第31話 混沌のチャットルームと、王者の手管
シャイニー・プロダクション主催『V王』の合同訓練――通称『スクリム』の初日。指定されたDiscordサーバーに参加した瞬間から、俺たちはその独特な空気感に圧倒されていた。
「うわ…、すご…」
黒木の素に近い声が、ヘッドセットから漏れ聞こえてくる。
『〇〇さん、おひさ~!』
『△△ちゃん、今度一緒にコラボしようよー』
『皆様初めまして。新人Vtuberの□□と申します。この度は貴重な機会を頂き――』
リンクされた先はシャイニー以外のVtuberが集うテキストチャンネルで、何十人というVtuberたちのアイコンが並び、挨拶や軽口が滝のように流れていく。
「…お祭り、みたい…」
「ホントだねー! なんだかワクワクしてきたよ! 私、挨拶してくるー!」
らくなの呟きとは裏腹に、黒木は待ってましたとばかりに声を弾ませながら、メッセージを打ち込み始める。
『皆様、初めまして! Starlight-VERSE所属の黒木カナタです! 今日は先輩方の胸を借りるつもりで、全力で楽しませていただきますっ! よろしくお願いしまーす!』
持ち前のコミュ力――本人曰くネット限定らしいが――を駆使して挨拶すると、いくつか好意的な返信が返ってくる。
俺はそんな黒木の姿を微笑ましく横目で見つつも、大会運営から送られてきたDMの方に意識を向ける。そこにはこのスクリムに関する各種規則に加えて、あるお知らせも含まれていた。
『――なお、当日の試合の模様はシャイニー・プロダクション公式チャンネルにて、一部放送させていただく可能性がございます』
「…………っ」
ぞくり、と背筋が一瞬にして冷えるのを感じた。
Vtuber業界最大手シャイニーの、公式チャンネル。
同接はおそらく、10万は下らないだろう。
その巨大な舞台のほんの片隅にでも、俺達の姿が映し出されるかもしれない。
(…知名度を上げるには、またとないチャンスだが…)
参加前に危惧していた諸刃の剣。
それが早くも俺達の手元まで渡ってきた。
もしも失敗すれば、無様な姿を晒せば。
俺達は、Starlight-VERSEは、見るに耐えないちっぽけな「シミ」として、聴衆の脳裏に刻まれてしまうだろう。
(…いいや、リスクは承知の上で参加してるんだ。今更怖気づいてどうする)
俺は不安をかき消すようにマウスを握ると、セカンドモニターにシャイニーの公式チャンネルを表示させた。
そこにはシャイニー所属のVtuberが今回の大会の説明を軽くしながら、参加チームと通話を繋いで短い意気込みを聞いて回る、そんな光景が映し出されている。
「――うわっ! 今の人、すっごい声出たね!?」
「……耳、…痛い……」
黒木とらくなが、ヘッドセットを少しずらしながら顔をしかめている。
画面の向こうでは、紹介時のリアクションに全力を注ぐ芸人系のVtuberチームが、何かよく分からない絶叫を上げていた。
どうやらシャイニーの中でもFPSの腕前は千差万別らしく、初心者で固まったエンジョイチームもあれば、上位ランク帯を揃えて優勝を狙うガチ勢チーム、そして、今のような芸人チームなど、試合前から、その空気は、混沌を極めていた。
「でも、すごいね…。エンジョイ勢も、ガチ勢も、みんな楽しそう…」
黒木のどこか羨望が混じったような呟き。
そうだ。これが業界最大手の『余裕』だ。
勝ち負けだけでなく、この祭りそのものを全力で楽しもうとする姿勢。
今の俺達には、まだ無いものだ。
「――では続いてのチームは本大会優勝候補筆頭っ! 『虚天月』の皆さんでーすっ!」
そうこうしている内に、司会者の興奮に満ちた声と共に、画面が彼らの姿を大々的に映し出す。
『――ども、こちら『虚天月』です』
