俺は、表向きは彼女の護衛としての行動をとらなかった。
しかし、授業中や昼休みなどの時間も常に彼女が視界に入る位置を確保し、周囲を観察していた。
彼女の行動パターン、よく通る道などを憶えて、危険な個所を頭に叩き込んでいく。
途中、あれ?これストーカーなのでは?と思ってしまったが、俺に国王陛下からの命令をさぼる度胸はないのでどうしようもない。
そもそも、本来は学生の護衛任務なんてこのようにやる必要はない。ただ授業中や休み時間に学友として傍にいて、もしもに備える程度だ。
だが、シャーロット殿下に真正面から必要ないと言われてしまった以上、その方法は使えない。
シャーロット殿下の意思を尊重しつつ国王陛下の命令を達成するためには、彼女の行動を予測し、気づかれる前に危険そのものを事前に排除するほかない。
かなり難しいが、学院内という限られたフィールドかつ危険が少ないからこそ何とかなっている。
俺は、今日も今日とてそんなことをしていた。
シャーロット殿下は、講義中も昼休みも常に一人だ。
彼女に話しかけようとする生徒は男女問わずいるのだが、その全てを氷のような態度で退けている。主席のマクシミリアンでさえ、毎日のように声をかけては砕け散っている。
彼女は授業中だけではなく昼休みも一生懸命頑張っている。
食事を早々に済ませ、一人で訓練場に向かい汗を流している。その姿はまるで何かを追いかけるように、文字通り一生懸命だ。
そんな相変わらずの一日が終わり、シャーロット殿下は迎えの馬車に乗り込むため、学院の正門へと向かう。
普段通り護衛は近衛騎士が二名。俺も学院内から距離を保ちながら、いつも通りその様子を見送っていた。
その時ふと、ほんのわずかな違和感を覚えた。
正門近くの道で果物を売っている露天商。
ここひと月、一度も見たことがない顔だ。商品を並べる手つきもどこかぎこちない。
そして、露天商の男と一瞬だけ視線を交わした奴。
道の向かいで壁に寄りかかっている男。こちらも見慣れない顔で、服の下の体格がやけに鍛えられているように見えた。
考えすぎか……?
いや、こういう胸騒ぎは前世から大抵当たる。
俺は隣にいたエマに小声で指示を出した。
「エマ、少し急いでくれ。あの馬車を、一本西の通りから追跡してほしい」
「? かしこまりました、ルーク様」
エマは事情を問わず、すぐに駆け出した。
俺は人混みに紛れ、建物の壁を足場にひらりと屋根の上に飛び乗る。ここからなら、馬車を見失うことはない。
馬車はいつも通り、王城へと続く大通りを進んでいく。
だが、3つ目の角を曲がったところで、一台の荷馬車が道を塞いでいた。
シャーロット殿下の馬車は仕方なく、人通りの少ない脇道へと進路を変える。
――誘い込まれたな。
俺の予感は確信に変わった。
脇道に入って少しすると、フードをかぶった怪しげな男たちが、隠し持っていた剣を抜き、馬車の護衛をしていた近衛騎士に襲いかかった。
「敵襲!」
近衛騎士もすぐに応戦するが、相手の方が数が多く、何より連携が取れていた。
一人が近衛騎士の盾を無効化し、その隙に左右から別の者が斬りかかる。騎士の動きを知り尽くしたプロの戦い方だ。
悲鳴を上げる間もなく、二人の近衛騎士は血の海に沈んだ。
離れた屋根にいた俺が近づく時には、襲撃者の一人が乱暴に馬車の扉を引き開けた。
助けに向かうため、地面に飛び降りようとした俺はエマが現れたのを確認して他の目標に向かう。
(エマとシャーロット殿下なら数分は稼げるか?……となるとその間に目を潰すのが最適か)
このレベルの襲撃は、襲撃を監視している見張り役がほぼ確実にいるはずだ。
敵増援の可能性を考えると、これ以上後手に回るのを避けるため指揮系統の破壊が最優先だろう。
「魔力消費が激しいが仕方ない」
自分を中心として空気中に魔力パルスを放つ。
生命体や魔道具などの魔力に反射するので、その反応から路地周辺の怪しい人物を探す。
「――あいつか」
少し離れた建物の窓から襲撃の様子をじっと見ている男がいた。
久しぶりに全力で身体強化した脚を使い、音もなく屋根を疾走する。
一瞬で目標に近づいた俺は、窓に飛び込みながら男を床に押し倒す。
