第32話 スクリムの洗礼と、悪魔の爪痕
混沌とした空気の中、いよいよスクリムの幕が上がる。
カスタムマッチのロビー画面。試合開始を待つまでの間。
画面左下のテキストチャット欄は、参加者たちの様々な思惑が渦巻くもう一つの戦場と化していた。
『うちは、フラグメントで』
『じゃ、俺たちはスカイフック』
『ラバシティー!絶対来んなよ!!』
次々と打ち込まれていく、地名。
見えない「作法」の意味をらくなが理解できずにいるその横で、黒木が緊張を帯びた声で、俺に問いかける。
「――Sudoさん、これたぶんランドマークの取り合いだね。…うちらは、どうする?」
「…そうですね」
チャット欄に書き込まれている内容を冷静に分析する。一見すると様々なチームが和気あいあいと自分たちの縄張りを主張しているように見えるが、実際は違う。
(…書き込んでいるのは、基本的にシャイニー所属のチームだけだ。後は過去に目立った成績をあげている有名どころ、くらいか)
俺達を含めほとんどの外部参加者たちは余計な波風を立てまいと、傍観に徹していた。それも当然だ。ここはシャイニー主催の舞台、外様がでしゃばっていい場所ではない。
「宣言はしません。俺達は空いている場所に降りましょう。…無用な争いは避けるべきです」
「…了解!」
「……ん」
それが、この右も左も分からない戦場で俺達が生き残るための最善の方法だ。
やがて降下艇の扉が、無慈悲に開かれる。
(…ここだな)
他のチームの軌道を観察しながら、俺は落下地点を定める。
目指すは『火力発電所』。
チャットでは最後まで名前の上がらなかった、空き家だ。
三人が連なって順当に目標地点へと降りていく。
まずは初動の物資調達だ。そう思っていた矢先だった。
「――後ろ! ワンパ来てますっ!」
黒木の悲鳴に似た絶叫。
そこにはすぐ近くの建物へと降りていく三つの影があった。
(…初動被り、いや――被せか)
どこのチームかは分からないが、あえて近場に降りるとは明確な「敵意」を感じる。接敵の匂いがした。
「黒木先輩、らくなさん、すぐに初動ファイトが始まります。撃退しましょう」
「お、おっけー! 私のエイム力を見せつけてやるぞいっ!」
やや緊張している感のある黒木の応答に対し、らくなは無言のまま。
だが、俺にはそれが何を意味するか分かっていた。
建物の外から足音が迫ってくる。
恐らくこちらは牽制、本命は裏取りに回っているであろう二人だ。
「らくなさん…裏の二人、いけますか?」
「……もち」
頼もしい返答の数秒後、正面の扉から侵入者が現れる。
ランクマッチで対戦していた相手より明らかに格上だ。
「――っ、く……!」
敵の弾丸が容赦なく俺のアーマーを削っていく。
一対一なら確実に負けているであろう。だが、こちらは二人だ。
「っしゃー! 倒しましたよSudoさんっ!」
「え、えぇ…なんとか」
黒木のカバーのお陰でどうにか一人を撃退出来た。
プレッシャーで震える指を動かしながらデスボックスを漁る。
するとボイチャにぼそりとらくなの声が入る。
「……こっちも終わった……」
振り返ると、そこにはほとんど被弾していないらくなが平然と立っていた。
まるで散歩でもしてきたように、軽く二人を撃破したらしい。
「さっすがらくなちゃん! つよつよすぎるよー!」
「……ん、だって相手は――」
「ごほんっ! そ、それより早く移動しましょうかっ!」
危うくらくなの口から純粋な感想が漏れ出しそうになるのを察知して、俺はマップ上で移動先を示した。
道すがら、画面の右上には王者の快進撃が無慈悲に表示されていく。
[虚天月_Tenma] [失血死] [Black-Rize_〇〇]
[虚天月_Luna] [失血死][Black-Rize_△△]
[虚天月_Iris] [失血死][Black-Rize_□□]
(…派手にやってるな)
優勝候補同士がぶつかり合う光景は、公式の中継配信もさぞ盛り上がっているだろう。
そんな事を考えながら次の安置を目指して進んでいると、視界の端に新たな部隊の姿が映る。どうやらこちらの接近に気付いている様子はない。
「…黒木先輩、右の岩場に居る部隊、見えますか?」
「うん、居るねー。ちょうどウルトも溜まってるし、今ならおりゃー!ってやれちゃいそうかも」
刻々と迫るリング縮小を考えると躊躇している暇はない。
俺は覚悟を決めてらくなに指示を出す。
「…らくなさん、俺と黒木先輩がカバーするので――好きなだけ暴れてきてください」
「…ん、任せて…すーさん」
即断即決、からの即行。
らくなは疾風のように駆け出すと、敵部隊のいる岩場の真裏、完璧な死角へと一方通行のポータルを繋ぐ。
音もなく開かれた奈落の入口へと、彼女は迷わず身を投じた。
「私達も行きますよー! Sudoさん!」
「…はいっ!」
寡黙な切り込み隊長に遅れまいと、俺と黒木もその光の中へと続く。
視界が歪み、ポータルを抜けた先では既に蹂躙が始まっていた。
(うわっ…え、えげつないな…)
敵ながら思わず同情を禁じえないほどの、圧倒的な実力差。
彼女の横にはワンダウンして床を這いずる敵と、『アークスネア』を投げつけられて鈍足化した敵。そこにシールド破壊音と肉ダメの音が軽やかに重なって、相手部隊は半壊していた。
なんて見惚れている場合じゃない。
俺は残る一体が遮蔽物から遮蔽物へと必死に飛び移りながら撤退しようとしている姿を確認する。
「…黒木先輩、逃げてる方を追いましょう!」
「ラジャー!」
俺がアサルトライフルで牽制射撃を行っているうちに黒木が詰め、あっという間に奇襲された部隊は壊滅した。
「にゃはは! 良い連携だったねー!」
「えぇ…」
その時、俺は状況確認の為に今しがた倒した相手のキルログを見た。
(…『わらわら帝国』…?)
