2_10_本当に人間なのか疑われる主人公
メンテナンスハッチをくぐり抜けた瞬間、俺は息が詰まるような重圧に包まれた。
「っ……!」
これは、高純度の魔力が狭い空間に充満したことによる「魔力酔い」のような感覚だ。
機関室の内部は、異様な光景だった。
破壊された制御盤からは火花が散り、無残に切断されたパイプからは気化した魔力が白煙となって噴き出している。
そして何より中央に露出する魔導エンジンの一部が、制御を失って暴走し、バチバチと青白い稲妻のような放電を繰り返していた。
キィィィィン……!
耳鳴りのような高周波音。臨界点が近い証拠だ。
「……おい! 生きてるか!」
俺は部屋の隅で倒れ込んでいたドワーフ――車掌兼警備主任のガリウスに駆け寄り、肩を揺さぶった。
「ん……うぐ……」
ガリウスがうめき声を上げて目を開ける。
彼はエンジンの状態を見ると、絶望に顔を歪めた。
「あぁ……終わった……」
「整備士を呼んでもこの暴走は止まらないのか?」
「ああ、儂らドワーフは全員が整備士の知識は持っておる。その中でも儂は一番の技術者だ。その儂から見てももう手遅れだな。リミッターの魔石が物理的に砕かれているし、制御弁も全開だ」
彼は力なく首を振る。
「この暴走は、もう竜神様に祈っても止まらん。今のエンジン周辺は魔力の密度が高すぎて、近づくだけで神経が焼き切れるぞ……」
専門家であるドワーフが匙を投げたのだ。常識的に考えれば、もう手遅れなのだろう。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。
「制御できないなら、力づくで押さえ込めばいい」
「……は?」
ガリウスが呆気にとられた顔をする。
「エンジンの回転方向に対し、外部からそれ以上の魔力を逆流させて、物理的に回転を止める」
「し、正気か!? 滝をバケツで受け止めるようなものだ! 人間の魔力回路が耐えられるわけがない、内側から破裂して死ぬぞ!」
「そうか。で、論理的には可能なのか?」
「……考え方はあっている。そこの切断されている魔力パイプから流せばいいはずだ。だが……人間で言うドラゴンと同程度の魔力量と魔力回路がないと厳しいぞ」
「まあ、魔力量には自信があるんだ」
俺は直前の戦闘で負傷した左腕を庇い、まだ無事な右手をかざして、エンジンへと慎重に近づく。
「下がってろガリウス」
俺は切断された魔力パイプに右手を押し当てた。
バチィッ!!
「くっ……!!」
猛烈な拒絶反応。
暴走する赤黒い魔力が、俺の体内に侵入しようと牙を剥く。神経をヤスリで削られるような激痛が走る。
俺は奥歯を砕けんばかりに噛み締め、体内のリミッターを全解除した。
ラザフォード侯爵からは出来るだけ隠しておきたかったが、列車が脱線するよりはいいだろう。
公爵家三男としても、近衛騎士としても隠し続けてきた、規格外の魔力量。それを全て、右腕一点に注ぎ込む。
俺の咆哮と共に、機関室全体が青い燐光に包まれた。
泥のように重く、荒れ狂うエンジンの出力。それを清冽な青い魔力が真っ向から押し戻していく。
「な、なんだその魔力量は……!? 貴様、本当に人間か!?」
背後でガリウスが腰を抜かす気配がしたが、構う余裕はない。
右腕も体内の魔力回路もすでに限界だ。だが、エンジンの回転が鈍り始めた。
「……大人しくしろ、鉄屑ッ!!」
最後の力を振り絞り、魔力の奔流を叩き込む。
ガゴンッ!!
巨大な鉄塊が悲鳴を上げ――そして、沈黙した。
エンジンの回転が停止し、荒れ狂っていた放電が消える。耳が痛くなるほどの静寂が機関室を支配した。
「はぁ……はぁ……」
俺は壁にもたれかかるようにして、膝をついた。
右手の感覚がない。全身が鉛のように重い。
「と、止まった……? あの暴走を、たった一人で……?」
ガリウスが信じられないものを見る目で俺を見つめている。
その時、頭上のハッチから2つの影が飛び降りてきた。
「副長官!」
着地したのは、ウィンストンとサイラスだ。
彼らは俺の惨状を見て息を呑んだが、すぐにプロの顔に戻り、俺の両脇を支えた。
「……ご無事ですか」
「ああ、なんとかな。……ウィンストン、状況は?」
「動力炉は破壊済み、敵部隊も制圧しました。戦闘場所の後処理も行いました。ですが、指揮官を取り逃がし……追跡中に、今までにないほどの膨大な魔力の奔流を感じたため、急ぎ駆けつけたのですが」
ウィンストンは言葉を切り、周囲に漂う濃密な魔力の残滓と沈黙したエンジン、そしてボロボロになった俺を交互に見比べた。
常に冷静な老紳士の目が、驚愕に見開かれる。
「まさか……先程のあのプレッシャーは副長官ご自身の魔力でしたか? この暴走する鉄塊を、御身一つでねじ伏せたとおっしゃるのですか?人間の所業ではありませんが……」
「……流石です!副長官!」
サイラスはますます心酔した目でそう言う。
「必死だったんでな。……で、逃げた指揮官だが」
「あ、はい。申し訳ありません、まさか列車を暴走させるとは」
「気にするな。そいつならもう魔物の餌にでもなっているはずだ」
「左様で……。我々の不手際まで処理していただき、感謝の言葉もありません」
ウィンストンが深く頭を下げる。
「いいさ。それより、後処理だ」
俺は痛む腕を抑えながら、視線をガリウスに向ける。
「……ガリウスさん、頼みがある」
俺は息も絶え絶えに、警備主任に声をかけた。
「この件は、帝国の暴走した兵士たちによる魔導列車ハイジャック未遂事件……そして、それをアンタと俺で協力して食い止めたことにしてほしい。俺の力が公になると、色々と面倒なんだ」
ガリウスは暫く俺を凝視していたが、やがて太い腕で自身の胸を叩いた。
「……ふん。命の恩人の頼みだ。ドワーフは恩を忘れん。この奇跡は、儂の墓場まで持っていくと誓おう」
「感謝する」
俺はウィンストンたちに向き直る。
「二人はここでガリウスを手伝い、現場の隠蔽工作を頼む。ナハトヴォルフの痕跡を消し、暴走した兵士たちの仕業に見せかけるんだ。細かいシナリオは後で報告してくれ」
「御意」「はっ」
「ガリウスさん、列車を走行可能な状態まで修理できるか?」
「もちろんだ」
「流石ドワーフだな。……よし、俺は戻る。侯爵に報告しないといけないからな」
俺は二人に支えられながら立ち上がる。
だが、客室へと続く鋼鉄の扉はファングによって内側のロック機構が徹底的に破壊され、鉄屑のように変形して固着していた。
「……開きそうにありませんね」
ウィンストンが呟く。
「副長官、俺に任せてください」
サイラスは身体強化した脚で踏ん張り、変形したドアの隙間に強引に指をねじ込むと全身の筋肉を膨張させた。
「ふんぬぁッ!!」
ギギギギギッ……バキンッ!!
凄まじい金属音と共に、分厚いミスリル合金の扉が悲鳴を上げ、蝶番ごと引きちぎられるようにして隙間ができた。
「いい身体強化だ」
「ありがとうございます!」
開かれた視界の先に連結部の通路が見える。
俺はサイラスに礼を言い、破壊された扉の残骸を踏み越えて客車の方へと歩き出した。




