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1_10_王国初の情報機関副長官になった主人公

 騎士学院の卒業式は、厳かな雰囲気の中で執り行われた。


 「――首席、ルーク・エディンバラ」

 「――次席、シャーロット・ヴィクトリア・イグニス」


 俺は優等生として完璧な答辞を読み上げる。


 その壇上から、ついに俺を超えられなかった悔しさに、マクシミリアンが唇を噛み締めているのが見えた。


 式典が終わり、貴族たちの喧騒から逃れ、俺とシャーロットは二人きりで学院の塔にいた。


 眼下には、学院の奥に王都の美しい景色が広がっている。


 「……長かったのか、短かったのか、よく分からないわね」


 「ああ」


 「……」


 何かを考えるように夕陽を見つめるシャーロット。


 夕陽に照らされたワインレッドの髪が、風に靡く。


 「貴方には感謝しているわ」


 「どうしたんだ?急に改まって」


 「いえ、ただそういう気分なだけよ」


 夕陽を見ていた翡翠色の瞳が俺を見つめる。


 「貴方に出会ってからは何もかも変わったの」


 「……」


 「姉のような民を守れる強い王女になりたいという気持ちだけが先行して、焦って、ずっと暗いトンネルの中を一人で走っているみたいだった」


 彼女は言葉を切ると、ふわりと優しく微笑んだ。 


 「でも、あの日、あなたが手を差し伸べてくれて、私の隣に立ってくれて……ようやく、前を向いて歩けるようになった気がするの」


 「……大袈裟だ。俺は君の友人になっただけだ」


 「ふふ、素直じゃないわね。でも、そういうところも嫌いじゃないわ」


 シャーロットは少し悪戯っぽく笑うと、俺との間にあった隙間を埋めて、肩を引っ付けてくる。


 それが友人の距離では無いことに彼女は気がついているのだろうか。


 「……」


 「……」


 「ねぇ、ルーク?……これからも私の隣にいてくれる?」


 上目遣いにそう尋ねる姿を見ていると、友人以上の感情を持ってしまいそうで、俺は視線を景色に戻した。


 「……ああ。シャーロットが俺を必要としなくなるその時まで、俺は君の騎士であり、友人だ」


 「……うん!」


 彼女の頬が、夕陽よりも赤く染まった気がした。

 



――――――――――


 


 重厚な扉を開けると、そこには国王陛下の腹心である枢密院のメンバーが、円卓に揃っていた。


 つい先日学院を卒業した俺とシャーロットが、その円卓の前に立つ。


 「さて、約束の時だ」


 国王陛下が、厳格な声で口火を切った。


 「お前たちの秘密情報局が、どのような情報を集めたのか皆に示して欲しい」


 シャーロットが一歩前に出る。


 「皆さん。今からお配りする報告書をご覧ください。これは我々が集めた情報の中でも、国家安全保障に深刻な影響を及ぼすと考えられるレベルの情報をまとめたものです」


 彼女の合図で、俺は王国潜在脅威レポートと名付けた報告書を、重臣たちに配布した。


 会議室がどよめく。


 そこには、騎士団では決して掴めなかった、帝国による武器の密輸ルート、裏社会の金の流れ、そして王国内に潜む協力者のリストなどが克明に記されていた。


 宰相が目を通しながら、感嘆の声を漏らす。


 「これは……。宮廷の文官たちの報告書と比べても遜色ないどころか、分かりやすく読みやすいな」


 「報告書の3ページ目をご覧ください」


 シャーロットの凛とした声に、枢密卿たちの視線が報告書に戻る。


 「二年前、わたくしが襲撃された事件。その実行犯、そして黒幕について我々は一つの結論に達しました」


 彼女は、円卓を囲む腹心たち一人ひとりの顔を真っ直ぐに見据え、告げた。


 「敵は、シュタール帝国の影の組織。……我々は夜の狼(ナハトヴォルフ)と呼称しています」


 「シュタール帝国であったか……」


 国王陛下が、低い声で呻いた。


 「ナハトヴォルフに関しては5ページに詳細が載っています」


 今度は俺が口を開き、重臣たちの注目を集める。


 「この組織は、元々皇帝直属の暗殺部隊であったと推測されます。しかし近年、その活動内容を工作と諜報に広げています。……我々が掴んだ、差し迫った脅威は、まさにそこにあります」