天輝テンマの涼やかな声が聞こえた途端、それまで様々なチームへのコメントで溢れていたチャット欄が、たった一つの色に染め上げられた。
【きたぁぁぁぁぁぁ!!!!】
【王の帰還!!】
【待ってました!!!!】
【テンマくん応援してる!!】
【てんるな!!】
【ルナちゃん頑張ってー!!】
【てんるなしか勝たん!!!!】
【アイリス様…今日も、お美しい…】
何十万という視聴者の熱狂がチャット欄を押し流し、視認不可能な速度でスクロールバーを縮めていく。
公式チャンネルの司会者も苦笑いでそれに触れながら、彼らに問いかけた。
「いやぁ、さすがの人気っぷりですねー! 『Heliotrope』のお二人が揃うと、チャットの勢いが違います!」
司会者の言葉に、テンマが爽やかさを絵に描いたような笑みで応える。
『ははっ、どうも。皆さんの応援で僕達も仲良くやれてます』
『…そういって、練習じゃ無茶振りばかりするくせに』
『ん? 何か言ったかい、ルナ?』
『……別に』
その完璧な「てんるな」のやり取りに、コメント欄はもはや熱狂を通り越して阿鼻叫喚の渦と化していた。
司会者は、さらにこう続けた。
『ちなみに、今回特に注目しているチームなどはありますか?』
その問いに、テンマは少しだけ考える素振りを見せた後、ふっと笑った。
『そうですね、やはりゲーミング部の神護部長のところは要警戒ですね。うちの事務所の中でも相当手強い相手ですから』
さらりと事務所の先輩の名前をあげる辺り、リップサービスも完璧だ。
彼は続ける。
『あとは、去年僕たちと決勝で戦った『Black-Rize』。彼らとは、今年もいい戦いが出来る気がしますね』
元プロを要するライバル事務所へのリスペクトも忘れない。
誰もが王者の風格に満ちたパーフェクトな回答に納得しかけた、直後。
『――あぁ、でももう一つ、面白そうなチームが居ましたね』
司会者も思わず次のチームへと進行しようとしていた頃合いに、テンマは珍しく割り込んで発言した。それまで寡黙に佇んでいたもう一人――ヴォイドレッド・アイリスの肩がビクリと反応を示す。
『――Starlight-VERSE、さんという、今年初めて参加されるチームかな? そこに僕が個人的に注目しているプレイヤーが居るんですよ。その方の活躍にも是非注目してみてくださいね』
『テンマ…、あんまり余計なこと言わないの』
『はは、ごめんごめん。また後でルナに怒られちゃうな』
『もう怒ってるから…』
いつものように軽口を叩きながら「てんるな」の二人との通話は閉じられた。
だが、彼の残した言葉によって、俺たちのいるこの部外の集うテキストチャンネルの空気は一気にざわつきだす。
『Starlight-VERSE…?』
『えっ? 虚天月が直々にご指名って事は…相当お強い?』
『なんだなんだ?』
『テンマさんが、Starlight-VERSEって事務所に言及したぞ!』
『さっき挨拶されてた方、居たよね?』
『黒木カナタさん…? ちょっとお話、いいですか?』
突如として俺たちに向けられる、驚愕と、嫉妬と、好奇の視線。
本来、歯牙にもかけないであろう俺達に対して、向こうは宣戦布告ともいうべき手札を切ってきた。
だとしたら、その鍵は間違いなく――
「……あたしたちの、名前…出してきたね…」
らくなの静かだが、強い対抗心を感じる声に、俺は無言で頷いた。
まもなく扉が開かれる。スクリムという名の、混沌の戦場へ。
「す、Sudoさん…っ、通知が、鳴り止まないんですけどーー!!!?」
「…が、頑張ってください…」
……ただ一人、事務所のエースは律儀にメッセージを返していた。
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