2_03_普通に近衛騎士が天職かもしれない主人公
列車が走り出して数時間。
窓の外には、万年雪を頂いた険しい山々が流れていく。
国境の山脈を縫うように進む魔導列車は、重低音のような駆動音を響かせながら、最初の停車駅に到着しようとしていた。
ここでの停車時間は短いが、重要な乗客が乗り込んでくる手筈になっている。
俺はシャーロットの部屋の前で、近衛騎士として直立不動の姿勢を保っていた。
隣には、護衛総責任者であるラザフォード侯爵も腕を組んで立っている。
「次の駅ではどのような人物が乗ってくるのだろうな」
侯爵が低い声で問う。
「はっ、事前の乗客リストによれば、ホルン王国の男爵と、ベイル公国の豪商です」
「ん?知ってるのか?」
「魔導列車は上流階級の限られた人間しか乗れない予約制の交通機関であるため、誰がいつ乗るのかが書かれた乗客リストなる物があります」
「なるほど……。乗客リストとやらを事前に取り寄せて確認するとはやるではないか」
侯爵がちらりとこちらを見て、口角をわずかに上げた。
「殿下を護るため最善を尽くしたまでです」
「素晴らしい!その心がけこそ近衛の鑑だ。今後は魔導列車を使う際は乗客リストを確認するよう下達しよう」
「それが宜しいかと」
騎士学院でシャーロットを護衛していたときに、エマとシャーロット本人にも言われたが、近衛騎士天職なのでは?
前世でもSPとか目指した方が良かったか?
などと周囲を警戒しながら、どうでもいいことを考えていると。
やがて列車の速度が落ち、魔導エンジンの唸りが静まる。プシューッという排気音と共に、列車は重々しい音を立てて停車した。
窓の外、ホームに2つの人影が見えた。
一人は恰幅の良い、派手な宝石を身体の至る所に身に着けた男。
もう一人は、質素だが仕立ての良い服を着た、神経質そうな痩せた男。
表向きは「下級貴族と豪商」。だがその正体は、帝国との軍事同盟を結ぶために密かに派遣された、両国の特使だ。
彼らは仰々しい護衛を連れることもなく、あくまで休暇を楽しむ富裕層といった風体で乗り込んでくる。
だが、二人とも微かな緊張が隠せていない。
すると侯爵は二人の方を見ながら、少し警戒感をにじませた声で話す。
「……ルーク、あの二人を警戒しておく様に」
「何故ですか?」
「いやなに、少し違和感を覚えただけだ」
流石は普段から王族の護衛をしているだけはある。
俺はあの二人の正体を知っているから最初から警戒していたが、自力であの微かな違和感に気づくとは。
「承知しました」
彼らが乗車口を通る瞬間、そこにはすでに一人の乗務員が待機していた。
「ご乗車ありがとうございます。チケットを拝見いたします」
鈴の音のような澄んだ声。
他国から派遣された上級客室乗務員――に扮した、特務部のエレナだ。
乗務員の制服を完璧に着こなし、営業用の笑顔を貼り付けている。
普段のポンコツお姉さんと同一人物とは、とても思えない。
「うむ。これだ」
恰幅の良い男――ホルンの特使がチケットを渡す。
エレナはそれを受け取り、恭しく確認するふりをしながら、男の荷物や指輪の紋章、そして何よりその顔の特徴を瞬時に記憶と照合していく。
「ホルン王国のゲオルグ男爵様、ならびにベイル公国のサリウス様ですね。ようこそグランド・クロスへ」
「うむ。……部屋は最上級を用意させているはずだが」
「はい、もちろんでございます。グランドクロス最上級のお部屋をご用意しております」
エレナは流れるような所作で案内しながら、ふと視線を上げ、通路の奥にいる俺の方を向いた。
目が合ったのは一瞬。
彼女は優雅に髪を耳にかける仕草をした。
――右耳。
事前に決めていたサインだ。「ターゲット確認。間違いなし」。
やはり、あの二人が特使で間違いないようだ。
一般客を装ってはいるが、どこかに密約書を隠し持っているのだろう。
「では、お荷物をお預かりいたします」
エレナが指を鳴らすと、荷物係の男が小走りでやってきた。
「へい! お預かりしやす!」
作業着に身を包み、帽子を目深にかぶった筋肉質の男。
特務部のサイラスだ。
普段の強面を隠し、人の好さそうな下っ端を演じているが、その腕の筋肉は重いトランクを軽々と持ち上げている。
「おい、丁重に扱えよ」
「分かってまさぁ! 旦那!」
サイラスは乱暴に見えて、実は繊細な手つきで荷物の重心を探っているはずだ。
もし密約書や他の何かが荷物に隠されていれば、重さや音で判別できる。
彼が運搬しながら俺に目配せをしなかったということは、目ぼしいものはなかったということだろう。
特使たちがエレナとサイラスに連れられて通路を歩いてくる。
俺とラザフォード侯爵の前を通る際、彼らは一瞬だけ足を止めた。侯爵の巨体とそこから放たれる歴戦の威圧感に、彼らの顔は引き攣る。
「「ひっ」」
小さな悲鳴をあげ、すぐに愛想笑いを浮かべて通り過ぎていく。
彼らが部屋に入ったのを見届け、俺は一つ息を吐く。
ふと、どこからともなく食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきた。
焼けた肉の匂いと香ばしいスパイスの香り。
「……いい匂いですね」
「うむ。もうすぐランチの時間か。腹が鳴りそうだ」
侯爵も鼻を動かす。
この列車の食堂車には、他国の有名シェフが乗っていることになっている。
だが、今回その厨房に入り込んでいるのはウィンストンだ。
臨時シェフとして潜り込んだ彼は、今頃、料理に舌鼓を打たせつつ、厨房から特使たちの食事の好みや、毒見役の有無などの情報を集めていることだろう。
……まあ、彼の料理なら毒など盛らずとも、美味すぎて骨抜きにできるかもしれないが。
「ラザフォード閣下、ルーク様、お茶をお持ちしました!」
背後の扉が開き、エマが顔を出した。
シャーロット付きの侍女として、彼女もまた最前線にいる。
手にした銀のトレイには、俺と侯爵のための紅茶が乗っていた。
「ああ、ありがとう」
「ラザフォード閣下もどうぞ!」
「うむ。気が利くな」
エマはニコニコと愛想よく振る舞っているが、俺にお茶を渡す一瞬、トレイで侯爵から口元を隠し、声が出ないよう口を動かした。
「……(全員配置につきました)」
「……」
俺はカップを受け取りながら微かに頷く。
エレナは客室乗務員、サイラスは貨物係、ウィンストンがシェフ、エマは侍女。
俺は熱い紅茶を一口啜り、近衛騎士としての仕事を全うするため神経を研ぎ澄ませた。




