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第36話 相乗りする悪意と、不機嫌なチャンピオン

 刻同じく、もう一方の幕間(インターバル)にて。

 第1ラウンドの熱狂が冷めやらぬ中、出鼻を挫かれた男は静かに闘志を燃やしていた。


『……へぇ。やるじゃないか』


 業界最大手シャイニー・プロダクションの絶対王者、チーム『虚天月こてんげつ』のリーダー・天輝(あまき)テンマは、やや荒れ気味のコメントが飛び交う公式配信を眺めながら楽しげに呟く。


 彼の思考の中にあるのは自分たちの戦果ではなく、最後まで生き残り、そして泥臭い漁夫の利をさらっていった、Starlight-VERSEのことだ。


『テンマ、あの子のこと気に入ったの?』

『気に入るも何も、久々に見たよ。あんな勇敢な新人は』


 相棒であるルナの問いに、テンマは優雅に指先でデスクを叩く。

 彼は配信用のマイクに向かって、あくまで爽やかな“王子様”として、語りかけた。


『……あの状況、普通のプレイヤーならBlack-Rizeと最後まで撃ち合って、一人か二人持っていければ御の字だ。だが彼女は敢えて隠密(ハイド)を選び、僕たちがBlack-Rizeと削り合って消耗しきる“一瞬”を、じっと待っていた。……あれはマグレじゃない。明確な勝算に基づいた上級者の判断だよ』


 それは、純粋な称賛の言葉だった。

 彼が発したフェアな言葉が五分間のディレイを経てチャット欄に届くと、それまでStarlight-VERSEに対して渦巻いていた敵意の嵐も、若干落ち着きを取り戻していく。


『次は負けないよ。彼女たちがどんな策で来るか楽しみだ。叶うことなら他の誰からの邪魔もなく、僕たちの手で正々堂々と決着をつけたいね』


 王者の宣言。それは最高の舞台で、最高の敵と戦いたいという純粋な渇望。

 テンマは、この第2ラウンドが各チームによる高度な読み合いの場になることを疑っていなかった。


 だが――彼は知らない。

 Starlight-VERSEが大会を狂わせる『穴馬(ダークホース)』であるならば、もっと単純で、もっとタチの悪い『毒素(トキシック)』も、同様に潜んでいることを。



 そして、運命の第2ラウンドが始まる。

 前回チャンピオンのStarlight-VERSEの三人は、戦場へと降下を開始した。


「わー! 見てください! チャンピオンの紹介画面に映ってますよ、私達っ!」

「…ホントですね。これで少しは事務所の名前も知れ渡ったかもしれないです」


 テンション高めな黒木の声に、俺は冷静に周囲を見渡す。

 第1ラウンドと同様にどのチームも迷いなく降下ポイントを目指して進んでいるようだ。


「…らくなさん、オーダーを」


 俺の問いかけに、IGLであるらくなは迷うことなくマップの一点を指し示した。

 そこは第1ラウンドで俺たちが降りたのと同じ場所――名もなき集落だった。


「……ここ」

「前回と同じ場所、ですか?」

「……うん。……さっき、誰も来なかったから…。物資は渋いけど、……初動ファイトのリスクは、一番低い」


 思わず俺は無言で頷く。極めて合理的で堅実な判断だった。

 先程の戦果で警戒されている今だからこそ、無用な衝突を避けて堅実に装備を整える。セオリー通りの答えだ。


「…了解です。らくなさんの判断を信じます」

「おっけー! 次も良い順位狙ってこー!」


 三つの影が、前回と同じ軌道を描いて降下していく。


 念の為、周囲を確認する。近くに敵影はない。

 らくなの読み通りだ。これなら安全に物資をあさり、中盤以降の順位上げに集中できる――。


 そう、確信した直後だった。


「…………ぇ」


 らくなのボイスチャットから、微かな雑音が混じった。

 彼女の視線が、後方を捉える。俺も釣られて振り返る。


 そこには、別の地点へと向かっていたはずの一つの部隊が強引に軌道を変え、こちらへ向かって急降下してきていたのだ。


「……敵! こっちに来てるよっ!?」

「……なんで……?」


 らくなの声が震える。

 理解が追いつかないのも無理はない。


(……初動被せ、か)


