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第7話 現状分析と、クレイジーな解決策

「これからは須藤さんが私のマネちゃんですか…ふふ…」


 ペンを置いた途端、ふと隣を見ると悪そうな笑みを浮かべる黒木の顔があった。口元に手を当て目を細める悪戯っ子な動作は様になっており、無いはずの猫耳すら浮かんできそうだ。


「じゃあ何からお願いしよっかなー…やっぱり最初は定番の焼きそばパン? コンビニスイーツ? でも駅前のドーナツ屋さんも捨てがたし…」

「…採用早々にパシろうとしないでください…」


 早くも事務所のエースから新人の洗礼を受けている俺の様子を見て、社長が助け舟を出すように本題を切り出した。


「ふふ、微笑ましいのは良いことだが、須藤くん。早速で申し訳ないけど君の意見を聞かせてもらえないだろうか」

「意見…といいますと…?」


 社長の真面目な雰囲気を感じ取って黒木はささっと姿勢を正す。俺も自然と背筋が伸びるのを感じた。


「無論、この事務所を立て直すためのプランだよ。Vtuberという文化に馴染みのない、しかし鋭い分析力を持っている君の目から見て、我々がまず何から手をつけるべきか」

「…っ!?」


 来たか、と。いきなり重すぎるボールが飛んできて驚いたのと同時に、それは俺が待ち望んでいた言葉でもあった。期待に満ちた目でこちらを見る社長と、少しだけ緊張した面持ちの黒木の顔を、交互に見やる。


(…言うべきか?  俺が昨夜勝手に分析した、この事務所の『問題点』を…)


 ドクドクと心臓が高鳴る。

 初仕事の緊張感もさることながら、それ以上に今から話す内容が彼女を傷つけてしまうのではという懸念が脳裏に渦巻く。


 ならば敢えて黙っているべきか。

 いや、それではマネージャーとして契約した意味がない。


 数秒間逡巡した末、俺は意を決しておずおずと口を開いた。


「…あの、これはあくまで俺個人の、勝手な分析なので…。的外れだったら忘れてください」

「あぁ、構わないよ」


 必死に張った予防線も、社長の真摯な眼差しの前では無意味だ。一度深く息を吸い込んでから、俺は言葉を続ける。


「まず大前提として、黒木さんの声とアバターは業界でもトップクラスの『武器』になると…俺は思ってます」

「えっ…!?」


 予想外の言葉だったのか、黒木が驚いたように目を見開く。浮かれたような少し高い可愛い声も今だけは耳から耳へと受け流す。


「だからこそ、その素晴らしい武器を現状…完全には活かしきれていない、それが一番の問題点かと…」

「……っ!!?」


 キュッと靴がフロアの床を擦る音が聞こえたが、俺はできるだけ慎重に相手を傷つけない言葉を選びながら、昨夜たどり着いた結論を続けて告げた。


「今の黒木さんの配信はどうしても一人で事務所を支えている…という『物語』の印象が強すぎるように感じます。それは、古くからのファンにとっては最高の魅力ですが、何も知らない初見の人がふらっと立ち寄るには少しだけ…敷居が高いのかもしれません…」

「……」


 慣れない長広舌をふるったせいで少し眩暈がするのを堪えながら、一旦彼女の方を一瞥する。黒木さんは俺の話をやや伏し目がちに聞いていた。耳が痛いのだろうと言うことは分かるし、それでも反論して俺の言葉を遮ろうとはしない姿に感激すら覚える。


 続けて、俺は第二の問題点を指摘する。


「加えて、一人での配信ではどうしても企画の幅が狭まってしまう、という懸念です。事務所に属するメリットは他のメンバーとのコラボ配信だと思ってますし、何より…黒木さんの最大の魅力は誰かとの『掛け合い』の中でこそ輝くと思うんです…」


 俺の言葉に、社長は「なるほど…」と深く頷き、黒木は、俯いてじっと何かを考えている。


 ――しまった。

 俺のたった一晩の付け焼き刃の分析が、彼女が一人で戦い続けてきたその長い時間を結果的に侮辱してしまったのかもしれない。まずい、やはり言い過ぎただろうか。


「…あ、その、今のは事情も知らない人間が勝手に分析しただけで…」

「――つまり!」


 俺が言い訳をしようとした瞬間、俯いていた黒木がバッと顔を上げた。

 その顔は傷ついているのではなく、何かを理解したスッキリとした表情だった。


「つまりそれって、私に『相方』がいれば全部解決するってことですよね!?」

「え、あ、まあ…そうなります」


 俺の分析を、彼女が完璧にそしてポジティブに要約してくれた。


「…現状を打破するために最も効果的な手段は、事務所に新人を加入させることだと思います。そうすれば視聴者にも新たな雰囲気というか…運営のやる気を見せることが出来るかと…」


 すると黙って聞いていた社長が「しかし、だ…」と、苦い顔で口を挟む。


「須藤くんの意見は最もだが、今の我々には新人Vtuberを一人ゼロからデビューさせるだけの予算もノウハウもないんだ。情けない話だがね」

「…で、ですよね…」


 それは俺も薄々気がついていた。新人Vtuberを増やすというのは誰しもが考えつく安易な策だが、当然莫大な費用がのしかかってくる。


「いや、私としてもチャレンジしなくてはいけないと思ってはいるさ。だが新人の追加というのは投資…悪く言えば博打に等しいんだ。余程の人材が居て、登録者もある程度波に乗る見込みがなければ、さすがにGOは出せない。最悪、事務所の終焉と引き換えになるだろう」


 経営者としての、厳しい現実。正論だけでは、どうにもならない壁。

 再び、事務所に重い沈黙が落ちる。俺もこれ以上の言葉が見つからなかった。


 ――その絶望的な沈黙を破ったのは、黒木の元気良い声と挙手だった。


「はいっ!」


 彼女は何かとんでもない名案を思いついたというように、何故か社長ではなく俺の目を見つめている。その瞳は涙目などではなく、先ほど俺を仲間として迎え入れた時と同じキラキラと輝く『Vtuber・黒木カナタ』の目だった。


「それなら社長! 私に名案がありますっ!」


 彼女は、その輝く瞳で俺を真っ直ぐに指さした。


「ずばりっ! 須藤さんがVtuberになればいいんですよ!」

「…………は?」


 俺の宇宙猫のような間抜けな声が、静かな事務所に虚しく響き渡った。

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