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第25話 練習配信と、天才のジレンマ

 新生Starlight-VERSE、初の三人練習配信の日がやってくる。

 開始時刻の午後七時。俺、黒木、そしてらくなの三人のチャンネルで、同時に配信が開始された。


 俺のチャンネルに集まった視聴者の期待が、コメントの奔流となって画面を埋め尽くしていた。


【ここが一番流れゆっくりで見やすいな】

【らくなちゃんの邪魔すんなよ】

【Sudo視点で見てるやつwwww】

【いいじゃん。信者コメばっかだと疲れる】


「…はい、皆さんこんばんは。Sudoです。本日はStarlight-VERSE三人での、初めてのチーム練習配信となります」

「はーい、こんクロー! 黒木カナタだよー!」

「……こ、こん、にちは……宵星、らくな、です……」


 三人の挨拶が終わり、和やかな雰囲気で雑談が進む中、チャット欄からある質問が投げられた。


【で、今日のIGLは誰がやるの?】

【普通に黒木だろ】

【いやいやらくなちゃんが一番上手いから】


「あ、IGLねー。そうだよね、気になるよねー」


 黒木がコメントを読み上げ、俺とらくなに話を振る。

 視聴者の誰もがチームのエースである黒木か、圧倒的な才能を持つらくなのどちらかが司令塔を務めるものだと考えていた。


「今日は…俺がIGLをやります」


 そう告げた瞬間、チャット欄の空気が一変した。


【は?】

【え、マジか?】

【SudoってFPS上手いの?】

【なんで?普通にカナちゃんの方が絶対いいだろ】

【舐めプか?ハーレム配信だからってふざけすぎ】


 一気に険悪になった空気を察し、黒木が慌ててマイクに乗る。


「まぁまぁまぁ! みんな、一旦落ち着いて~!」


 さすがはStarlight-VERSEが誇るトップライバーだ。彼女が明るい声を発しただけで、コメントの勢いが少しだけ和らぐ。しかし、燻る疑問の炎は消えない。


 俺は黒木を制する気持ちで、マイクに一歩近づいた。


「…皆さん、誤解があるといけないのではっきりさせておきます。俺がIGLをやるのは…あくまで『代理』です。暫定的な措置にすぎません…」


 俺の言葉に、チャット欄の動きが少しだけ緩やかになる。


「…このチームの最終的な目標は、らくなさんに司令塔を担ってもらうことです。ですが、彼女は…まだチームでの連携に慣れていません。なので、まずは目の前の戦闘に100%集中させてあげたいんです」


 言わばこれは、視聴者へのプレゼンテーションだ。


「…本番のV王は、必ずらくなさんがIGLをやります。ですから皆さんの応援の力で…最高の司令塔に育ててあげてください…」


 その宣言に、チャット欄の空気が、今度は驚きと納得、そして期待へと変わっていくのが分かった。


【なるほど、育成計画ってことか】

【マネージャーがコーチ役も兼ねるのね。熱いじゃん】

【ちょい上から目線なのが腹立つ】

【男はStarlight-VERSEから消えろ!】

【Sudoさん、頑張って!】


 批判が、期待へと反転する。

 その完璧な流れを決定づけたのは、やはり彼女の一言だった。


「……すーさんの、言う通りにすれば、勝てる……。そして、私も、強くなる……」


 天才少女からの、最大級の保証。

 これ以上に雄弁な説得材料はなかった。


「――では、俺達の戦いを始めましょう」


 マネージャーの無謀な挑戦から、チームの壮大な育成計画へ。

 物語の意味合いが完全に書き換わった中で、新生Starlight-VERSEの、最初の戦いが始まろうとしていた。



 戦場に降下すれば、空気は一変する。

 俺はIGLとして思考を切り替え、冷静に指示を出した。


「初動の戦闘は避けて、まずは物資を優先しましょう」

「了解です!」

「……りょ、かい……」


 三人はマップの西側に降り立ち、それぞれが黙々と武器やアーマーを漁っていく。プロの配信者として、そして競技者としてのスイッチが入ったのだろう。先ほどまでの和やかな雰囲気は消え、心地よい緊張感がチームを包む。