 本来、スクリムを通して各チームのランドマークを暗黙上で定めるのは、意図的ではない初動被りを防ぐためだ。限られた物資を奪い合う「初動ファイト」では運の要素が大きく、プレイする側も配信を通して見る側も嫌がる層が一定数いる。


 ましてやこの場所は激戦区でもない、過疎地。安定した戦果を目指すなら、絶対にあり得ない「悪手」だ。


「……どうする? 逃げる? 戦う……?」


 断片的な思考がボイチャに乗り、らくなの動揺が嫌でも伝わってくる。

 合理的な判断を得意とする彼女にとって、「損得度外視の自爆特攻」という非合理な行動は、計算式が成り立たないのだろう。


 だが、逃げようにも周囲は遮蔽物がなく、戦おうにも相手の実力が分からない。


「……こっちに行っても……あっちに行っても……」


 ほんの僅かな、判断の遅れ。

 その致命的な数秒間が、勝敗を分けた。


「…接敵しますっ! 黒木先輩、迎撃の準備を!」

「ま、待って! まだ漁り終わってないよぉっ!?」

「……くっ…」


 悲運に彩られた黒木の悲鳴。そして、それは俺も同じだった。

 らくなが示した地点での物資漁りに関して、俺達はあまりにも練度不足だった。


 俺たちが降りた建物の入り口に、敵の三人が雪崩れ込んでくる。

 彼らも装備は整っていない。だが、運の女神は少しだけ向こうに味方していたようだ。


「うわあああっ! 痛い痛いっ!」

「黒木先輩っ!」


 俺は近くにあったP2020を拾って応戦するが、三人掛かりの暴力には勝てない。

 カバーに入ろうとした黒木が、マスティフで撃ち落とされる。


 [わらわら帝国_Getto] ↓ [Starlight-VERSE_Kanata]


「くそっ……らくなさん、逃げてっ!」


 俺は敵の前に立ちはだかり、時間を稼ごうとする。

 しかし、暴力的な射線の前に、俺のシールドは紙切れのように砕け散った。


 [わらわら帝国_Memmem] ↓ [Starlight-VERSE_Sudo]


 残されたのは、らくな一人。


 彼女は唯一拾えたアサルトライフルで必死に応戦する。

 神がかったキャラコンで敵の一人をダウンさせ、確キルまで持っていった。


 だが、反撃もそこまでだった。

 残る二人のクロスファイアが容赦なく、獣の心臓を撃ち砕く。


 銃声が止む。

 画面が、無情な灰色に染まる。


 部隊壊滅 順位:20位

 キルポイント、1。


(…終わった……、こんなにあっさりと…)


 何もできず。何も見せられず。

 理不尽な悪意によって、俺たちの第2ラウンドは終わった。


 ――否、本当の屈辱はここからだった。


 観戦画面の中。俺たちのデスボックスの周りに集まった『わらわら帝国』の三人が、あろうことかその場で激しく屈伸を繰り返したのだ。


 通称『死体撃ち』『屈伸煽り』。

 マナー違反とされる、敗者への最大の侮辱行為。


 彼らにとっては、それも『芸の一つ』なのだろう。「復讐完了!」「ざまぁみろ!」と言わんばかりの、ふざけたパフォーマンス。


(…ダメだ、反応するな。こういうのは本気になる方が余計相手が喜ぶんだ…)


