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2_06_完璧なエレナと速過ぎるエマ

 貨物室でウィンストンたちが破壊工作を行っていたのと同時刻。


 一等客室エリアの最奥部。重厚な扉の向こうに、貸し切りのVIPルームがあった。


 防音が施された壁に囲まれた密室。


 外の走行音さえ遮断された静寂の中には、三人の男たちの姿があった。


 革張りのソファに深く腰掛け、葉巻の煙を燻らせているのはホルン王国特使ゲオルグ。


 その向かいで神経質そうに指を組んでいるのは、ベイル公国特使サリウス。


 そして、上座で傲岸不遜な笑みを浮かべているのが、この会合のホスト役であるシュタール帝国の外交特使だ。


 部屋の入り口付近には、ただ一人、彫像のように動かない男が立っている。


 一般客と同じ服を纏ってはいるが、その隙のない立ち姿と鋭い眼光は、彼がタダモノではないことを雄弁に物語っていた。


 ナハトヴォルフの人間であり、今回の密約とコア輸送の現場指揮官である。


 テーブルの上には、最高級のクリスタルボトルに入ったブランデーと、三通の羊皮紙が並べられている。


 『三国軍事同盟 最終合意書』。


 イグニス王国を滅ぼし、その肥沃な領土を三ヶ国で分割するための、悪魔の契約書だ。


 だがそれすらも帝国の罠であることを二人の特使は知らない。


 たとえ罠だと気づいても、ナハトヴォルフによって帝国の傀儡となった他の貴族と替えられるだけだ。


 「……帝国の約束は、間違い無いのでしょうな?」


 サリウスが、疑り深い目つきで問う。


 「我々がイグニスに宣戦布告すれば、騎士団の怒りは全て我々に向けられる。帝国軍の介入が遅れれば、我々は瞬く間に蹂躙されますぞ」


 「くくっ、サリウス殿は心配性ですな」


 帝国の特使が、鷹揚にブランデーを揺らした。


 「ご安心を。話通り貨物室には、我が国の技術の結晶である『魔導兵器』の心臓部が積まれているのです。それが貴国に渡れば、イグニスの騎士など恐るるに足らん」


 「左様。それに、これは我々にとって千載一遇の好機なのだ」


 ゲオルグが身を乗り出し、欲に濁った瞳を光らせる。


 「イグニスの領土、資源、そして技術……。それらを我々が手にするのです。リスクを負う価値はある」


 「……ふむ」


 甘美な未来予想図に、サリウスの表情も緩む。


 彼らはすでに、ナハトヴォルフの用意した飴と鞭によって、正常な判断力を失っていた。


 「では、これにて合意ということでよろしいかな?」


 帝国の特使が、恭しく羽ペンを差し出す。三人は順番に羊皮紙へとペンを走らせた。


 サラサラというペンの音だけが部屋に響く。それは、イグニス王国への死刑宣告の音でもあった。


 三通すべてに署名がなされ、インクが乾いた後彼らはそれぞれが用意していた重厚な革の封筒へと羊皮紙を収めた。


 封蝋で厳重に封をする。これで契約は成立した。あとはこれを自国へ持ち帰るだけだ。


 「ふぅ……」


 大きな仕事を終えた安堵からか、特使たちの間に弛緩した空気が流れる。


 その時だった。


 入り口に立つ男の懐で、魔力共鳴石が微かに震えた。


 「……?」


 男は眉をひそめ、特使たちに背を向けてなにかを確認する。


 「……失礼致します」


 振り返った男は低い声で告げる。


 「貨物室の荷物に、少々トラブルがあったようです。念の為、私が直接確認して参ります」


 「なんだと? 兵器は無事なのか?」


 ゲオルグが血相を変える。


 「ご安心を。大方、整備不良か何かでしょう。皆様はこのまま、お寛ぎ下さい。ここには鍵をかけておきますゆえ」


 「む、むぅ……頼むぞ」


 指揮官は一礼すると、素早く部屋を出て行った。重厚な扉が閉まり、ロックされる音が響く。


 密室に残されたのは、戦闘力のない特使三人だけ。彼らは不安げに顔を見合わせるが、すぐに帝国の特使が笑い飛ばした。


 「はっはっは、ご心配なく。貨物室には我が国の兵もおります。それに、この部屋は安全だ。さあ、乾杯しましょう」


 「そ、そうですな。我々の未来に」


 ゲオルグがグラスを持ち上げる。護衛がいなくなったことで、皮肉にも彼らの気はさらに緩んでいた。警戒心が薄れ、目の前の酒と成功の余韻に浸ろうとしている。


 その、一瞬の隙。


