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1_02_手を抜かない主人公

 入学式の日の朝、俺は騎士学院内で一番高い塔にいた。


 「ルーク様、学院内はほとんど見ましたけど後は何をするんですか?」


 「後は入学式の時間までここから見える景色と、学院内部のすり合わせだな」


 今日は早めに学院に入る許可をもらって下見をしていた。


 「学院内での護衛にそこまでする必要あるんですか?今日来る国王陛下の近衛騎士もそこまでしませんよ?」


 「まあ、学院内で護衛が必要になる事なんてそうないと思うけど、護衛を引き受けたからには仕事はしないとね」


 もし学院内で王女殿下に何かあれば、物理的に首が飛ぶまではいかないだろうが公爵家の不利益になることは確実だ。


 なので手は抜けない。


 

 暫く立っていると、続々と入学生が正門をくぐってきた。


 「もうこんな時間か」


 「集中されてましたね」


 「ごめんなエマ、付きあわせて」


 「いえ!魔力循環の鍛錬をしていたのでだいじょぶです!それにルーク様と素敵な景色を眺めることができただけで満足です!」


 「……なんていい子なんだ!」


 小さいころから知っているエマが――今も小さいけど――こんなに気遣いのできる子に育って嬉しい。


 「は、恥ずかしいです……ルーク様」


 思わず抱きしめると、エマが顔を赤くして俺から離れようとしていた。


 「え……?兄離れ?」


 「そ、そもそもルーク様は私のお兄さんじゃありません!」


 「ぐはっ」


 ショック過ぎてなんか心臓にダメージ食らったんだが。


 「あ!そ、そういうことではなくて!家族ぐらい大切には思ってますけど!」


 「――」


 「ルーク様!」


 「――っ、ごめんショック過ぎて意識失ってた」


 肩をグラグラされて気が付いた。


 「もう!貴族の方々も続々といらっしゃっているのでルーク様もそろそろ行きますよ!」


 綺麗な金髪を左右に揺らし、小柄な身体でぷんすか怒っているのもまた可愛いが、口に出したら怒られそうなので黙って式場に向かった。



――――――――――



 入学式が行われる大講堂は、新入生たちの期待と緊張が入り混じった独特の熱気に包まれていた。


 高い天井には王家と学院の紋章が描かれ、壁には歴代の英雄たちの肖像画が掲げられている。


 その荘厳な雰囲気に、誰もが気圧されているようだった。


 「すごいですね、ルーク様」


 従者は学院内での同行を許可されているため隣を歩くエマが、目を輝かせながら小声で言う。


 俺も内心では同意したが、今は感心している場合じゃない。護衛対象を探さないと。


 人混みの中、俺はすぐにその姿を見つけた。


 他の生徒たちが固まって談笑しているのとは対照的に、彼女は一人、誰とも言葉を交わさずに凛として立っていた。


 イグニス王国の第二王女、シャーロット・ヴィクトリア・イグニス。

 

 陽光を受け紅玉石(ルビー)のような光を返すワインレッドの美しい赤髪に、翡翠色の瞳。人形のように整った顔立ちは、近寄りがたいほどの気品を放っている。


 「行くぞ、エマ」


 「はい!」


 俺は背筋を伸ばし、彼女の元へと歩を進めた。


 「御入学おめでとうございます、第二王女殿下」


 俺は貴族の礼に則り、完璧なお辞儀と共に声をかけた。


 彼女はゆっくりとこちらに視線を向ける。その翡翠の瞳には、感情というものが一切浮かんでいなかった。


 「……何か御用でしょうか」

 

 「私はエディンバラ、ルーク・エディンバラと申します。本日より、学院内での殿下の護衛を務めさせていただくことになりました。以後、お見知りおきを」


 俺がそう言って再び頭を下げると、彼女はふう、と小さく息を吐いた。


 「エディンバラ公爵家のご子息が、わざわざご丁寧にどうも。ですが、わたくしに護衛は必要ありませんわ」


 その声は鈴の音のように美しいが、氷のように冷たかった。


 「しかし、これは陛下の……」


 「陛下の御心遣いには感謝いたします。ですが、自分の身は自分で守れます。お気持ちだけ受け取っておきますわ」


 それだけを一方的に告げると、彼女は俺に背を向け、友人を探す素振りも見せずにその場を離れてしまった。


 どうやら初手をしくじってしまったようだ。取り付く島もないとはこのことか。


 公衆の面前で、見事に護衛をクビにされたわけだ。


 あとで父に謝っておかないと。


 とはいえ本人が要らないと言ったからといって、国王陛下の頼み(命令)が無くなるわけではない。


 どうするか考えていると俺の前にわざとらしく影が差した。


「やあ、これはご愁傷様だな。エディンバラ公爵家三男殿」


 嫌味ったらしい声の主は、予想通りの男だった。


 主席入学のマクシミリアン・ラザフォード。自信に満ち溢れた表情で茶髪をかき上げながら、こちらを見下している。


 「ラザフォード侯爵子息か。何か用かな?」


 「いやなに、シャーロット王女殿下から直々にお断りされるとは、さぞかし無念だろうと思ってな。まあ、三男で三席のお前より、次期侯爵家当主で主席の僕が護衛にふさわしいのは当然の理だが」


 なるほど、今までパーティーなどで見かけても話すことがなかったので分からなかったが、このタイプか。


 後ろにいるエマから一瞬殺気を感じたので、後ろ手で殺気を抑えるよう合図する。


 「ふむ、つまりマクシミリアン殿は、私を護衛に任命された国王陛下のご判断が間違っていると、そう言いたいわけだな。成程さすが次期当主殿、なかなか勇敢だな」


 「なっ……!」


 俺が肩をすくめてそう言うと、マクシミリアンは一瞬言葉に詰まったようだった。


 その時、式の開始を告げる鐘の音が、大講堂に厳かに鳴り響いた。


 「おっと、そろそろ始まるようだ。失礼するマクシミリアン殿。行こうかエマ」


 俺はマクシミリアンに背を向け、エマと共に指定された席へと向かった。


 これから始まる学院生活、どうやら一筋縄ではいかないらしい。俺は小さく溜息をついた。

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