 俺はぎゅううっと手のひらに爪を立て、音も声も一切立てずに怒りを鎮めた。


 やられた側にとって、それは心に泥を塗られるような行為だ。

 チャット欄が、嘲笑と失望で埋め尽くされていく。


【うわっ、煽られてるwww】

【ざまぁwwwまぐれチャンピオン乙www】

【芸人に負けるとか恥ずかしくないの?】

【運だけの雑魚チーム確定な】

【らくなちゃん、判断遅かったね……】


「…………わ……、これは…ちょっと……ダメだって、にゃはは…」

「…………」


 俺は一旦ミュートボタンを押し、ヘッドセットを外す。

 事務所に漂う空気は、さながら真冬のように冷え切っていた。


 ◇


 一方、その惨劇をキルログで目撃していた男がいた。


『……おっと』


 『虚天月』のリーダー・天輝テンマは、画面右上に流れた[Starlight-VERSE]部隊全滅のログを見て、さも残念そうに声を上げた。


『チャンピオンチーム、落ちちゃったかぁ。期待してたんだけどな。……残念だ』


 配信に乗るその声や顔は、あくまで「良きライバルの脱落を惜しむ」優雅なトーンだ。だが、PCの前に座る真の彼の表情からは、感情が完全に抜け落ちていた。


 チャンピオンチームを撃破したのは、同じ事務所の『わらわら帝国』。

 本来そこに居るはずのない彼らがどうやって接敵し、勝利し得たのか。テンマの頭にはログから推察した情景が走馬灯のように流れていく。


(セオリー無視の特攻、か。目立ちたいだけのアマチュア集団め)


 彼が最も嫌う「毒素」によって、盤面が汚された瞬間だった。


『……ルナ、アイリス。予定を変更しよう』


 テンマは王子様としての仮面を被り直し、冷静な口調でオーダーを出した。


『今からピンを刺した場所へ向かう』

『…テンマ、あそこ安置外だけど?』


 ルナが意外そうに聞き返す。もちろん彼女も配信上ではプロとして振る舞っているため、たとえ兄の思惑が分かっても素直に口に出したりはしない。


『ああ。だが、キルログを見る限り、あそこには初動ファイトを終えたばかりのチームがいる』

『今のうちに叩いておけば、安全にキルポイントが稼げる。美味しい“ボーナス”は拾っておかないと…ってことね』


 テンマの建前を分かったうえで、ルナも完璧なフォローを添える。それが彼の「私情」だとしても、正当化しておかねば後々余計な火種になる。箱内イベントはこういうのが面倒だと、常日頃からルナも愚痴っていた。


『……いつでもいけるわ』


 そして、アイリスの冷徹な賛同の声が、部隊進撃の合図となる。


 その後の展開は、一言でいえば一方的な『処理』だった。

 チャンピオンを倒し、死体撃ちをして浮かれていた『わらわら帝国』の三人は、背後から忍び寄った『虚天月』に気づくことすらできなかった。


 テンマの正確無比な射撃が、無防備な背中を次々と撃ち抜く。


『うわっ!? 誰誰誰ぇ!?』

『ちょ、待っ――』


 芸人たちの悲鳴が上がる間もなく、部隊は瞬く間に壊滅した。

 一切の被弾なし。文字通りの完封劇。


 転がったデスボックスを漁りながら、テンマはわざとらしく言い放つ。


『あっ、ごめん! わら帝のチームだったんだ』

『あーあ、やっちゃったね、テンマ』

『でもこれが戦場だから仕方ないさ。僕らだって油断してたら負けていたかもしれないし』

『…………そうね』


 白々しい会話を終えると、テンマは何事もなかったかのように踵を返す。

 彼にとって、これは戦いですらない。ただの環境整備だ。


『よし、それじゃ次に行こうか』


 求めていた熱狂が失われ、喪失感だけが彼の中へ(よど)みとして残る。

 その後の彼らの進撃を止める者は、誰もいなかった。


 的確な安地移動、隙のない索敵、そして慈悲のない殲滅。すべてが教科書通りの完璧なムーブ。そこにドラマはなく、ただ圧倒的な実力差による「結果」だけがあった。


 そして、十数分後。

 画面には当然のように、燦然と輝く『CHAMPION』の文字が浮かび上がった。


『うん、ナイスゲーム。このまま優勝目指して頑張ろう』


 2連覇を目前に控えた王者の、余裕すら感じさせる言葉。

 こうして波乱の第2ラウンドは、虚天月の独走で幕を閉じた。

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