 そして、最初の銃声が響いた。


「敵部隊と接触! 建物の上、三人いますよー!」


 黒木からの的確な報告。俺が敵の位置を把握し、指示を出そうとした、その刹那。


「…………っ」


 らくなのキャラクターが、音もなく敵部隊の懐に滑り込んだ。

 ショットガンを構え、人間業とは思えない正確無比なエイムで、敵の一人を瞬時にダウンさせる。


「ら、らくなさん!?」


 俺の驚きの声も届いていないかのように、彼女は流れるような動きで遮蔽物に身を隠し、そのまま別の一人もアーマーを粉砕する。


「ナーイス、らくなちゃん! 残りは任せて!」


 その完璧なチャンスを、黒木が見逃すはずもなかった。

 的確なカバーリングで残敵を掃討し、敵部隊が壊滅したログが表示される。


 あまりに鮮やかな、電光石火の連携。

 チャット欄も、当然のように熱狂に包まれる。


【つっよ!】

【なんだ今の!?連携完璧すぎだろ!】

【V王優勝あるぞ、マジで】

【こーれ最強っす】


「らくなちゃん、すごい! 今の、超カッコよかったよ!」


 黒木が素直な賞賛の声を上げる。

 だが、らくなはモニターの向こうで小さく首を横に振った。


「……カナタ先輩の、カバーが、あったから……」

「もう! 謙遜しちゃってー!」


 微笑ましい先輩と後輩のやり取り。チームの雰囲気は最高だ。

 俺も「二人とも、ナイスです。このまま次の安置へ向かいましょう」と指示を出す。


 このままいける。

 誰もが、そう信じていた。



 試合は順調に進み、ついに最終局面。

 残るは俺たちの部隊を含めて、三部隊。漁夫の利を狙う者が勝つ、最も緊張感が高まる場面だ。


「最終地点、ピン立てました。ここが一番有利です。敵同士がやり合うまで、絶対に撃ちません」


 俺は最終安置を見下ろせる絶好のポジションを確保し、二人にも待機を指示する。

 眼下では、二つの部隊が激しい銃撃戦を繰り広げていた。作戦通りだ。


(ここまでは理論通り…、後は顔を出すタイミングだけ…)