 俺は報告書の9ページ目を指し示す。そこには、この一年半、諜報部とシルヴァネル商会をフル活用して集めた、イグニス王国周辺の地図と、膨大な物資の移動記録が記されていた。


 「ナハトヴォルフは、我が国に直接侵攻する計画を立ててはいません。彼らはより狡猾な戦争を仕掛けようとしています」


 俺は、地図に記された二つの国、イグニス王国の東側に位置するホルン王国と、西側に位置するベイル公国を指差した。


 「ナハトヴォルフはこの二国に対し、過去一年に渡って莫大な資金と武器を秘密裏に供与しています。これが、その送金記録と武器の輸送台帳の写しです」


 騎士総長がその生々しい証拠書類を手に取り、目を見開いた。


 「2小国に武器を……? 一体何のためであるか?」


 「情報分析部の結論はこうです」


 俺は続ける。


 「ナハトヴォルフは、この二国を扇動し、来たる春、我が国に対し二正面同時侵攻を仕掛けさせる計画です。友好国からの奇襲で我が国の騎士団を疲弊させ、国力を削いだところで、シュタール帝国本隊が調停役として介入、領土を奪う……それが彼らの計画だったようです」


 会議室は、水を打ったような静けさに包まれた。


 騎士団の全ての防衛戦略は、対シュタール帝国という単一正面を想定して組まれている。


 仮想敵国ですらない二国からの同時奇襲など、まさに悪夢だった。


 苦虫を噛み潰したような顔をしていた騎士総長が、ふと疑問を口にする。


 「……正式な創設もしていない組織が何故ここまでの情報を集められるのだ?」


 「答えは単純です、総長」


 俺は、枢密院の全員にはっきりと告げた。


 「我々秘密情報局が、ナハトヴォルフよりも情報機関として単純に優れているからです」


 「……なに?」


 「ナハトヴォルフは暗殺のプロですが、諜報や工作の新参者です。彼らは、この壮大な工作を実行するために必要な、武器や資金の情報管理を、あまりにも杜撰に行っていました」


 俺はイヴがまとめた分析ページを指す。


 「まず彼らは、資金洗浄の痕跡を隠しきれていません。武器の密輸ルートも、我々シルヴァネル商会の流通網から見れば丸見えでした。彼らは暗殺者であるがゆえに、我々秘密情報局が持つ経済分析や情報統計という、彼らの物差しにはない目から逃れられなかったのです」


 俺は一度、言葉を切った。


 「彼らの諜報はまだ我々には及びませんが、この二正面同時侵攻という工作を立案した人物は、間違いなく天才です。もし我々がいなければこの陰謀は、来年の春、気づかれぬまま実行されていたでしょう」


 騎士団では見つけられない脅威。


 秘密情報局だけが、その脅威の芽を摘むことができる。


 国王陛下は、報告書から顔を上げ、愕然とした表情で呟いた。


 「……これほどの計画が我ら枢密院の、いや、この国の誰の目にも触れず、静かに進行していたというのか……。もはや剣を交わすだけが戦争ではないのだな……」


 会議室の全員が深く頷く。


 もはや、秘密情報局の必要性を疑う者はこの場にいなかった。


 国王陛下が立ち上がる。


 「――見事だ、シャーロット、ルーク。これより、イグニス王国秘密情報局を、王直属の正式な機関とする!」


 陛下の高らかな宣言が、会議室に響き渡る。


 俺とシャーロットは、深く頭を下げた。


 こうして俺は、何故か異世界で情報機関の副長官になってしまうのであった。

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