 「失礼します」


 いつの間にか、テーブルの横に一人の女性が立っていた。上級客室乗務員に扮した、特務部のエレナだ。


 「ひゃっ!? い、いつの間に……」


 サリウスが驚いて声を上げる。


 カギをかけられる事態も予測し、マスターキーを事前に準備していた用意周到さはさすがだ。


 「驚かせてしまい大変申し訳ありません。ワインもお持ちしました」


 その手には年代物のワインボトル。そして、掌の中には小さい魔石が隠されている。


 通常、魔石は魔力を貯蔵するという性質を持っているが、いくつかの魔石は貯蔵効率が極端に悪く、許容量を超えると一気に周囲に拡散放出するという特異な性質のものがある。


 その一種が今エレナが手のひらに収めている排魔石アンチ・マナ・ストーンと呼ばれる魔石である。


 排魔石は許容量を超えると、周囲の魔力を妨害する魔力衝撃波を短時間放つ。その扱いづらさから、あまり使い道がない魔石だと認識されている。


 だが、ルークが新たな使い方を提案した。当時の諜報員候補生たちが驚く中、彼が講義の中で付けた名称はEMP攻撃だという。


 エレナは当時の講義を思い出し「流石ルーク副長官だわ」と心の中で呟いた。


 そんな一瞬の思考の後、エレナは気持ちを切り替え自分の位置を確認した。


 この大きさの排魔石ではこのVIPルームがギリギリ収まり、かつEMP持続時間が5秒以下しかない。


 つまり、エレナの位置とタイミングが重要なのである。


 エレナは片目を瞑りながら特使たちの思考の緩み、体勢、視線などから最適なタイミングを見極める。


 (いま!)


 バチッ。


 エレナが魔力を込めると、微かな破裂音と共に魔石が周囲のマナを乱す。


 唐突に、部屋の照明が落ちた。


 「なっ、なんだ!?」

 「なんだこれは!?」

 「おい、何も見えんぞ!」


 完全な暗闇。窓のないVIPルームは、インクを流したような漆黒に包まれる。


 突然視界を奪われた特使たちは狼狽え、身動きが取れない。椅子を倒す音や、グラスが転がる音が響く。


 その混乱の闇の中を、一陣の風が駆け抜けた。


 事前に天井裏の通気口に潜んでいたエマだ。音もなく通気口のカバーを外し、天井から糸を垂らして音もなくテーブルの上へと着地する。


 エルフ特有の夜目が、闇の中でも獲物を明確に捉えていた。狙いはテーブルの中央に置かれた3つの封筒。


 エマは素早い手つきで本物の封筒を回収する。同時に、懐から取り出した偽の封筒を、寸分違わぬ位置に置いた。


 所要時間、わずか3秒。衣擦れの音さえさせない神業。


 エマは再び跳躍する。人間離れした身軽さで天井の梁に飛びつき、通気口の中へと姿を消した。


 光が無くなると同時に、暗闇に慣らせるため瞑っていた片目を開いたエレナにすら完璧に視認することは出来なかった。


 パッ。


 魔力供給が安定し、再びランプが灯る。


 明かりが戻った部屋には、何事もなかったかのようにワインボトルを持ったエレナが、困ったような顔で立っていた。


 「申し訳ございません。魔力が少し不安定だったようです。……皆様、お怪我はございませんか?」


 「お、驚かせおって……」

 「ドワーフの管理はどうなっているんだ! 整備不良ではないか!」


 特使たちは文句を言いながらも、慌ててテーブルの上を確認する。  そこには、3つの封筒が鎮座していた。


 「……ふぅ。書類は無事であるな」


 ゲオルグが封筒を手に取り、封蝋を確認する。見た目は全く同じ。重さも、質感も変わらない。


 まさかこの一瞬の暗闇で、中身が帝国軍の謀略が詳細に書かれた作戦書にすり替わっているとは夢にも思わないだろう。


 「こんなところに長居は無用だ。さっさと引き上げよう」


 「そうですな。……大事な書類があるのだぞ、気をつけたまえ!」


 特使たちはエレナに捨て台詞を吐きながら、それぞれの懐へ疑心暗鬼の種を大切そうに仕舞い込んだ。

 

 「良き夜に」

 「帝国万歳」


 彼らは満足げにグラスを干すと、上機嫌で部屋を後にした。


 解散していく彼らの背中を、エレナは深々とお辞儀をして見送る。


 そして同時刻。


 ナハトヴォルフの現場指揮官は、機能を停止しているコアをみて血相を変えていた。

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