どこか記憶の隅にある名前だ。
だが、その詳細を思い出すよりも早く、配信チャット欄が異変を告げていた。
【あ】
【あ】
【あー】
【やっちまった】
【く、くるぞ…備えろっ!】
それまで見る余裕が無かったチャット欄にどよめきが走っている。
その不気味な光景に眉をひそめていると、ヘッドセットから黒木の焦ったような、それでいて少し引きつった声が響いた。
「…Sudoさん…、今のチームって…シャイニー・プロダクションの『わら帝』かも…」
「……え?」
すると、黒木の言葉が引き金になったかのように、嵐がやってきた。
【は?なんでうちらのわら帝殺したんだよ】
【空気読めよ弱小事務所が】
【スクリムだからってイキってんじゃねーぞ】
【この人チート使ってます!皆で運営に通報しよう!】
普段の配信では見たこともない数の視聴者数とコメント数が、どこからともなく押し寄せてきた。いや、どこからというのは何となく察しが付くが。
(…恐れていたことが、起きたな)
お陰で俺は彼らの素性を思い出せた。シャイニー・プロダクションが誇る人気男性ユニット『わらわら帝国』。芸人集団とも言われる彼らには男女問わず熱狂的なファンが多いことでも有名だ。
(…まぁこうなる事は予想していたから俺は平気だが、他の二人は…)
ちらりと画面から目を離し、事務所のフロアに居る彼女たちの顔を窺う。
「…………?」
気配を察知してか、らくなと目が合うと彼女は恥ずかしそうに目を逸らした。
うん、大丈夫そうだ。何となくだがこの子に荒らしは効きそうにない。きっと弱者の遠吠えだと鼻で笑い飛ばすだろう。
対して黒木の方は――。
「…にゃはは、チャット欄も盛り上がってるみたいですねー」
やはり、少しは効いてしまっているようだ。無理もない。
同じVtuber業界に憧れを抱いている彼女にとって、他事務所の先輩のファンを怒らせてしまったというのは、それなりにダメージがあるらしい。
「…黒木先輩、今は試合の方を――」
「えぇ、分かってますとも! みなさーん、度を超えたコメントはダメですよー! 多少の文句なら書いちゃってもいいですけど…あ、やっぱダメですー、にゃはは!」
どこか空元気な感じの対応に一抹の不安を覚えながらも、戦場は猶予を残してくれない。新たなリングの収縮が通知されたことで、次に向かうべき候補地も定まる。
「…分かりました。ではすぐに次の安置へ移動しましょう」
「……ん」
らくなの短い了承の声を聞きながら、ピンを立てたばかりの場所へと移動を開始する。だが、黒木だけは暫くその場から動こうとしない。
「…あっ!? ご、ごめーん! すぐに移動し――」
それは、静止していた黒木のキャラが動き出すのとほぼ同時だった。
バシュゥゥン、と空気を切り裂くような狙撃音と共に、彼女の紫色のアーマーがガラスのように砕け散った。
「――きゃっ!?」
「…黒木先輩っ!」
振り返る余裕もなく、さらなる弾丸が彼女のキャラクターを貫き、キルログに真新しい行が追加される。
[虚天月_Iris] ↓ [Starlight-VERSE_Kanata]
「……すーさん、敵、居るよ…!」
らくなの警戒した声と共に、頭上からさらに二つの影が現れた。その動きは前に敵情視察した際の配信と変わらず鮮やかで――絶望的に強かった。
(…虚天月…!)
咄嗟にエイムを合わせる。が、凄まじいキャラコンのせいで、半分ほども当たらない。為すすべもなくアーマーを砕かれ、そのまま地に頭をつけさせられる。
[虚天月_Tenma] ↓ [Starlight-VERSE_Sudo]
俺の画面が灰色に染まりゆく中、やがて画面には無情にも『部隊全滅』の文字が浮かび上がる。
こうして俺達のスクリム一日目は絶対王者による蹂躙と、いくつかの火種を残して、幕を閉じた。
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