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2.5_02_分析官は背中を押す

〈Eve's perspective〉


 翌日の情報局本部、長官室。


 机に積み上げられた報告書の山、その中にいる人物を見ながら私は眉をひそめた。


 「……」


 最近、目の前で書類仕事をしている人物――我らが長官、シャーロット・ヴィクトリア・イグニスの作業効率が低下している。だが、今日はいつにもまして進まない。


 普段の彼女なら数分で決済する書類を、もう十分も見つめたままだ。しかも視線は文字を追っておらず、虚空を彷徨っている。


 時折、「はぁ……」と熱っぽい溜息をつき、自身の頬をペタペタと触る始末。


 「……」


 私は手元に持っていた報告書を置き、傍らに控えていたエマと視線を交わした。エマも「やれやれ」といった顔で肩をすくめている。


 「長官」


 「――ひゃっ!? な、なに? イヴ」


 私が声をかけるとシャーロットはビクリと肩を跳ねさせ、慌てて書類を取り落とした。


 明らかに挙動不審。


 私は無言で彼女を立ち上がらせ、ソファーへ座らせる。そして対面へエマとともに座った。


 「単刀直入に聞く。……密かにルー君と恋仲になった?」


 「は……?」


 シャーロットの思考が停止したのが分かった。数秒の沈黙の後、彼女の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。


 「な、ななな、何を言っているのイヴ!? そ、そんなわけないでしょう!?」


 「最近、長官のルークに対する様子が明らかにおかしい。聖王国から帰ってきてからだから、魔導列車か聖女祭で何かあったとしか思えない」


 「そ、それは……! 魔導列車の吊り橋効果というか、吊り橋効果ってのはああいう場面で起きやすいというか、なんというかその……!」


 翡翠色の美しい瞳を泳がせながら、しどろもどろになるシャーロット。


 だが、その瞳には否定しきれない甘い色が宿っている。しばらく言い訳を繰り返していたが唐突に項垂れた。


 「……それに、仮に私がそう思っていたとしても無理よ」


 シャーロットが不貞腐れたように呟く。


 「私は第二王女。彼は公爵家の三男。……王家が自由な恋愛なんて許すはずがないわ。いずれ私は、国益のために誰かと……」


 私には、それが諦める言い訳にしか聞こえなかった。


 「……やっぱりルー君のこと好きなんだ」


 「え?」


 私は冷めた紅茶を一口飲み、淡々と告げる。


 「分析官として言わせてもらう。……貴女とルー君の婚姻は、王家にとって『許されない』どころか、確実にメリットがある」


 「……どういうこと?」


 シャーロットが顔を上げる。


 私は指を一本立てた。


 「理由1、ルー君という規格外戦力の囲い込み」


 私は先日の戦闘データを提示する。


 「彼は今回の作戦で、ドラゴン級の魔力と、単騎で戦況を覆す戦闘能力を証明した。戦闘能力に関しては以前からだったけど。加えてエルフや裏社会への個人的なコネクション、商会を通じた経済力……ハッキリ言って、一公爵家の三男に収まる器じゃない」


 「それは……そうね」


 「そんな劇薬のような人材、王家としては手放すわけにはいかない。もし彼が他国の貴族や、あるいは政敵の娘と結婚して取り込まれれば、王家にとって致命的な脅威になる」


 私は彼女の目を見据える。


 「だから王族である貴女が彼を婿として迎え入れ、王家に縛り付ける。これは国防上、最も合理的かつ推奨される解決策」


 「……!」


 「理由2、創設者であること」


 私は二本目の指を立てる。


 「ここの存在は国家最高機密。情報機関の創設者を手放すわけがない。それに長官と副長官が夫婦になれば、機密保持の観点からも最強のパートナーシップが築ける。他言無用の秘密を共有する夫婦……ロマンチック」


 「……っ」


 シャーロットの顔が再び赤くなる。ロマンチックかどうかは理由として蛇足だが、顔を赤くしたのでいいだろう。


 項垂れていたシャーロットは、いつの間にか前のめりになっていた。


 「そして理由3……これは私の個人的な見解」


 私は指を下ろし、少しだけ表情を緩めた。


 幼い頃から知っている少し天然な、でも誰より優しい弟のような彼のことを思い浮かべる。


 「ルー君は放っておくと一人で無茶をして、どこかへ行ってしまいそうな危うさがある。……彼の手綱を握り、隣で支えられるのは貴女かエマくらいしかいない」


 私は席を立ち、シャーロットの肩に手を置いた。


 「ルー君の姉として言わせてもらう」


 私がそう言うと、隣で「……姉?」と聞こえたが無視して続ける。


 「……ルー君をお願い。彼には貴女のような人が必要」


 「イヴ……」


 シャーロットの瞳から、不安の色が消えていく。代わりに宿ったのは希望と、そして新たな決意の光。


 「……ありがとう」


 「感謝は不要。事実を述べただけ」


 今回は言わなかったが、シャーロットとルークが婚約する場合に一番の障害となるのは貴族のはずだ。王家や情報局の存在を知っている枢密院のメンバーは賛成すると考えられるが、何も知らない貴族が納得するとは考えづらい。


 だが、あのルークだ。副長官としてではなく、騎士としても大成するだろう。現に、ラザフォード侯爵が魔導列車の件で勲章を推薦しているという。


 時間の問題だろうな、とは思っている。


 「ただ、何故かルー君は恋愛に関して避けている節がある。無意識なのかはわからないけれど、何か枷があることは間違いない……ああ見えてルー君は感情の機微に敏いから、アプローチし続ければ届くはず」


 「そうなのね。わかったわ」


 そこへ、今まで黙って聞いていたエマが一歩前に出た。

 

 「そのあたりは、私にお任せください。……まずは外堀から埋めましょう!」


 エマがシャーロットに耳打ちする。


 「次の休日、空けておいてくださいね。……デート作戦、決行です」


 長官室に、王女と従者の華やいだ声が響く。


 私はやれやれと息を吐きつつ、心の中で小さく「頑張れ」と呟いた。

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