 数十秒の静寂。

 勝利を確信しかけた、まさにその時だった。


「……………!」


 俺の視界の端で、らくなのキャラクターが音もなく崖から飛び降りた。


「らくなさん!? 待って、まだ早――!?」


 俺の制止の声も聞かず、彼女は眼下で削り合っている二部隊のど真ん中に、まるで悪魔のように舞い降りた。

 あまりに無謀で、自殺行為に等しい独断。


 だが、彼女の個人技は常識を凌駕していた。

 乱戦の渦中で、その小柄な身体が縦横無尽に舞う。敵の弾丸を神がかり的な動きで避けながら、一人、また一人と確実に敵を屠っていく。


【うおおおおお!?】

【単独で突っ込むとかバケモノかよ!】

【猛獣やんけ】

【らくな最強!らくな最強!らくな最強!らくな最強!】


 チャット欄は熱狂している。が、俺と黒木の背筋は凍りついていた。

 彼女がどれだけ強くとも、二つの部隊を同時に相手にするのは不可能だ。


 ……少なくとも、今の俺達には。


「くっ…! カバーします!」

「Sudoさん、私も行くよっ!」


 俺たちは有利ポジションを捨て、彼女を救うために崖を駆け下りる。

 だが、それはあまりにも無謀な賭けだった。


 高所という絶対的な有利を失った俺たちは、完全に敵の的になった。

 らくなは奮戦虚しく数の暴力に押されてダウンし、俺と黒木もなすすべなく蹂躙された。


 画面が、無情にも灰色に染まる。

 結果は、3位。



 チャンピオンを逃したものの、らくなの圧倒的なキル数のおかげで、配信自体は大成功と言える盛り上がりを見せた。


「いやー、惜しかったー! でも、らくなちゃんのプレイ、すごかったよー! 次こそチャンピオン、絶対取ろうね!」

「……………」


 黒木が完璧なエンターテイナーとして、明るく配信を締めくくる。

 らくなは、自分の独断が敗因だと分かっているのか、最後まで一言も発さなかった。


 プツン、と配信が切れる。

 事務所に、重い沈黙が落ちた。


 ヘッドホンを外した黒木の顔に、いつもの笑顔はない。

 らくなは、PCの前で俯いたまま、か細い声で呟いた。


「…………ごめんなさい」


 心の底からの、謝罪。

 その言葉に、黒木も俺もすぐには言葉を返せなかった。


(…ここは、責めるべきではない。けど、このままにしておくのも…)


 俺はマネージャーとして、そしてチームのIGLとして、何かを言わなければならなかった。


「……らくなさん、今の――」


 俺が口を開きかけた、その時。

 先に言葉を発したのは、黒木だった。


「……ううん。らくなちゃんだけのせいじゃない」


 彼女は、静かに首を横に振る。

 その目は、エースとしてではなく一人の先輩として強い光を宿していた。


「私がもっと上手くカバーできてたら…。ごめんね」


 それは、後輩を庇うための、優しい嘘だった。

 らくなは何も言えず、さらに深く俯いてしまう。


 違う。

 今、必要なのは慰めじゃない。


 俺は、意を決して口を開いた。


「…いいえ。今の敗因は、らくなさんの独断です」


 はっきりと、事実を告げる。

 事務所の空気が、凍りついた。


 黒木が「須藤さん…!」と、咎めるような目でこちらを見る。

 らくなの小さな肩が、びくりと震えた。


 俯いたフードの奥で、彼女がぐっと唇を噛むのが見えた。


(…しまった。言い方が強すぎたか…?)


 俺の脳裏に、彼女の怯えていた姿がフラッシュバックする。

 泣かせてしまうかもしれない。傷つけてしまったかもしれない。


 マネージャーとして最低の言動だったと、俺はコンマ数秒で猛烈に後悔した。


「あ、いや、その…今のは俺の言い方が悪くて…」


 慌ててフォローの言葉を探す俺の声を遮って、彼女はゆっくりと顔を上げた。


 その瞳は、確かに潤んでいる。

 だが、決して涙は落ちない。


 宿っていたのは、悲しみではない。

 全てを理解している、静かで、そして底なしに深い悔恨の色だった。


「……………そう、なんです」


 か細いが、震えはない。

 自分の弱さを認める、強い意志を持った声だった。


 予想外の反応に、俺も黒木も息を呑む。

 らくなは続ける。自分の心を解剖するように、ぽつりぽつりと。


「…頭では、分かってる…。ナオさんの指示が、一番、正しいって…。でも……敵を見つけたら、身体が…勝手に、動いちゃう…」


 それは弁解ではない。

 内に秘めた事実の告白だ。


 最年少とは思えない彼女のストイックな自己分析を、黒木はただ呆然と見つめていた。


 想像していた慰め合いの空気はどこにもない。

 そこにあるのは、勝利という一点だけを見つめる、孤高の天才の苦悩だった。


 圧倒的な『個』の才能。

 そして、致命的なまでに未熟な『チーム』としての在り方。


 V王への道が、決して平坦ではないこと。

 頭では分かっていたが、こうして目の前で問題が露呈し、初めて実感する。

 

(…まだまだ成長しなくてはいけない…俺も…、皆も…)


 残り二週間ほどに迫った大会出場を前に、俺は主催者であり仮想敵(ライバル)でもあるシャイニー・プロダクションの存在を頭に思い描いていた。

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