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2.5_04_王女の休日〔前編〕

〈Charlotte's perspective〉


 待ちに待った休日、王都のメインストリートにある「中央噴水広場」は、正午を前にして多くの人々で賑わっていた。


 石造りの噴水が涼しげな水音を立て、その周りでは大道芸人がジャグリングを披露し子供たちの歓声が響いている。


 普段なら、王城のテラスや馬車の窓から遠巻きに眺めるだけの景色。けれど今の私はその喧騒のど真ん中に立っていた。


 (……大丈夫、誰にも分からないはず)


 私はそっと、自分の髪に触れる。


 指先に触れる感触はいつもと同じだが、そこに流れているのは鮮烈なワインレッドではない。


 今朝エレナが用意してくれた、シルヴァネル商会開発の特殊染料によって、私の髪は街並みに溶け込むような落ち着いた栗色に変わっている。


 『いいですかシャーロット様、この染料は水で洗い流すまで落ちません。それに、まだ商品化されてないので気づかれることはありません。安心してくださいね』


 エレナの言葉を思い出し、少しだけ勇気が湧く。


 服装も、エマが街の仕立て屋で買ってきてくれたクリーム色のワンピースだ。フリルは控えめで、スカート丈も動きやすい長さ。仕上げに少し大きめの丸眼鏡をかけている。


 今の私は、イグニス王国第二王女シャーロットではない。


 ただの休日の街歩きを楽しむ町娘――の、はずだ。


 それでも、何故か通り過ぎる時に視線を向けてくる方がいて、心臓が早鐘を打つ。


 「(それではシャーロット様、私はここまでです。デート楽しんでくださいね!)」


 ここまで秘かに護衛してくれていたエマさんの声が何処からか聞こえた。ということはルークが近くにいるのだろう。


 「……お待たせ、シャーロット」


 不意に、雑踏の中から聞き慣れた声がした。


 ビクリと肩を震わせて振り返る。


 そこには雑多な人混みの中でも一際目を引く、銀髪の青年が立っていた。


 「……ルーク?」


 私は思わず息を呑んだ。


 普段、近衛騎士や副長官としての彼はカッチリとした制服や儀礼用の鎧に身を包んでいる。


 けれど今日の彼は襟の開いた白いシャツに、紺色のラフなジャケットを羽織り、革のブーツを履いている。前髪も少し無造作に下ろしていて、騎士というよりはどこかの商家の若旦那のような、少し砕けた雰囲気だ。


 (かっこ、いい……)


 普段の凛々しさとは違う、年相応の青年の姿。


 それがあまりに新鮮で、そして似合いすぎていて私は言葉を失って見惚れてしまった。


 彼は私を見て一瞬だけ驚いたように目を丸くし、それからふわりと笑った。


 「すごいな。特徴を聞いていたから声をかけたが、振り返った瞬間誰だか分からなかったよ」


 「えっ……?」


 「雰囲気が全然違う。その髪色も、眼鏡も」


 彼は感心したように、まじまじと私を見つめる。


 その視線の近さに心臓がドクリと跳ねた。


 「ふ、ふふ、でしょう? エレナとエマが腕によりをかけてくれたの。『完璧な変装です!』って」


 私は動揺を悟られないように、少し自慢げに胸を張ってみせる。


 「なるほど、あいつらの仕事なら完璧だ。……なんていうか、すごく似合ってる」


 「ほ、本当?」


 「ああ。普段のドレス姿も綺麗だけど、今の姿も普通の女の子って感じで可愛いよ」


 「ッ……!」


 不意打ちの言葉に、私の顔が一気に熱騰した。


 頭の中で「可愛い」という言葉が何度も反響する。


 彼は似合っているというニュアンスで言っただけだと思う。でも、好きな人に真正面からそんなことを言われて平静でいられるはずがない。


 「そ、そう……ありがとう。ルークも、その服すごく似合ってるわ。いつもと違って新鮮ね」


 「はは、そうか? エマに選ばれたんだ。『デートならこれくらい着てください!』って押し切られてな。着慣れないから少し落ち着かないよ」


 ルークは少し照れくさそうに頬をかく。心の中で彼女に感謝の祈りを捧げる。


 「さて、行こうか。今日はエスコートするって約束だったな」


 「さて、行こうか。今日はエスコートするって約束だったな」


 ルークが自然に腕を差し出す。


 私は震える指先を隠しながら、その腕にそっと手をかける。


 温かい。大きくて、しなやかだが筋肉質な腕。その温もりが肌を通して伝わってきた瞬間、しばらく固まってしまった。


 王女として培ってきた精神力を総動員して返事をする。


 「ええ……お願いするわ」


 私たちは並んで、休日の大通りへと歩き出した。


  街は活気に満ちていた。石畳の両脇にはレンガ造りの建物が並び、一階部分は様々な商店になっている。


 香ばしい匂い、人々の笑い声、呼び込みの威勢のいい声。普段は馬車の窓からガラス越しに眺めるだけの景色が、今は手が届く距離にある。そのすべてが新鮮で輝いて見えた。


 「わぁ……見てルーク! あの大道芸、火を吹いてる!」

 

 「ああ、東方の曲芸だな。……あっちには吟遊詩人もいるぞ」


 「すごい! あ、あのお店に並んでいる果物、見たことない形だわ」


 私は子供のように目を輝かせ、あちこちを指差してはしゃいでしまった。  王女としての教育を受け、常に「見られる側」として振る舞ってきた私にとって、こうして「見る側」として自由に歩けることが、どれほど自由で楽しいことか。


 ルークはそんな私に合わせて歩調を緩め、常に私が人混みに流されないように立ってくれる。少し人が多い場所では、さりげなく手を添えて守ってくれるし、段差があればすぐに手を貸してくれる。


 それは護衛騎士としての習い性なのかもしれない。けれど、そのスマートな気遣いが私には「大切にされている」という実感を与えてくれて、胸が甘く締め付けられる。


 「……お、ここはお洒落な店だな」


 ルークが足を止めたのは、ショーウィンドウに色とりどりの小物が飾られた雑貨屋だった。高級宝飾店のような煌びやかさはないけれど、手作りの温かみがあるアクセサリーや革製品が並んでいる。


 「入ってみるか?」


 「いいの?」


 「もちろん。今日は君の行きたいところに行く日だ」


 店に入ると、木の香りと共に、所狭しと並べられた雑貨が目に飛び込んできた。


 私は一つの髪飾りに目を奪われた。


 安価なガラス玉と真鍮で作られた、小さな花の髪飾り。王家の宝物庫にある宝石と比べれば子供の玩具のようなものだ。


 でも、太陽の光を受けてキラキラと光るそれはとても綺麗だった。


 「それが気になるのか?」


 隣からルークが覗き込んでくる。


 「ええ。……とても可愛いと思って」


 私が手に取ると、ルークは優しく微笑んだ。


 「今のいつもの髪色によく似合いそうだ。……よし」


 彼はそう言うと、私の手から髪飾りを取り、レジへと持っていってしまった。


 「えっ、ルーク!?」


 「プレゼントだ。日頃の感謝と今日の記念に」


 戻ってきた彼は、小さな包みを私に手渡した。


 「そ、そんな……悪いわ」


 「気にするな。高いものじゃないし、俺があげたいだけだから」


 そう言って笑う彼に、私は胸がいっぱいになって言葉が出なかった。


 「今日の記念」。その言葉が、どんな高価な宝石よりも嬉しかった。

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