「――ッ」
男は突然の出来事にも反応し、短剣を素早く取り出した。
だがその反応を確認した俺は、短剣を持っている手首を一瞬で掴んで捻り上げた。
そのまま空いている手で男を殴り意識を飛ばす。
「一人だけか」
部屋を見渡し、男の服を漁ると魔力共鳴石が出てきた。
魔力を流すと対の共鳴石が光る石だが、恐らく他の仲間に合図を送るためだろう。
本当は紐か何かで縛りたいが、時間がないのでほったらかしにして窓に足をかける。
「二人とも無事でいてくれよ……!」
――――――――――
〈Charlotte`s perspective〉
今日の修練も、物足りないまま終わってしまった。
(……私は、前に進めているのでしょうか)
窓の外に流れる王都の景色を眺めながら、私は小さく溜息をついた。
姉上のように民を守れる強い王女になりたい。その一心で剣を振るってきたけれど、私はまだ何者にもなれていない。
焦りだけが、心を蝕んでいく。
その時、ガタンッ!と大きな衝撃と共に、馬車が急停止した。
「――ッ!?」
何事かと身構えた瞬間、外から剣戟の音と血を吐く音が聞こえた。
近衛騎士のものだ。それも、二人分。
息を呑むほどの静寂が訪れ、私は自分が置かれた状況を悟った。
――襲撃。
震える手で、腰に提げた剣の柄を握りしめる。
怖い。けれど、ここで無様に攫われるわけにはいかない。私はイグニス王国の王女であり、姉上の妹なのだから。
バンッ!!
凄まじい音と共に、馬車の扉が蹴破られた。
そこに立っていたのは、様々な格好をした男たち。共通しているのはフードの奥に見える瞳に一切の感情が宿っていないことだけだ。
「……何の真似です。わたくしを誰だと」
「無論、存じ上げておりますとも――シャーロット第二王女殿下」
リーダー格の男が、私の言葉を遮るように言った。
私は意を決して剣を抜き放ち、男に斬りかかる。
「――」
馬車内という狭い空間。私の剣は、相手の動きを的確に捉えたはずだった。
しかし、男は最小限の動きでそれをいなすと、私の腕を掴み、その手に持っていた何か――針のようなものを私の首筋に突き立てた。
「……っ!?」
チクリとした痛みの後、急速に全身から力が抜けていく。
剣が手から滑り落ち、私はその場に崩れ落ちた。
「麻痺毒ですか……卑怯な……」
「我々は騎士ではありませんので」
男はそう言って抵抗できなくなった私の腕を掴み、馬車の外へと引きずり出そうとする。
意識はあるのに、指一本動かせない。悔しさと絶望で、視界が滲む。
――姉さま、助けて。
そう心で叫んだ、その時だった。
「その御方を離しなさい!」
鈴の音のような、しかし凛とした声が響いた。
路地の角から、黄金の髪をなびかせた小柄な少女が、突風のような速さで現れ、襲撃者の一人に斬りかかった。
(あの子は……たしか、エディンバラ公爵の……)
入学式の日に、彼の隣にいた従者のエルフ。
彼女の剣技は私の想像を絶していた。俊敏な動きで敵を翻弄し、一瞬で一人を斬り伏せる。並の騎士では相手にならないだろう。
だが、敵もプロだった。
最初の混乱から立ち直ると、彼らは巧みな連携で少女を追い詰めていく。
連携して確実に囲い込んでくる敵を相手に、彼女は必死に戦っていたが、その動きは次第に鈍り肩を浅く斬られた。
「くっ……!」
そしてついに、リーダー格の男の一撃が彼女の剣を弾き飛ばす。
無防備になった彼女に、非情な刃が振り下ろされる。
(――やめて!)
声にならない叫び。
私がぎゅっと目を瞑った、その時だった。
ドンッ!という地響きのような音と共に、男の呻き声が聞こえた。
恐る恐る目を開けると、信じられない光景が広がっていた。
いつの間にか、リーダー格の男が地面に叩きつけられ、その背中を誰かが踏みつけていた。
見上げるとそこにいたのは、陽光に反射する銀髪を揺らし、氷のように冷たい碧い瞳で周囲の襲撃者たちを睨みつける、一人の青年。
その圧倒的な威圧感と冷徹な眼差しだけで襲撃者達の動きを止める。
「貴様ら殺されたいのか……?」
静かだが、心の底まで凍りつかせるような声が路地に響き渡った。




