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2_01_多忙な主人公

 学院を卒業してから早三ヶ月。


 俺、ルーク・エディンバラの生活は、学生時代よりもさらに多忙を極めていた。


 表向きはエディンバラ公爵家の三男にして、第一騎士団、別名近衛騎士団に所属する首席卒業の優秀な近衛騎士。


 現在は第二王女シャーロット殿下の専属近衛騎士として、彼女の公務に影のように寄り添っている。


 そして裏の顔は、イグニス王国秘密情報局の副長官。


 昼間は煌びやかな王宮で騎士として剣を帯び、夜と休日は王都の地下にある本部で、世界中から集まる情報の波に溺れる日々だ。


 「……正直、体が2つあっても足りない気がするんだが」


 「大丈夫?ルー君が倒れたらこの国は終わる。割と真面目に」


 深夜、シルヴァネル商会地下にある情報局本部。


 膨大な資料の山に埋もれながら、俺のボヤきに即答したのは情報分析部長のイヴだった。


 鮮やかな青緑色のボブカットに、感情の読めない瞳。彼女は手元の資料から目を離さずに、一枚の報告書を俺に突き出した。


 「それより、昨日長官と副長官が不在だった間に悪い知らせが入った。……かなりの」


 「かなりの悪い知らせなんて、聞きたくもないな」


 俺はため息交じりにその報告書を受け取る。そこには赤いインクで「最重要警戒」のスタンプが押されていた。


 隣のソファで優雅に紅茶を飲んでいた長官――シャーロットも、カップを置いて身を乗り出す。


 「ナハトヴォルフの動きがあったのかしら?」


 「そう。……以前から警戒していた我が国への二国同時侵攻。その準備段階が完了しようとしている」


 イヴが壁の巨大な大陸地図を指し棒で叩いた。


 そこには、シュタール帝国、ホルン王国、ベイル公国の国境付近を通る一本の太い線が描かれていた。


 「三週間後、帝国はこのルートを使って、ホルンとベイルにあるものを運ぶつもり」


 「あるものって……まさか」


 「そう。イグニス騎士団に対抗するための新型魔導兵器。その心臓部となる大型動力炉、コアともいう」


 室内の空気が一気に凍り付く。


 数日前にこの新型魔導兵器の報告が上がってきており、その破格の強さにみんなで驚いたのは記憶に新しい。


 それが小国に渡れば、彼らは「イグニスに勝てる」という確信を持ってしまう。侵攻の引き金だ。


 「運搬手段は?」


 俺の問いに、イヴは無表情のまま告げた。


 「大陸横断魔導列車グランドクロス」


 魔導列車グランドクロス。それは、大陸各国の王族や大商人が出資し、中立武装国家ドワーフ国が管理・運営する大陸初の列車だ。


 その線路は国境沿いなどの中立地帯を走り、条約によって列車内はいかなる国の軍事介入も許されない絶対中立地帯となっている。


 「……やってくれるな。ドワーフの列車なら、イグニス騎士団も手出しできない」


 「さらに悪いことに、この列車にはホルンとベイル、両国の特使も乗車する。目的は三国軍事同盟の最終合意書への調印」


 兵器の受け渡しと、同盟の締結。


 その両方が、列車という密室で、誰にも邪魔されずに行われる。


 これが完了すれば、イグニス王国は新型魔導兵器の同時侵攻によって疲弊したところを帝国に付け込まれるだろう。


 「何としても阻止しなければなりませんね」


 シャーロットが強い口調で言った。その翡翠色の瞳に、王女としての覚悟が宿る。


 「ええ。ですが、我が国が無理やり列車を止めると国際問題になります」


 「だからこそ、私たちの出番でしょう?」


 彼女は不敵に微笑むと、手元のスケジュール帳を開いた。


 「ちょうど二ヶ月後、南方の聖王国で聖女祭があるわ。イグニス王国代表として出席する予定よ。陛下に言って出発を早めてもらって、公務として私とルークも魔導列車に乗るのはどうかしら」


 「なるほど」


 公式の外交団として乗り込み、その裏で俺が工作の指揮を行うわけだ。


 「護衛は第一騎士団がつくことになりますが」


 「そこはルーク、貴方が上手くやりなさい。専属護衛騎士でしょう?」


 無茶を言ってくれる。だが、それ以外に手はないか。


 「分かりました。イヴ、作戦立案はもう進めているか?」


 「もちろん。長官とルー君も魔導列車に乗ることは思いつかなかったけど、その方が敵も動きづらいはず――これが今回の作戦計画書」


 イヴは手元の資料をスライドさせ、俺とシャーロットの前に広げた。


 そこには、列車の詳細な構造図、予想される敵の配置、そして各員の潜入ルートまでもが、緻密に記されていた。


 「ターゲットは、最後尾の特級貨物室にある動力炉と、一等客室の特使たちが持つ密約書。これらを同時に無力化、およびすり替える」


 イヴは指示棒で図面を叩きながら、淡々と、しかし完璧な手順を解説していく。


 貨物室への侵入経路、客室へのアプローチには、給仕の動線を利用すること……。


 「……完璧ね。さすがイヴだわ」


 「作戦立案も分析部の仕事だから。当然」


 シャーロットの称賛にも、イヴは無表情のまま胸を張る。嬉しそうだ。


 「でも、さらに詳細な作戦は現地で立てるしかない。あと実行部隊は特務部全員とエマ。貨物室班はサイラスとウィンストン。客室班はエマと……彼女」


 丁度、会議室の扉がノックされ一人の美女が入ってきた。


 特務部のエレナだ。2か月前から支給されている情報局の制服を華麗に着こなしている。


 「失礼いたします。潜入準備の目途が立ったのでご報告を」


 彼女は優雅な所作で一礼した。


 「現地では上級客室乗務員として潜入します。サイラスやウィンストンの潜入先も選定済みです」


 「頼もしいな、エレナ」


 「お任せください、副長官。完璧に遂行してみせます」


 凛とした表情で断言する彼女。その姿はまさにプロフェッショナル――。


 「では、私はこれにて現地の最終確認に向かいます」


 エレナは颯爽と扉へ向かい、


 ガンッ!!


 「あぐっ!?」


 何もない平坦な床で盛大にコケ、そのまま扉の枠に頭から突っ込んだ。


 「「「……」」」


 室内に沈黙が流れる。


 「い、いたた……。申し訳ありません! こ、今のは見なかったことに……!」


 涙目で額をさすりながら、慌てて体勢を立て直そうとするエレナ。だが、慌てすぎて今度は資料の束を床にぶちまけた。


 「あわわわ……!」


 四つん這いで資料をかき集めるその姿に、さっきまでの優秀な情報局員の面影は欠片もない。


 「……平常運転ね」


 「……プラマイゼロ」


 シャーロットとイヴが呆れたように呟く。


 任務中は超一流だが、普段はこれだ。


 俺たちは苦笑しながら、散らばった資料を拾うのを手伝った。


 「気にするなエレナ。現地ではいつもの完璧な方を頼むぞ」


 「は、はいっ! お任せくださいルーク様! 任務中は絶対にミスしませんから!」


 顔を真っ赤にして断言する彼女を送り出し、俺たちは改めて顔を見合わせる。


 「さて、次の報告は?」


 俺たちは今日も夜遅くまで情報局で過ごすことになるのだった。

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